67話~さくら~
吹き荒れる風のトンネルの中で、柊はもがく様に
両手を動かし続けていた。
しぶ子の右手、ただそれだけを目指して。
どれくらいの時間が流れたのか。
しぶ子はだんだん、ヴィジョンの世界と現実の世界との区別すら分からなくなってきていた。
しっかりしないと、頑張れ私。
この場合の私が、一体どの私なのかわからないけど。
しぶ子は、ゴールが何処なのかすらわからない
この空間の中で、柊を見失わない様に
そして、前に進ませる事のみに意識を向け続けた。
すると、いきなりトンネルの境界が弾けた様に無くなったかと思うと、静かな光が辺り一面に降り注いだ。
しぶ子が驚いてその光の正体に目を向けると、夜空に浮かぶ月が、ふたりに優しい月の光を照らしていた。
月が………
しぶ子はそう呟いた後、視線を元に戻し、右手を力強く柊へと伸ばした。
月光に照らされた柊の指先が、しぶ子の右手の
指先に触れた。
しぶ子はその瞬間、更に手を伸ばし、柊の手を掴んでそのまま自分へと力強く引き寄せた。
しっかり掴んでて!!柊!!
するとその瞬間、演劇の舞台が第二景に移るかの様に暗転したかと思うと、視界全てが真っ暗になった。
◇
ここは何処………?
しぶ子は果てしなく真っ暗な空間に気づくとひとり、倒れていた。
自分が倒れている場所には、半径2メートルぐらいのスポットライトで照らされた明かりが、床をまあるく形作っていた。
柊は?っていうか、ここは??
しぶ子はゆっくり身体を起こすと、周囲を見渡した。
誰もいない……
まるで、別次元に迷いこんだ感じすらする……
それより、柊は何処に行ったのだろう。
最後確かに、手を掴んで引き寄せる事が出来たはず。
あのトンネルが、物語の言霊によって生み出された、いわば時と時を結ぶワームホールという名のトンネルならば、迷子だった柊の魂の移動が出来たはず。
勿論、根拠も確証もないけど、そう信じたい。
しぶ子は、立ち上がると自分を照らす、そのスポットライトの光源の正体を確かめるべく、上空を見上げた。
『お前はとんでもない事をした。』
すると、年末に聞いたあの謎の声が降り注いできた。
またあなた?用は何?
『お前のした事は、多大な影響を与えるだろう。』
それは、どういう意味?
『これからどうする?』
え?あの時と同じ質問?
『これからの、未来をどうする?』
未来………。
『さぁ、どうする?』
そんなスケールの大きな問いに答える器量は持ち合わせてないけど、ただ……ずっと今までもやってきた事は、場所や場面が変わってもやっていきたいとは思っているわ。
例えそれが、誰にも気付かれない様な、そんな小さなアクションだとしても。
『それとは?』
疲弊する事もある、この時の流れの中で
一瞬でも、自分もそして周囲も
笑顔になれる時間を、作っていきたい。
『なるほど。』
これじゃ、ダメ?
『お手並拝見といこう。』
すると、声のした上空から、何かがゆらゆらと落ちてきた。
しぶ子は手のひらを上に向けて、その落ちてきたものを慌てて受け止めた。
それは、一枚の桜の花びらだった。
桜の花びらが何で急に?
しぶ子が戸惑っていると、遠くから歌声が聞こえてきた。
~さくら さくら~
~弥生の空は~
~見わたす限り~
童謡のさくらさくら?
そしてこの声は……まさか……
海人?海人なの?
~霞か雲か~
~匂いぞ出ずる~
海人!?どこなの!?
しぶ子は必死で、声の主であろう海人の姿を探した。
~いざや いざや~
~見にゆかん~
すると、上空から沢山の桜の花びらが舞いはじめたかと思うと、その空間を一瞬でピンク色に染めた。




