テキサスで500円
太郎さんはテキサスの荒野を歩いていた。
時期は夏だったと思う。日差しがめっぽう強かった。
革鞄一つに、土産屋で買った麦わら帽子を被って遠くの街を目指して歩いているのである。
荒野ばかりが続いているから、足は痛いし、喉が渇く。
と、小さな街のタバコ屋の前を通りかかったときに、赤い自販機があるのを見つけた。
太郎さんは急いでそこまで走って、ポッケの中から100円玉を取り出す。
さあて、冷たいものを一杯飲もう。
なんて、太郎さんは100円玉をコイン投入口に入れた。が、そこでチャリンって、奥ではなく、手前の方で100円玉が落ちる音がした。
「・・・・・・ああ、いかん」
それは、所謂よくあるアレである。
「おつり・返却」に100円玉が帰って来てしまったのだ。
仕方が無い、まあ、別の100円でも使おうか。太郎さんは面倒臭そうに溜息をつくと、素直に「おつり・返却」口に手を突っ込んで己の100円玉を探った。
しかし、
そこで差し込んだ太郎さんの右手には、帰って来た100円玉、と、もう一つ、別の感触が存在したのである。
・・・・・・500円玉が入っていた。
その瞬間。太郎さんの背後では台地を掠め取るような突風が吹きすさび、砂を巻き上げ、高く轟々とし
た砂嵐が生じた。太郎さんの背中は見失って、テキサスの高い太陽だけが砂埃の中から見受けられた。
数秒間、彼の姿は砂の中。
・・・・・・・・・と、その数秒後に、ようやく何とも無いように歩いている太郎さんの姿が見えた。右手には、己が100円を用いて買ったであろうミネラルウォーター。そして、左手には、キラリと黄金に輝く500円玉があって、すっと彼はそれを自分のポッケにしまったのである。
だからかもしれない。太郎さんは、この後世界で一番はじめにゾンビとなってしまうのであった。