第6話 虚還り病
ソーラはただの嗜好飲料だ。そりゃ発見当初は薬として使われていたとかあったみたいだけど、今ではただの嗜好飲料だ。コーヒーだってお茶だって、色んな効果が言われているし、薬として使われていたことがあったかもしれないけど、結局嗜好飲料じゃない?それと同じ。神様の飲み物、なんでも治せる万能飲料なんかじゃない。だって、そうじゃなきゃ可笑しいもの。
「ねえ、ばあや。私の余命ってあと1週間だったっけ?」
ばあやは困ったように、申し訳なさそうに、眉を寄せた。そんな顔をさせたいわけじゃないんだけどなあ。
私は、虚還り病という病気にかかっている。十三歳になった時に砂みたいに散り散りになって空っぽに、虚に還ってしまう。そんな病気。特効薬はない。生まれた時から細胞同士の結びつきがどんどんなくなっていって、最後にはつながっていられなくなってバラバラになる。そんな病気だ。手を見ても表面上で分かることはない。けれどお医者さんの診断では体内の結びつきはどんどんなくなっていっているらしい。怪我をしたらそこから崩れてしまうことがあるから私は家から出してもらえなかった。
ばあやはいつも私にソーラをいれてくれた。神様の飲み物だから、きっと良くなりますよって。ただの嗜好飲料が特効薬も無い病に効くわけがない。せっかくなら死ぬ日は晴れた空の下で心地よい風に吹かれながら、虚に、還りたい。そんなことを思っていると何やら屋敷の中が騒がしくなった。
「お嬢様、ばあやはちょっと行ってまいります。何かあったらすぐ呼び鈴で呼んでください。」
一体なんだろう。耳を澄ませていると聞こえるのは使用人たちの声と
「大きいお屋敷だったからさ。良かったら泊めてよ。」
という少年の声だった。子供が、何の用だろう。ただこの辺りは子供を大切にするようになっているからきっと無下には出来ないわ。空いている部屋でも貸してあげればいい。
彼女と森を歩いていたら、大きなお屋敷があった。青い屋根に白い壁。素材は石みたいなものだ。別に俺は疲れを感じないけれど彼女には休憩をあげたい。いや、俺が彼女を抱えてもいいのだけど恥ずかしがられて抵抗されてしまうのだ。手をつなぐのは良いみたいだが、抱きかかえるのは駄目らしい。俺としてはいつだって彼女に触れていたいのだけど……。
そんな俺の願望はさておき『空の神様』の本は子供にも分かりやすく書かれていて便利だった。神様は力持ちとか、神様は物を食べれるけど食べる必要はないとか、どんな言語も読み書きできるとか。自分が出来ることが分かりやすく書いてある説明書のようだった。まあ、色々と考えることもあったのだけど。それで屋敷の前で色々考えていたら、使用人に見つかった。子供だという事を確認されて、とりあえず屋敷の中で質問をされる。旅をしているからせっかくなので泊めてほしいとお願いしていると奥からおばあさんがやって来た。どうやら使用人たちのまとめ役みたいな人らしい。
「大きいお屋敷だったからさ。良かったら泊めてよ。」
おばあさんは俺と後ろにいる彼女を見て
「子供は大切にしないといけませんね。」
と頷いた。
「そちらのお嬢さん、年齢はおいくつですか?」
おばあさんがソーラを俺たちに出しながら言う。彼女はその言葉に返事をしなかった。そう、彼女はしゃべれない。
「彼女は、全身大やけどをしていて……喋れないんです。」
俺がそう言ったタイミングで彼女が顔をあげる。フードの中にあった包帯に包まれた顔が露わになる。おばあさんは少し驚いたようだったが、穏やかにほほ笑んだ。
「そう。でも生きていて良かったです。命は……大切ですから。」
それは、何かを噛み締めるような言い方だった。おばあさんの淹れてくれたソーラに口をつける。
「美味しい!!おばあさん、ソーラを淹れるの上手なんだな!」
ソーラはまったりとして、喉にまとわりつきそうなくらい甘いのに、後味はさっぱりとキレがあった。素直に感想を言えばおばあさんは嬉しそうに目を細めた。
「いつもお嬢様に淹れておりますので。」
「お嬢様?」
「はい。わたくしがお世話をしているお嬢様です。」
「ふーん。」
「それにしても坊やはソーラが好きなんですね。良かったらソーラの本を読んでみませんか?」
お嬢様は興味がないんです、というおばあさんに頷けば
「あとで部屋にお持ちしますね。」
と言われた。確かにこんなにデカい屋敷だ。ここの主人の子供はお嬢様だろう。
……こことはだいぶ状況が違うけど彼女もどちらかというとお嬢様だった気がする。だって、確か、皆が俺と彼女は不釣り合いだと言っていた。彼女は縁だけが赤い白い服をよく着ていたけれど、それは俺の着ていた服よりもずっと肌触りが良いものだった気がする。そう思いながら彼女を見れば軽く首を傾げられた。うん。彼女が可愛いからどうでも良いか。ただ、ソーラには口をつけていない。飲み物は飲みたくないらしい。確かに包帯をしてると飲みにくいだろうしなと思った。