64話~パラレルワールド~
その日-
彼女は、ゆっくりと目を覚ました。
「ここは?」
目の前にひろがる、クリーム色の天井。
少し眼球だけを動かして、周囲を見渡し、
ここが何処かを彼女は確かめた。
見た事のない機器が並び、ここは誰かの
研究室の様だった。
「光が……。」
視線を移した先に、眩む様な眩しさを感じて
彼女は暫く目が慣れるのを待った。
「庭?」
目が慣れてきて、改めて光が溢れる先を見ると
大きな透明な窓で、室内とを分け隔てたその先に、
沢山の緑が溢れている、中庭の様な空間があった。
「綺麗……。」
彼女はそう呟くと、またゆっくりと目を閉じた。
ここは何処だろう?
思い出せない。私は何故今眠っているのだろう。
この誰かの部屋なのか、研究所かもわからない
中庭のある空間で。
実験………
眠り………
私は、何か大切な事を忘れている気がする
「海人…………。」
彼女は目を見開いた。
起き上がろうとしても、体が言う事をきかない。
起きなくちゃ……。
彼女は、全身に力を込めた。
息をきらせながら、彼女は起き上がった。
頭がくらくらする。
そう………私は実験で眠りについたはず。
彼とふたりで…………
彼女は横たわっていた装置から転がり落ちた。
痛みが生きている実感と、現在を夢でないと認識させた。
よろよろと立ち上がった彼女は
周囲を見渡した。
出入口はどこ……
海人がいる場所に早く行かなくちゃ…
彼女はゆっくりと右足を前に出した。
彼女のこわばった筋肉がそれに耐えきれず、彼女は転んだ。
それでも起き上がると、彼女は這うように
扉へと進んだ。
すると突然、扉が機械音と共に左右に開いたかと思うと、ひとりの童顔な白衣の男性が入ってきた。
「何をしてるんですか!」
その男性は軽やかに彼女を抱き上げると、元の場所に横たわらせ、すぐに注射器を取り出すと彼女の右手に注入した。
「これですぐ動ける様になりますから。少し我慢してくださいね。」
「あなたは?」
「僕はみんなからJって呼ばれています。」
「J……。」
「あなたが目覚めて、本当に良かった。」
Jと言う男性は、少し寂しげに微笑んだ。
「海人は??海人は何処にいるの?」
彼女は、Jに尋ねた。
Jはその質問に答える事はせず、少し間を置いたあと
「車椅子を用意しますから、少し中庭に行きませんか。」
そう、誘った。
彼女がコクリと頷いたのを確認してから、Jは彼女を用意した車椅子に抱き上げ座らせると、ゆっくり押しながら中庭へと向かった。
「空気が美味しくて、気持ちいい。」
彼女は大きく深呼吸をすると、眩しい太陽の陽射しを体中で受け止めた。
「実は僕はあなたの目覚め担当じゃありません。あなたの担当は、メイという女性です。また後で紹介しますね。」
「じゃあ、あなたの担当は誰なの?」
「僕の担当は……またゆっくり話を聞いてください。」
そう言うとJは背を向けた。
彼女はそれ以上聞く事を諦めて、ふと左に視線を移した。
そこには、葉が棘の様にギザギザの形をした樹木が、赤色の実をつけて太陽の陽射しを浴びていた。
「あなたも光合成中?私も多分、100年ぶりぐらいに光合成しているの。」
彼女はその樹木に話しかけると、地面に刺さったプレートに気づいた。
そのプレートには、5文字のアルファベットが刻まれていた。
「KAITO?この樹木って柊じゃなかったかな。それともこの樹木自身の名前って事?あなた、彼と同じ名前なのね。」
彼女はそう樹木に笑顔で話しかけると、右手を差し出しその光沢のある葉にそっと触れた。
すると、Jが一冊の本を取り出し、車椅子に座る彼女の膝にそれを乗せた。
「これって紙の本?初めて見たかも。こんな古い物をどこで手にいれたの?」
「それを、読んでもらえませんか?」
「読むの?それは構わないけど、それより先に海人に会いたい、もう私と同じで起きているんでしょう?」
「まずあなたに、ここで読んで欲しいんです。」
「わかったわ、じゃあ読んだら連れていってくれる?私の身体を心配してくれてるんだろうけど、私は動けるから大丈夫だから。」
彼女はそう言うと、本を手に取った。
「著者は、なにわ……しぶ子?変わった名前ね聞いた事もない。タイトルは柊?私と同じ名前なのね。それにサブタイトルが女装男子って、全然こんなタイトルじゃ、内容想像すら出来ないじゃない。」
彼女はそうにこやかに言いながら、ゆっくりと本のページを開いた。
◇
2020年1月22日AM7:56
「今の気持ちはどうですか?」
Jがそう、しぶ子に語りかけた。
「きつすぎる……耐えられない……。」
Jは真剣な目で、泣き続けるしぶ子をみつめた。
「僕も、そんな万人受けするお涙ちょうだいな結末はいらない。そんなのはパラレルワールドのひとつにあってもいいかもしれないけれど、そんなのを僕は望まない。」
「え………?じゃあ、これが結末じゃないの?」
しぶ子は意味がわからないまま、Jを見返した。
「あなたにしか構築出来ないゴールをみせてください。今に追い付いた物語のゴールを。」
「本当のゴール……。」
しぶ子は、考えこんだ。




