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かみさまのなかみ  作者: 星野優杞
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第4話  化け物と一緒に

次に目を開けた時、動かないはずの彼女がふらふらと俺に歩いてきた。干からびているその体のどこに動く力があるのか。脂肪も筋肉も無いはずなのにどうして動けるのか。そんなことはどうでも良かった。目は陥落しているけど、肌も色が変わっているけど、たとえ姿が変わっていても、目の前の死体は確かに彼女だった。

彼女に手を伸ばせば彼女は俺の手を掴んで、手のひらに指を当てた。何をするつもりなのか。知らないうちにこくりと喉を鳴らして彼女の動きを見守る。彼女の干からびた指がギギッと動いた。

それは、俺が昔から知っている、彼女が教えてくれたから知っている、数少ない文字。その中でも一番親しみがある文字。青い空の下、気の木陰の中、木の棒で何度も地面に書いてくれた文字。


―――くうちゃん―――


ああ!ああ!!彼女は確かにここにいる!!!


「あれ?」


頬に何かが伝う。手で拭えば、それは涙だった。彼女を見るのに邪魔なのに、溢れて溢れてしょうがない。涙を拭うよりも目の前の存在を確かめたかった。彼女に触れていたかった。手を伸ばすと、彼女は少し驚くように、怯えるように体を震わせた。


「大丈夫。君は何も変わっちゃいないさ。」


そう言って干からびた体を傷つけないように優しく抱きしめた。そう、優しい彼女は何も変わっていない。死んでいようが干からびていようが、変わらない。


「でも、背は伸びたんだね。」


知っている彼女は俺と同じくらいの身長だったのに、目の前の彼女は俺より少し大きかった。彼女の目の穴のところが俺の頭くらいだ。


「とりあえず行こうか。」


この展示室はいつだって人が来る。そして彼女はそこに飾られていた化け物の死体なのだ。目立たない場所に移動したほうが良いだろう。筋肉もなく、動き出したばかりの彼女は動きがどうしてもぎこちない。でもそんなところも愛おしくて俺は彼女を横抱きに抱き上げた。彼女は手をアワアワ動かしていたが、笑いかけたら手を首に回してくれた。彼女が俺を求めてくれているのがたまらなく嬉しかった。

どうやって逃げるのが得策か。少し考える。地面と一体化する能力も彼女を置き去りにしてしまったら意味がないし、空を飛ぶ能力も室内では使い勝手が良くないだろう。


「そうだ。」


さっき見た絵を思い出す。指の先から木が生えてるあれ。

思い浮かべて念じれば指先からにょきッと木が飛び出した。指から切り離して、その後も木を急激な速さで成長させる。彼女が飾られていたブースが木で圧迫されゴゴッと嫌な音がした。パラパラと落ちてくる砂がどんどん多くなってくる。天井の素材もやはり砂を固めたものなんだなと思っていれば、待ちわびた瞬間が来た。

木が建物を突き破り壁に穴をあけたのだ。俺は彼女を抱えたままその穴から文字通り飛び出した。屋外に出れば空を飛ぶ能力はすごく便利だ。騒ぎになっている町を振り返らず俺は人気がなさそうな森の中に飛んで行った。








「俺のことも君のことも、よく分からないけど会えてよかった。」


そう言えば彼女も穏やかに頷いてくれた。


「そう言えば俺、神様になったみたいなんだけど何か知ってる?」


尋ねてみるが彼女は少しだけ首を傾けるだけだ。正直俺が神様なのか、彼女が本当に化け物なのかもよく分からない。

とりあえずさっきはあまり気にしてなかったけれど彼女が質素な布を一枚しか纏っていないのが気になって仕方がない。彼女の素肌がここまで露わになっているのを今まで見たことが無い。目のやり場に困ってしまう!どこかで服とかを調達しないといけない。彼女に似合うものを。


「そういえば……。」


リタは何と言っていたか。化け物の目玉を封印している?それは、つまり、彼女の目が。


「少しやることがあるな。」


俺はあの父親に聞かなければいけないことがある。












「無事だったかい。」

「はい。」


子供は神の依り代。大切なもので大切に扱うべきだ。この辺りではそういう風に言われている。だから迷子の子供も身寄りのない子供も理不尽な死に方をしないようにこの辺りではされていた。だから俺も娘が連れてきた少年をどこか不思議に思いながらも受け入れ、世話をした。探している子がいるというから協力も惜しまなかった。子供は大切だ。だから展示室がある建物が突然崩壊したと聞いて本当に心配した。建物の中を探してもいないから本当に焦ったし、少年を街はずれで見つけた時は本当に安心した。無事か聞けば少年は頷いた。建物が崩壊した時、少年はすでに建物から出た後だったという。幸運だったなと少年の頭を撫でて、手を引いて帰路につく。

夕焼けが少しずつ落ち着いていって、少しずつ空の青が暗くなっていく。家に続く森の中の道を少年の歩幅に合わせながら歩く。


「ねえ、化け物ってなに?」


少年が首を傾げながら尋ねてくる。化け物の死体を見て、興味が湧いたのだろうか。あまりいいものでは無いのだけれど、知的好奇心は大切でもある。


「この地に厄災を振りまこうとしたものだな。」

「あの死体は人間みたいだったけど。」


それも、皆が大切にしている子供の。少年はまっすぐにそんなことを言った。何か、頭の後ろ側を中からくすぐられている様な感覚がした。俺はその感覚から目をそらして言う。


「人が傷つけたくないようなものに化けて出たんだろう。」


特に厄介な化け物ほどそういう傾向がある。きっとあの化け物だってそうだ。


「あれが化け物の死体だっていう根拠はあるの?」


少年は尋ねてくる。何も知らないからそんなことを言うのだ。あれは化け物だ。化け物だ。そうでなければ


「化け物だよ。人は死んだら土に還る。そうでなくとも、ああいうミイラになったとしても、もう動くことはないはずだ。」


そう、普通の死体は動くなんてありえないのだから。わが家に伝わる伝承ではあの死体は死体になってからも動いて厄災を振りまいたとなっている。


「リタに聞いたんだけど、化け物の目玉が家にあるって本当?」


リタが口を滑らせたことに内心頭を抱えながら少年を見る。怖いのだろうか。化け物の目玉が近くにあるなんて怖いよな。そう思いながら。


しかし――――

少年は怖がってなどいなかった。


真顔でまっすぐ、その瞳を何かの感情で暗く光らせながら尋ねていた。


「その、目玉は、どこに、あるの?」


ゆっくりと一文字一文字をこちらに言い聞かせるように尋ねられた。日が、暮れる。少年の顔に闇がかかる。俺には少年が、少年じゃないように見えた。


「ひっ!?」


つないでいた手を振り払う。ああ、そうか、これは化け物だ。

人が傷つけたくない姿に化けた化け物なのだ。あの展示室が崩壊した時にきっと少年は崩壊に巻き込まれて死んだのだ。そうして、化け物の死体が少年に成り代わって、体を取り返そうとしているのだ!!!


「お、お前、まだ動くのか!!!?」

「まだ?」


後ずさるが、その分少年の姿をした化け物も距離を詰めてくる。


「目玉も内臓も全て取ったのになぜ動く?!動かなくなるまでとったと伝承には……!!」

「へぇ……。動かなくなるまで、全部彼女からとったんだ。」


目の前の化け物は微笑みながら、首をゆらゆら左右に揺らして感心するように言った。


「じゃあ返してよ。」


必死で首を振る。


「出来ない!娘を、リタ達の生きる未来に災厄を撒かせるわけにはいかない!!」


化け物は目をぱちりと瞬かせた。


「未来とか、どうでも良いんだけど。問題はそんなことじゃない。彼女の体を他人が持っていることが可笑しいってだけの話なんだけど。」


化け物はその目を細めて俺を見た。空気の密度が化け物の怒気で上がっていくようだ。

ああ、息が—―――苦しい。

立っていられなくて、地に膝をつく。


「そっか。」


唐突に少年の明るい声が響いて息が楽になった。化け物の気が変わったのかと、そちらに目をやれば良い笑顔で言った。


「リタの未来が心配なら、リタの未来がなくなれば良いんだな。そしたら心配なんて必要ないじゃん!!」


まるでそれが素晴らしい思い付きのように。そうして化け物は宙に浮き、家の方に飛んでいく。

奴は、なんと言った?

リタの、未来が、なくなれば――――?


「うああああぁあ!!」


さっきまでは逃げたくて仕方なかったのに、今は必死で化け物を追っていた。


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