61話~契約~
2019年の大晦日に夜が訪れた。
しぶ子は日常の中では年越し蕎麦を食べながら、テレビに映し出されるバラエティ番組をまったりと眺めていた。
そんな日常と平行して、非日常な自分自身の中に映し出されるヴィジョンの中で、しぶ子はずっとトンネルの向こう側の何かを右手で探っていた。
私、年末に何やってるんだろ……
こたつに入り、テーブルに顎を乗せながら
しぶ子はポツリと呟いた。
そんな想いがよぎりながら、しぶ子はホワイトから頼まれた事をやり続けた。
それはホワイトとの二人三脚な人生の中で、いつも何かしらの変化がもたらされてきた。その絶大な信頼感からだった。
だから、それをする事を諦める事は出来なかった。
指先に何かしらいるのはわかるんだけどなぁ…
しぶ子は、ヴィジョンの世界の中での手探りゲームを続けながら、自分の意識体の指先に神経を集中させていた。
『あと3時間。タイムリミットは2019年が終わる時刻。』
脳内にいきなりホワイトの声が聞こえてきた。
あと3時間………?
時計を見ると、夜の9時になる所だった。
タイムリミットって?
これが出来なければ、まさか、柊に何かあるの??そんな重い事言われても、私には無理だよ無理無理無理……。
そう言葉では言いつつ、しぶ子は右手をさらに伸ばしてそのトンネルの先にある何かを掴もうとする事に集中をした。
スルリと逃げるそれが何かはわからなかった。
でも、これを掴み引き寄せる事が出来たなら?
もしかしたら、柊が救われるのかもしれない。
女装男子が目の前に突然現れたあの日から、そして物語を通じて、しぶ子は色々を知ってきた。
柊を助けないと、そうしないと私の来世の海人はずっと迷子のままだろう。
このままでは、私の来世は無くなってしまうだろう。
それは困る…………
しぶ子は残り時間に、全神経を集中させた。
私に何かしらの【ちから】があるならば
どうか、私に未来を変える【ちから】を下さい
無我夢中でひたすらに、ただ祈り続けた。
◇
にゃあ…
白猫のざらざらとした舌で顔を舐められたしぶ子は、その感触で眠りから目覚めた。
「え!朝!?」
しぶ子は飛び起きると時間を確認した。時計は朝の6時を知らせていて、2020年を迎えた元旦の朝陽が室内に差し込んできていた。
「トンネル……トンネルは!?」
ずっと探ってきたトンネルのヴィジョンはもうそこにはなかった。
「間に合わなかった……の?」
しぶ子が狼狽していると、海人とJが泣いているそんな感情がなだれ込んできた。
「そんな……柊は??」
『聞かない方がいい。』
ホワイトの声が聞こえてきた。
そんな、まだ信じない……
まだ、何とかなるはず……
人生はマルチエンディングシステム。
分岐の時の選択肢次第で、未来は変わるのだとホワイトからずっと教えてもらって生きてきた。
自分には未来を変える力があるとか、そんな自惚れた気持ちは毛頭ないけれど、どんな存在であれ目の前で困っている人を放ってはおけない、その気持ちに嘘はない。
海人とJがこれだけ必死で歩んできた時間。
いくら何でも、そろそろ報われてもいいはずでしょう?
いくら何でも、柊を助けてくれてもいいじゃない!
わたしが契約をするから、柊を助けて神様!
気づくとしぶ子は、そう泣き叫んでいた。
すると、あちこちから声が聞こえはじめた。
『呼んでいる』『しぶ子が助けてと呼んでいる』
『私と契約をしよう』
360度包囲された沢山な声の数に、しぶ子はさすがに怖くなってきた。何か私はとんでもない事をしちゃったのかもしれない。
すると突然、目の前が真っ黒になった。
◇
静寂がひとしきり流れたあと、
真っ暗な暗闇の中で、声が聞こえてきた。
『契約をしてまで、何を助けたい。』
柊を助けたいの。
そうしたら、海人もJも助けられるはずだから。
『そこに意味はあるのか。』
ある。私は転生を繰り返したいの。
『こんな自分勝手な星で?』
それは……。
『思いやりのかけらもない、この世界で?』
それは……。
『人間が一番偉いと勘違いをしているこの星で?』
…………。
『人が傷ついている姿ですら楽しむ、蔑む言葉を匿名で簡単に吐くこの星で?自分の不幸は他人のせいだと自分自身の間違いは認めないこの星で?そんな世界に引き戻すのはエゴではないのか?』
エゴ………?
『それはお前の欲望をただ満たしたいだけ。違うか?』
…………。
『お前はだだのエゴイストだ。』
違うわ………。
『違うと言えるだろうか。この世界、そして未来。そこに存在して何の意味を成すのだ。』
意味はあるわ!必ずある……
あなた誰だかわかんないけど、あなたこそその中に存在する、優しい世界が見えてないのよ。
『そんなものは幻想だ。』
違う……。
『よく考えてみるといい。柊を助ける為に犠牲にしてきたこれまでの色々な数々。それは正義を名乗りたいだけのただの悪の諸行だろう?』
それは、そうかもしれないけど。
『綺麗事ばかり並べて、そんな物語をお前は構築したいだけ。自己満足に浸りたいだけ。』
あなた、私に喧嘩を売ってるのね。
悪でもいいのよ、そんな事、もう私はそれすらどうでもいいのよ。情が移ったのよ。ただそれだけなの。
自分が大切って思う人さえ良ければそれでいいって思うそんな人間なの。
大切な存在が泣いてるのに、動かないのが正義だと言うならば、もうそんなのは別にいらないのよ。どうでもいいの。
あぁ滅茶苦茶うざいなあなた、もういいわさっさと消えてよ!
『それがお前の本性か』
本性でも何でもいいから。
契約とか言っちゃった私が悪かったけど、うん、なんか想いが交わらないみたい。もういいです、さようなら。早く消えて。
私は私のやり方で前に進むから。
『どうするこれから。』
だから!今から考えます!!
自分の事は自分でやりますから!!
『短気は損気。だが良いだろう。その心意気は
気に入った。少し手を貸そう。』
すると、目の前に絡まった道の様なものが
視えてきたと思うと、それが真っ直ぐにみるみる
と正されて行った。
歪みが直っていく…………まさか時空の歪みを
直してくれたの?
『私が出来るのはここまでだ。』
そして、その声はゆっくりと消えていった。
「あ、有り難うございました。」
しぶ子は放心状態になりながらも、まずは感謝の気持ちは大事と、感謝の言の葉を口にした。




