太郎さんと彼女
太郎さんはガールフレンドの付き添いで洋服屋に居た。
ピアスの目立つ小柄の店員が居て、歌詞無しの楽曲流れるような洋服屋である。
その洋服屋の一角で、二人は、もう、かれこれ数十分は同じTシャツの前でうろうろしていたのであった。
もちろん原因はガールフレンドの方にある。
「どうしようかなあ。買おうか、うーん、でも、買って着ない可能性もあるしぃ・・・・・・」
太郎さんは、もうそんなことは何度も言われている気がしていた。
「ねえ、これ、やっぱり派手過ぎかしら?」
「うん。僕はそう思わないけど」
さっきのと何が違うのか全く太郎さんには分からない。もうそれでいいじゃないか。ダメなのか。今の太郎さんの生返事は太郎さん自身も頑張った方であると自負している。
ああ、眠い。
太郎さんは、実は数十分前からそう思い始めていた。早く帰って眠りたい。・・・・・・とはいうが、太郎さんは実は人のことを言えない立場である。今日のデートに寝坊したのだ。
「ねえ、どうしよう?」
彼女が言う。慌てて太郎さん、何か返事をした。彼女は「寝坊したよね、あなた」という態度をどこか奥の方にちらつかせながら接し続けるのである。帰りたいなど表に出すわけにいかぬ。
けれど、
その時、突然ぐっと顔の筋肉を支配したモノがあった。
突然の出来事に、彼は反射的に抵抗せざるを得ない。が、それに抗えないのも事実である。
それすなわち、「あくび」であった。
彼はガールフレンドに見られまい、いや、見られてはいけないと、くっと顔を彼女から背け、身体を捻るような無様な体勢で、さりげなく大きなあくびをかました。と、同時に、ある光景を目にしたのである。
向こうでも、同じように身体をよじって彼女に見られまいと頑張った別のカップルの彼氏の姿があった。
同時に、あくびをし終わった彼と太郎さんは目があう。向こうは、信仰上の理由から両羽に大きなピアスをつけた天使同士のアベック。
・・・・・・・・・・・・・・・同情、致す。
太郎さんは心の中で思った。
しかし、太郎さんは、この後世界で一番はじめにゾンビとなってしまうのである。