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かみさまのなかみ  作者: 星野優杞
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第9話  ミイラのなかみ

 自称神の少年は『くう』と名乗った。


「世界は広くて、人間が住んでいるのは認知している限りこの星だけで、この星は球体。それを平面に示したのがこの世界地図。」


くうは俺の説明を確かめるように繰り返して広げた世界地図を指差した。少女もくうの後ろから地図を覗き込んでいる。


「それでここはこの大陸で、俺の信仰があるのもこの大陸のみなのか。」


ふむ、とくうは頷く。何やら考えているようだ。この表情を見るだけならただの子供なのに。

そして俺は馬鹿らしくなっていた。彼の指からなったリンゴを食べて命をつないでいる。気持ちが悪いからと食べなければ死ぬ。そして彼は何故か神を信じない俺を気に入っている。変に気を遣うのも媚を売るのも面倒だ。きっと彼はいつだって俺を殺せる。だったら寿命を少しでも伸ばす努力は馬鹿らしいと思えたのだ。それに俺は俺のやりたいことがあって、命を懸けてここに来た。


「ところで俺は神を神だと思ってないんだけど」

「うん。大変不服だけど良いよ。続けて」


くうは倒木の上に腰掛けて足を組んでいる。尊大にも見える態度が彼には似合っていた。


「くうが神だというなら、どうして神になったのか教えてくれよ。」


悪い言い方をするなら神の墓を暴くのが趣味なのだ。本人に話が聞けるならそれほど良いことはない。簡単に答えるかと思ったけど、くうは少し難しそうな顔をした。


「俺もね、過去のことはあんまり覚えてないんだ。特に、神様になる辺りのことは。」

「なんの参考にもならないじゃないか。」


不満を隠さず口に出す。くうはそれに笑った。


「だよね。だから俺も興味があるんだ。」


――――――俺の過去に


人間がどうやって神様になったのか。何が人であったはずの俺を神にしたのか。

くうは口の端を釣り上げた。にんまりと悪だくみをするような笑顔。その目は昏く、でも好奇心からかキラキラ輝いていた。きっと過去に置いてきた人間だった自分の腹に手を入れて探るときも彼はこんな表情をするのだろう。


「だから、協力してよ。あんた意外に優秀そうだ。」


恐ろしいとは思う。

けれど、胸が高鳴る。

ああ、この高揚感は何だ。


わくわくする。神を名乗る少年が自分の墓を漁る共犯者に俺を選ぼうとしている。普通の感覚じゃないのかもしれない。けれど俺は好奇心のためにここまでやって来た。そして、俺の趣味はどうしたって神の墓を暴くことなのだ。


「言われなくともやるさ。でもつまりそれは、くうが協力してくれるってことで良いのかい?」


尋ねれば


「もちろん。」


と無邪気に笑われた。


確かに気になるのだ。

そのためにここまで来た。

何が神様を作るのか。

くうが神だというのなら、何が人を神にしたのか。

そう、俺は神様の中身が知りたかった。




「神様と言えば、神話があちこちにあるけれど、その神話に出てくるもので今も現物が残ってるものってすごく少ないんだ。」


くうは本当に興味があるようでしっかり俺の話を聞いた。人間ではない何かだけど、誰かが自分の話に興味を示して聞いてくれるのは意外と気分が良い。先生になった気分だ。


「だから、俺は化け物のミイラを見に行こうと思ったんだけど……どうやらミイラが窃盗にあったらしくてね。」


本当に残念だ。それで急遽行き先を変えたらこうして迷ったんだけど。


「その化け物って言い方、嫌いなんだけど。」


くうが眉間にしわを寄せて言う。本当に不快なようだ。


「しかし神話に化け物だと記載があるんだ。」


そうなると正しい呼び方はそれだろう。しかしくうは鋭い視線で俺に呼び方を改める様に言った。神話によれば、化け物は神が倒したもの。けれどその神が、ここまで化け物を化け物と呼ぶことを嫌がる理由は何だろうか。俺は少し考える。


「もしかして化け物って、くうの荒魂だったりする?」

「は?」


くうがぽかんと口を開ける。その表情は神様なんかじゃなくて普通の子供みたいで微笑ましい。


「あらみたま?」

「そうそう神様の考え方なんだけど、まあこの辺りでは神は善いものとしてしか考えられていないようだけど。他の地域だと神には幸御霊と荒魂があるって考え方があるんだ。」


くうが首をくいっとやって先を促してくる。人を顎で使うとはこのことか。俺はそれにこたえるように続ける。


「一つの神にも良い面と悪い面があるみたいな考え方さ。もしかしたら君の荒魂が化け物なのかもと思ってね。」


化け物が神の荒魂であるのなら、神がそう呼ばれるのを嫌う理由も分かる気がした。しかしくうは俺の言葉にさほど興味がなさそうにふーんと答えた。それから気が抜けたように後ろに重心を移動させて尋ねた。


「前から気になってたんだけどさ、化け物は何で化け物なの?元からミイラってわけじゃないのに。」


その問いに今度は俺が驚いた。目をぱちぱちさせてしまう。どうやら彼には化け物の知識は無いらしい。


「化け物は、死んだ体で動いて災厄を撒き散らかしたというね。」

「その災厄ってなんなのさ。」

「諸説あるし、実際記録にも天候不良による飢饉などが残っている。けれど俺は、一番大きいことは病気だと思っている。」

「病気?」


そう、500年より前の記録には一切記載が無かったのに500年前に突然現れたこの大陸の風土病。この大陸だけにみられて感染はしない。この大陸の上で生まれたものだけがかかる13歳の誕生日に虚に還る病気。いまだに治療法はないと言われる虚還り病。


「ああ、あれ。俺なら治せるよ。」


くうは事もなげに言った。


「え?!マジで!?それこそ大発見なんだけど?!」

「へぇ?」


驚いて興奮する俺にくうは目を細める。


「どう?俺が神様だって信じる気にはなった?」


その言葉に喉が詰まるような気持ちになった。いや、信じてないわけじゃない。神様なんてものは否定したいだけで、彼の言葉を信じていないわけじゃないんだ。言葉に詰まっている俺にくうはため息をついた。それから


「この読み物読んで、感想を教えてよ。」


くうはそう言って大変価値がありそうな読み物を俺に渡してきた。そう、博物館に保管されてても可笑しくない。場合によっては国家によって封印されていても可笑しくないような、そんな古文書みたいな読み物。


「こ、これをどこで?」

「ちょっとね。」


くうはそれ以上は答えてくれなかった。

 

 それからはくうと一緒に歩きながら自然の中で食べられるものがあればそれを、無ければくうの指から出来るリンゴを食べて飢えを凌いだ。気持ち悪いと思う感覚はいつの間にか薄れた。それよりも目の前の読み物が素晴らしかった。たとえ町にいても寝食を忘れてしまいそうなくらいの内容だ。古文書には興味深いことが書かれていた。それは化け物についての細かい伝承だ。きっとミイラを見ても分からなかったことが分かるようなことだ。ここまで古く、興味深い本は、国立図書館でも閲覧制限がかかりそうなものだった。本当にくうは何者なのか。ああ自称神だったな。そしてそれ以上に一言もしゃべらない、くうの隣にいる少女が気になって仕方なかった。少女についてくうに尋ねても大切な人なのだとしか言わない。少女は俺をたまに見ていた。目が合うと、どんな感情からなのか、目を細められた。どうしてか、俺にはこの少女こそがくうの神性の正体のように思えて仕方なかった。人間が踏み込んではいけない何かが、服を着て歩いているようだと思ったのだ。包帯で巻かれた体の、唯一見える瞳が、絶えず爛々と輝いていて、それが俺には到底理解できない何かだと感じたからかもしれない。けれどそんな彼女もくうの前では感情が読みやすかった。それは愛しそうで嬉しそうで、可愛らしい少女の表情だった。そこから分かるのは彼女にとってくうが大切な人だという事だけだ。けれど、それで十分だった。正体不明な彼らだけど互いに想いあっているならそれは信頼できる気がした。


「死んでいる化け物についての記載だけど、化け物が死んでも動いたというよりは死体が動いたから化け物のように感じる。生きていた時は化け物は化け物では無かったのかもしれない。」


くうに求められた感想を語る。考察と言いたいけれど、俺の思った根拠のない想像も入っているのでやはり感想だろう。

化け物退治の話は『神の言う通り、動き出した死体から体を切っていけばやがて動かなくなった。』という話だった。その切った部分は目玉や内臓だった。表面じゃなくて内臓を出すのは、まあミイラを作るという観点では正しい処理だ。もしかして神様はミイラが作りたかったのではないかと思うほどに。その後の内臓の扱いも他の大陸のミイラの話と似通ったところがある。取り出した臓器を神を模した外装を施した壺の中に保存し、ミイラと一緒に埋葬したという話だ。その大陸では心臓は魂が宿るとして残されていたらしいが。


「この化け物は心臓も、全部切り取られている。」

「つまり、ミイラの中身は」

「空っぽ。それこそ骨と皮だな。」


まあ内臓は腐りやすいから、内臓があると綺麗なミイラにはならないんだけど……。もしこのミイラの製造が人為的、誰かが意図してしたことだとしたら……。


(実物を見たら、ワンチャン誰がミイラを作ろうとしてたか分かるかもしれないんだけどな。)


化け物の中身はそれぞれ石の箱にいれられて封印された。死体と一緒に埋葬されず、大陸の離れた場所でそれぞれバラバラに。ずいぶんな警戒態勢だ。内臓を封印している人物たちの家はそれぞれ離れた場所にあった。別にその周辺が虚還り病が多いとかのデータは無かったはずだ。ミイラが安置されていた都市でも虚還り病が多いという話は無かったから、現在の化け物の体と病気に因果関係はなさそうだ。


「あのさ、その中身の箱がある家って、どこにあるの?」


くうに聞かれたのでこの大陸の地図を出して、自分の資料とも照らし合わせ、内臓がありそうな家がある村や町に印をつける。結構範囲が広いからどうしても倍率が小さく、印が点みたいになってしまう。それでもくうにとってはそれで十分だったらしい。満足そうに頷いて地図をくれと言ってきた。まあ今生きていられるのも彼のおかげだ。俺はくうに地図をあげた。ちなみに古文書などの読み物は大変興味深いし欲しかったけれど回収されてしまった。


「フォメだっけ。」

「え?ああ、そうだけど。」

「あんたの考えは面白いからさ、また会いたいな。」


くうがそんなことを言うので俺は少し考えた。


「じゃあ宿に着いたら、その宿を出るたびにそこの人に次の行き先を伝えるよ。」


くうは少し不服そうだったが


「アナログだけど、他に方法もないし、仕方ないか。」


と言った。それにしても1週間くらい彼らと歩いてきたけれど、まだ人里にはつかないのだろうか。こんなまたいつか会う約束みたいなことをしても、意味がない気がするんだけど。


そう思っていたら、ふと明るくなった。森を抜けたのだろうか?そう思っているとくうは俺の後ろを指差した。だからその指差された方を振りかえる。その瞬間


「約束、忘れないでね。」


と声が聞こえた。俺の目の前には小さいがしっかりした村があった。いつの間に?!とくうの方を振り向くともう、そこにはくうも少女もいなかった。青々とした森の木を柔らかい風が揺らしていた。


あの人間じゃない少年は何だったのだろう。

とりあえず


「約束は守ろう。」


そう心に決めた。












 「ねえ、やっと君の体があるところが分かったよ!どこに何があるのかは分かんないけど、行く当てが出来た!」


俺はそれが嬉しくて地図を持ってくるくる回った。欲を言えば目か声帯が手に入ると嬉しいけれど……。


「結局全部取り返すから関係ないか!」


彼女の体を他のやつらが持っているなんてとても許せそうになかった。彼女は俺の言葉に嬉しそうに頷いた。それからゆっくり俺の頭をなでる。ああ、確か昔もこうして貰ったんだ。記憶の中でいつだって彼女は俺に与えてくれていた。今度は俺が彼女に返すんだ。化け物だと言われて切り取られてしまった体の中身を。とりあえず一番近くにある印から当たってみることにした。


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