1話~プロローグ~
それは22世紀の世界の物語-
俺の名前は「海人」
日本人だよ。まぁ、その時代にはもはや
国籍も意味は成してなどいないけど。俺は純粋な日本人。
恋人がいて、彼女の名前は「柊」
俺達は、同じ研究所で知り合った仲間。俺達は科学者だったんだけどね。
付き合いはじめてそんなに月日は経ってなかったんだけど
でも、お互い生まれつき超能力と言うか、霊能力と言うか
そんな不思議な力を、持ち合わせていたものだからさ。
だから引寄せられたのかもしれない。俺を理解してくれるのは、
柊しかいないってずっと、そう思ってたんだ。
22世紀は、過去への時間移動は安定して出来るようになっていて、過去へ旅行ツアーなんてのもあるぐらいの、そんな風になっちゃってる。
色々、例えば戦国時代を上空から観覧ツアー?とかさ。
マシンを景色と同化させる事が出来る技術も開発されていて、その時代に干渉をせずとも、色々見に行く事ぐらいは可能になっていたりする。
勿論、その時代の人間との接触は歴史を改変させてしまうから許されてはいなかったし、事前審査は厳しいし、金額も破格だったから、実際行けるのは、限られた人間だけだったんだけどね。
そんな中、未来にコールドスリープで男女が眠りにつき、100年後に目覚めさせ、繁殖するという実験をする事が決まった。
アインシュタインが相対性理論を唱えてから、科学的には未来への移動の方があり得る話だったんだけど、実際はその逆で、今も尚未来への扉は開かれていなかった。
だから、未来へのトラベルが出来ないか、その糸口を見つける事に科学者達は、躍起になっていたのかもしれない。
そのとっかかりで、まずはこの実験をする事が決まったってわけ。
まぁ早い話が人体実験だよね。
既に、期間が短い実験は成功していたし、安全性、その他の色々な問題も概ねクリアが出来ていた。民間には非公開だったしね。知ってるのはごく一部だった。
そして、いよいよ長期間の眠りにつくのは誰がいいかって事になった。任務が任務だから、恋人同士が選ばれる事になった。
そして、付き合いはじめたばかりの俺達2人に白羽の矢が当たったってわけ。
選ばれた後、柊に不安はないかって尋ねた。
さすが科学者だよね、不安はないってあいつはすぐ答えた。
俺の方が実は、この大がかりな任務に怖じ気づいていたのかもしれない。
しっかりしろと自分に言いながら、任務が決まったからって訳じゃ勿論ないけど、そこで、プロポーズをした。目覚めてからプロポーズってのもよく考えたら100年後なんでしょ?
さすがにそれはだよね。だから、顔をちゃんとみて言っておきたかったんだ。
「俺と結婚してください」って。
そうしたら柊は、笑ってこう言った。
「じゃあ今日から私達は婚約者ね。今から100年後、目覚めた時に私達結婚しましょう?
その時に、結婚指輪の交換をするの。なんだか海人のお陰で楽しみになってきたかも!」
なんだその約束、俺がもし目覚めなかったらどうすんだよって冗談を言いながら、婚約した俺達はとても幸せだった。
任務前の検査を終え、ふたりが眠りにつく日を迎えた。
柊とは特に特別な会話もせず、普段通りのいつも通りの会話をした。お互い「じゃああとでね」と軽く手を振って別れた。
銀色の長方形の棺みたいな装置に、裸にガーゼみたいな薄い生地のバスローブみたいな服のみを身につけて横たわった。
まるで、葬儀だな。。
既にその中は冷たくて、恐怖心に襲われたけど
事前に打たれた注射のお陰で、すぐに意識は朦朧としていった。
確か偉いさんから6文字の称号か何かを贈られた。何だったっけ、想いだせないな。
装置の周囲にいる、作業中の同僚達とは、もう永遠の別れになるわけだけど、科学者が実験の中で感情を持ち込むわけにはいかないし、業務的なやり取りだけをした。
ただ、成功を祈るはやたら言われたかな。
成功させるのはあんた達の役目じゃん!って言いかけたけど、言う前に意識は無くなっていった。
それから、長い長い時が流れた。
◇
100年後-
俺は静かに目覚めた。
ここは…どこだ……?
体を動かそうとするも、皮膚が軋む感じで全く動かせない。
目元も霜が張り付いた感じで、かろうじて出来る瞬きをして、視界を探った。
灰色の無機質な天井がぼんやりと見えてきた。
あぁ……俺はずっと眠っていたのか……。
ってここは、じゃあ未来…………?
すると、天井が見える視界を覆うように、見知らぬ若い男性が覗き込んできた。
白衣の出で立ちから、医者か科学者と思われるその男性は、
見た事のない機器を操作しながら語りかけてきた。
「今打った注射ですぐ動ける様になります。
今暫くは動けなくて窮屈ですが、我慢してくださいね。」
「あんたは……?」
「あぁ、自己紹介が遅れました。
僕は今回海人さんの目覚めを担当させて頂きます。
あ、僕の名前ちょっと長いんで、みんなはJって
呼んでくれています。僕の事はそう呼んでください。」
「有り難う。って事は、今は未来?」
「そうです。海人さんの目覚めは成功です。今は無理に体を動かすと色々支障があるので、ゆっくりしていてくださいね。明日になれば、普通に動ける様になるはずです。資料を渡しますので、この100年の間に何が起きたか、色々を学んでください。
それから次に、現在の生活の練習をしてもらいます。」
「わ、わかった。なんだか起きた瞬間に忙しくこきつかわれるんだな。」
そう苦笑いしつつ、任務の成功に少しほっともした。
身体はまだ、全体が固まった様に動かそうとしても動かないけど、最初はぼやけていた視界はだんだん霧が晴れたようにクリアになって、今はもう部屋の隅々まで見えていた。
どうやら視力も落ちてはいないらしい。
俺が横たわっている横でJは、色々見た事ない機器で、恐らく俺のデータを記録している。
なんだか、もう少し周囲に人がいて、歓迎というかそんな空気になるのかなと思ってたけど、案外未来はドライなようだ。
殺風景な部屋を見回しながら、俺はそう思った。
しばらくして、忙しくしているJの手を止めるのは憚られたけれど、俺は、ゆっくり一番聞きたかった事を尋ねた。
「J……柊は?もう目覚めてるのかな」
Jは少しピクリとして、すぐに笑顔でこう答えた。
「今はまず自分の身体を一番に考えてください。日常生活が出来るようになるのが最優先です。
それから柊さんには、一緒に会いにいきましょう。」
会いに……?行ける?そっかじゃあそうするよ。
俺は安堵して、まだ目覚めに慣れないからか睡魔が襲ってきた。
「なんだか眠く…寝ても大丈夫かなJ……。」
「大丈夫です。自然に朝に目覚める事が出来るかの確認にもなります。数時間眠ってみてください。僕はここにずっといるので。」
「わかった、早く日常に戻らないとな。柊と早く会いたい。」
そして、俺はまた意識が遠退いていった。ただ、自然に眠りに落ちる感覚は楽しいとすら思えた。
Jは、海人が眠りについたのを機器で確認すると、ソファーに、深く息を吐きながら腰かけた。
すると、研究室のドアが開き白衣姿、細身で銀色の眼鏡をかけた女性がつかつかと入ってきた。
「J、海人は大丈夫かしら?」
「あぁメイか、目覚めは成功とても順調だよ。」
「そう、それは良かったわ。明日には復帰できそうなのかしら。」
「身体的には今の所問題ないかな。ただ……。」
「ただ?」
「メンタルはどうだろうね、柊の話をまだしていないんだ。」
「今はそれがいいわ。私から話をしてみる任せて。」
「そうだね、その方がいいかもしれない。」
「それにしても残酷な任務を、私達のご先祖様はやってくれたわよね。」
「あぁ……僕ならやらないな。こんな残酷な実験。」
「じゃあ私は柊の所にいるわ。海人が起きたらコールしてちょうだいね。」
そう言うと、メイは海人の傍に近づき頬に手をしばらくあててから、部屋を出ていった。
僕も少し仮眠するかな。
「7時に起こしてくれる?」Jがそう呟くと
「リョウカイシマシタ。オヤスミナサイ」
Jの右腕に埋め込まれている体内チップが反応し、返事が部屋のスピーカーを通して聞こえてきた。
そういえば、海人はチップは入ってたのかな?
どちらにしても旧式だから現代のと交換しないとね。
そう考えながら、Jも仮の眠りについた。