奇襲
大和皇國軍幹部棟のある一室。
元帥である椎山はシンとした空気の中、
黙々と業務をこなしている。
草木も眠るような時刻である。昼間は隊員達の訓練の声が響く屋外は静まり返り、万年筆が紙を滑る音と時折判を押す音が聞こえるだけだ。
何時間経っただろう。
壁にかけられた振り子時計が午前二時を指し、ボーンという重い音が鳴り響いた。
刹那。
バリン!!
静寂を破る耳障りな音。椎山が思わず振り返ると、窓のひとつに1本のクナイが刺さり、無残なヒビを作っている。
(敵襲…!?)
焦りを抑え、すぐさま傍らに置いてあった刀を手に取る。しかし、敵の気配は感じられない。
(一体どこから……)
「こっちだ」
背後から聞きなれない声。飛んできたクナイを躱し、ようやく姿を表した相手を目視する。
「貴方は……!」
「お初にお目にかかります…という訳でもないが。
武蔵帝国軍諜報部隊隊長 粟飯原三善、幹部からの命によりお前を暗殺しに来た」
ランプだけがぼんやりと照らす薄暗がりの中、粟飯原は不敵に笑む。表立って殺意の感じられない、あくまで冷静な態度が不気味だ。
「暗殺と言いながら、しかも諜報部隊の人間が自ら名乗るとは…余程の自信がおありなんですね?」
「こんな所でむざむざ標的を逃すようなことをする程度の人間だと思われては困るな。別にお前に恨みがあるわけじゃない、ただの任務だ。上の言うことに従うのは癪だが、何分煩い連中だからな」
言いながらゆっくりと歩み寄る粟飯原。カツカツとブーツが床を鳴らす。右手に握られたクナイがランプの光を反射する。
椎山はそれに怯む様子を見せず、左手に持った刀の柄に手を添え抜刀の瞬間を伺う。
「悪く思うなよ」
粟飯原が床を蹴り、一気に距離を詰める。
「全く、我が軍も舐められたものだ。この程度でやられると思われているとは」
そう呟くと、椎山もまた口元に弧を浮かべる。
「ならこちらも、それなりの対抗手段は用意させて頂かないとね?」
その言葉を合図に、椎山の背後から小さな影が飛び出した。
「!?」
正体のわからないそれに一瞬動きを止める粟飯原。その隙を突くように伸びてきた刃を間一髪でかわす。
向けられたそれは、薙刀だった。
「きさん、元帥さんになんの用や!!」
僅かに驚きを見せた粟飯原は、しかし直ぐに平静を取り戻す。
「へえ、これは予想外だったな。なんの歓迎だ?」
「黙れ!それ以上喋ったら殺す。命のあっけんうちにしゃっしゃち帰れ!!」
殺意を剥き出しにした右田宮が捲し立てる。それを嘲笑するように見据えると、手に持ったクナイを構え直す。
「余計な戦闘はしないつもりだったんだがな…まぁいい。ここで蜻蛉返りするのもそれはそれで無意味だ」
黒い瞳が一層闇を宿す。先程までの遊戯じみた空気は消え、冷たい視線が椎山と右田宮に向けられた。
「…やる気ですか」
「私怨はないが、こんなところで殺されてやる義理もないからな。正直軍の奴らはどうでもいいが、俺のせいで舐められたなんて言われては癪だ」
温度のない声で言うと、「来い」と再び不気味な笑みを浮かべる粟飯原に2人の刃が向かった
2018年12月9日 Twitterにて公開した短編