73話~はっぴぃえんど~
「しだれ桜かぁ……あんたも光合成中?俺も多分、100年ぶりぐらいに光合成してる。」
彼はそのしだれ桜の樹に話しかけた後、地面に置かれた植木鉢の中の多肉植物に気がついた。
「これってさ、確か弥生桜だよね?エケベリアの。」
彼はピンク色の花の形をした、その小さな弥生桜を覗きこんだ。
よく見ると、弥生桜の傍にはプレートが刺さっていて、6文字のアルファベットが刻まれていた。
「NA…NIWA?」
「忘れてしまいましたか?海人さんと柊さんがこの実験で眠りにつく時に上層部の方々から贈られた、お二人の為に作られた新種の弥生桜です。」
「あぁ、6文字の何かを贈られた記憶はあるけど、駄目だな、はっきり思い出せないや。」
「100年眠っていたのですから無理もありません。未来、目覚めたお二人の為に、代々おふたりの担当科学者が株分けをしながら、この100年の間受け継いで育ててきたんです。」
「株分け。いわゆるクローン技術だよね。そっか、お前も俺達ふたりの様に人の手によって時を越えてきたんだね。」
海人はそう言って、まるで第2次世界大戦中の零戦パイロットが、戦友に敬意をはらうかの様に弥生桜に向けて敬礼ポーズをした。
Jはその姿を静かに見守った。
「確かに、ある意味この弥生桜は、海人さんと柊さんおふたりと時間を共にし、戦ってきた存在とも言えますね。僕が最後の担当として引き継いできましたが、目覚めてすぐここに連れてきたのは、まずはこれを見て欲しくて。」
「時間を共に戦った存在……か。」
海人は、この100年を株分けしながらも生き続けたその弥生桜を見つめた。
そんな海人には、雪が舞うかの様にしだれ桜の樹からはピンク色の花びらが降り注ぎ続けた。
何故か不思議と、胸が熱くなるのを感じた。
「そういえばJ、桜の花言葉って知ってる?」
海人はおもむろに、膝の上に積もり始めた
しだれ桜の花びらを手にしながらそう尋ねた。
「確か、純潔とか優美だったような?」
「うんそんな感じ。でも俺、何故か昔から
フランス語での桜の花言葉の方が好きなんだよね。」
「フランス語ですか?それって?」
「私を忘れないで。勿忘草の花言葉と同じなんだ。」
「忘れないで……なんだか切ない花言葉ですね。さぁ海人さん、もう1人の主役登場ですよ。」
Jはそう言うと、海人の車椅子の方向をくるりと変えた。
海人が向きを変えられた方向を見ると、女性に押されながらこちらに向かってくる車椅子が見えてきた。
「海人!!!」
そこには、車椅子に座り黒髪を揺らせながら大きく手を振る柊がいた。
海人は笑顔になると、自分も大きく手を振り返した。
女性に押されて柊が桜の樹の前にやってくると、女性が挨拶を始めた。
「はじめまして海人、私はメイ、柊の目覚め担当よ。柊、彼がJ。海人の担当。ところでJ、弥生桜の話はもうしたのかしら?」
「海人さんには今した所だよ。」
「じゃあ、柊には海人からしてもらえばいいわね。」
すると、Jとメイの腕に巻かれた機器からコール音が鳴り響き始めた。
「J、私達またホワイトから呼びだしみたいだわ。海人と柊は、またすぐに迎えに来るから少しこのままここにいてちょうだい。」
そう言うと、二人は中へと消えて行ってしまった。
海人と柊は顔を見合わせると、柊がいきなり吹き出して笑いはじめた。釣られて海人も一緒に笑った。
「なんで笑うんだよ。感動の再会だってのにさぁ。」
海人が笑いながら抗議をすると、
「海人も笑った癖に。だって全然100年経った感じがしないんだもん。いつもの海人すぎて安心したらつい嬉しくなっただけ。」
そんな柊の笑顔に心が癒されるのを感じながら、海人はJから聞いた弥生桜の事を、柊に話して聞かせた。
柊も眠る時に何かを贈られた記憶はあるものの、詳細を思い出す事は出来ないようだった。
「これがコールドスリープの影響ってやつなのかもしれないね。記憶飛びってやつなのかも?」
「そうかもしれない。でも、スリープ前にした私達の約束は勿論忘れてないよね?」
柊は問い詰める様な目をして、海人に問いかけた。
海人は微笑むと、ポケットから小さな箱を取り出した。
そして、車椅子から立ち上がると箱から指輪を取り出し深呼吸をした。
「柊、俺とずっとずっと…」
海人の言葉が詰まった。
「ずっとずっと?」
「一緒にいてください。」
たどたどしく言葉を紡ぎながら、海人は柊を真剣な目で見つめた。
柊は涙を浮かべながら、コクリと頷いた。
海人は、柊の左手を手に取ると薬指に指輪をつけた。
今度は柊が箱から指輪を取り出すと、海人の左手の薬指に指輪をつけた。
すると急に、やわらかな風が辺り一面に吹いた。
しだれ桜の花びらがまるで、ふたりの誓いを祝福するシャワーの様にふたりに振り注いだ。
「さくらさくら、弥生の空は見渡す限り。霞か雲か。匂いぞ出ずる。いざやいざや、見にゆかん。」
「どうしたの海人、桜見たら歌いたくなった?」
「うん、あとはこっちの弥生桜見たら歌いたくなった。これからは俺達でこの弥生桜は育てていかないとね。」
「そうね。バトンを受け継いで未来へと繋げていきましょう。」
ふたりは穏やかな笑顔の中で、いつまでも幸せに包まれていた。
未来への【希望】を、力強く願いながら。
◇
物語を書き終えたしぶ子は大きく深呼吸をした。
そして、宙に向かって問いかけた。
「ホワイトいるんでしょ?」




