お嬢様の異変
緑川警察署、会議室。
「これより、神野ナギ捕縛作戦の会議を始める」
中村が声を張り上げ宣言する。
その傍らで署長の藤原と課長の三木が小さく溜息を吐いていた。
「中村さん張り切っていますね」
「西園寺に感謝させたいんだ。そりゃあ張り切るだろ」
「結果、悲劇ですけどね」
新垣班の面々がコソコソと耳打ちする。
「これまで分かっている情報を報告しろ‼」
ナツキが手を挙げる。
「神野ナギ。自称鍼灸師。年齢不詳。鍼を使って人を意のままに操る詐欺師です。以前は『奇跡の鍼灸師』と呼ばれ、もてはやされていましたが、若い女性をターゲットに結婚をちらつかせ金品や身体を要求するという凶悪犯に成り下がりました」
「神出鬼没で派手ななりにも関わらず未だ潜伏先が掴めていない」
新垣が補足する。顎に手をやり訝し気な表情で先を促す。
「なるほど…身体的特徴はどうだ?」
「身長180前後、長髪でイケメンです。常に白衣を着ているそうです」
「よし分かった!各班に別れ長身、長髪の男及び白衣の男に職質を掛け怪しければ署に連行しろ‼」
「了解しました。中村班長‼」
ザワッ!
会議室の後方で敬礼しているレイナ。
「西園寺レイナ居たのか」
一同が後ろを振り返る。
「レイナ。お前は被害者なんだ。暫くは自宅で休んでいなさい」
藤原が席を立ちレイナに進言する。
「分かりました叔父様。休んでいます」
「西園寺は今まともな状態ではありません。一人にするのは危険なのでは?」
三木が止めに入る。
「それなら兄替わりの僕が一日中レイナを警護します。いいだろう?レイナ」
ナツキが手を挙げる。
「はい。兄様に警護して貰います」
「はうっ…」
嬉しそうなナツキ。
「却下だ‼」
「何故?」
ナツキは三木をギロリと睨む。
「危険度が増す気がする」
三木は素知らぬ顔でナツキの鋭い視線を無視する。
「それなら署長室で私と一緒にお茶でも飲みながら過ごそう」
「はい。お茶を飲んで過ごします」
デレデレ顔の藤原。
「署長!西園寺が居たら仕事しないでしょう?却下‼」
三木が半ばあきれて阻止する。
「貴様ら何を言っている。西園寺レイナは俺と共に捜査するんだ」
「はい。中村班長、共に捜査しましょう」
「うむ」
満足げな中村。
「お前こそ何を言っている?西園寺は俺の部下だ!」
新垣が勢いよく立ち上がる。
「指揮は俺が取っているんだ‼」
睨み合う二人。
「だから僕が警護しますって」
「はい。兄様と…」
「いやいや、私と…」
「はい。叔父様と…」
「俺だ‼」
「はい…」
「それなら僕が。西園寺さんの事前からずっとお慕いしていました」
「ずるいぞ‼俺だって‼怖いから近付けなかったけど今なら…」
隠れレイナファンが次々と手を挙げる。
「レイナに近付いた者は真中家の力で社会的に抹殺します」
ナツキが暗く微笑む。
「ヒイイイ…」
「あっ…」
レイナが頭を押さえうずくまる。
「ん?西園寺?」
異変に気付いた三木が立ち上がる。
震えだすレイナ。
「私は…」
「皆さん静かに‼先輩の様子が…」
「レイナ‼大丈夫ですか⁉」
慌てて駆け寄るナツキ。
「はい…兄様。大丈夫です」
可哀そうにとレイナを抱き締める。
「こらー‼真中君、離れたまえ‼」
急いで駆け寄った藤原が二人を引き離す。
「全くだ!俺の大事な相棒に気安く触るな‼」
今度は中村が抱き締める。
「中村君⁉君まで‼」
それを見たナツキ、ブチ切れる。
「おいこら底辺‼殺すぞ‼」
中村の襟首を掴み締め上げる。
「真中先輩~怒りで人格崩壊していますよ~」
白井がアタフタと止めに入る
「お前ら‼いい加減にしろ‼」
三木が机をドンと叩く。
「西園寺が今どんな状態か分かっているだろう!お前らが好き勝手言っているから混乱しているじゃないか‼暫く喋るな‼」
室内がシンとなる。
「西園寺は新垣と組んで捜査だ‼同じ班のお前が適任だろう」
三木がビシッと言い切る。
「了解しました。責任をもって西園寺を警護し捜査します」
「何だと…」
嫉妬の炎が燃える二人。
「課長、指揮は俺が取っているんです‼そんな勝手に…」
中村の抗議。
「今からの指揮は上司である俺が取る‼」
却下された。
「そんな~‼」
「同じ班なら兄の僕が適任なのでは?」
ナツキの抗議。
「西園寺は一人っ子だ!兄など居ない‼」
却下された。
「そんな~‼」
打ちひしがれる二人。
◆◇◆◇◆
数時間前の天界、神の宮殿。
「お呼びですか?師匠」
ミカの正面に跪くトウヤ。
「ああ。お前に頼みたい事があってな」
「はい。何なりと」
「下界で修行していた時出会った正義感の強い少女を覚えているか?」
「命の恩人を忘れるはずありません。西園寺レイナ殿ですね?彼女が何か?」
険しい表情のミカに不安が過ぎる。
「彼女を覆う結界が何者かによって破壊されたみたいなんだ」
天使の祝福を受けた人間は同時に結界が張られる。その結界は何かあった時の為のレーダーの役割を担っていた。
「レイナ殿の結界が?何時ですか?」
険しい表情のトウヤがミカに詰め寄る。
「今朝早く」
「師匠の結界を破壊するなんて相手は相当の手練れ…」
「ああ、人間ではないだろう。おそらくは悪しき者の仕業」
「だとしたらレイナ殿は悪魔に拉致され魔王の生贄に⁉こうしてはいられない今すぐ魔界に‼」
立ち上がり踵を返すトウヤにバカ者と持っていた杖で頭を叩くミカ。
「下界でアニメの見過ぎだ。そんな事は起こらない」
頭を擦りながら苦笑いのトウヤ。
「そうでした…レイナ殿は無事なのですか?」
「今のところはな。だが彼女の精神が何らかの術で縛られているようなのだ」
「おのれ悪魔め‼精神を乗っ取り魂を汚すつもりか‼」
ワナワナと怒りが込み上げる。
「レイナの魂が汚されぬ内に何とかしたい…そこでだ」
「もしや頼みたい事とは…」
「ああ。私はここから離れられぬ身。トウヤ、お前が下界へ降り悪しき者から彼女を守ってはくれないか?」
「お任せください師匠、必ず悪魔からレイナ殿をお守りします」
「頼んだぞトウヤ」
下界への扉に急ぐトウヤを見送り溜息を吐く。
「ミカ、どうしました?溜息など吐いて」
「ああ…コノハ様」
ミカに声を掛けたのは王妃コノハだった。
ミカは王妃に一礼し溜息の理由を話し出す。
「実は修行時代に出会った娘が何者かに襲われたみたいで心配しているのです」
「そなたが庇護している美しい魂を持った人間の娘ですね?」
ミカは王妃の側近の一人だ。話好きのコノハはミカから修行時代の話をよく聞いていてレイナの事も知っていた。
「はい。私の結界が破壊されたのです」
「まあ⁉きっと悪魔の仕業ですね。美しい魂は狙われやすいですから」
「はい。おそらくはそうかと…」
「大丈夫ですよミカ。天使の祝福を受けた娘です。何者にも屈しない強い心が育っていますよ」
ミカの手を取り励ます。
「そうですよね⁉コノハ様。彼女はけして悪には染まらない‼」
「その悪魔もきっと天罰が下りますよ」
◆◇◆◇◆
現在の下界、とあるマンションの一室。
「ハクション‼」
神野ナギはソファーに寝ころびながら盛大にくしゃみする。
「誰か噂でもしてるにかな?」
スンッと啜り上げていると携帯電話が着信を告げる。
「はい僕です。どうしたの?ソウマ」
ナギは液晶に映し出された名前を言う。
⦅ナギ様、実は緑川警察署内で神野ナギ捕縛なる作戦本部が立ち上がりました⦆
電話から聞こえる押し殺したような低い声はソウマの緊張感を表していた。
「ふーん、それで?」
そんな緊張感もナギには伝わらなかった。
⦅そこは危険ですので潜伏場所を変えた方がよろしいかと?⦆
「え~困る~折角この近くに従順な金ヅル見つけたのに~」
⦅チッ⦆
「今、舌打ちしたよね?」
⦅ですが…ナギ様…⦆
「お~見事なスルー」
ナギは咳払いすると…
「ソウマ、何のためにお前を警察に潜伏させていると思っているんだ?」
⦅それはナギ様が逮捕されないよう…⦆
「そう!情報操作、捜査のかく乱、証拠隠滅…お前はこれまでいい仕事をしてくれたじゃないか」
⦅しかし、包囲網を張られると…⦆
「ソウマ、君の使命は?」
弱腰のソウマを畳み掛ける言葉を投げかける。
⦅我が使命は不本意ながらナギ様をお守りする事…⦆
「待って、今不本意って言った?言ったよね?どうせスルーでしょうけど‼」
⦅ならばせめてその白衣、脱いでください⦆
「白衣を脱げ?これ僕のトレードマークなんだけど⁉白衣無かったら僕って分からないよ?奇跡の施術待っている人どうやって僕を見分けるの?」
⦅だから脱げって言ってんだよ‼くそ王子‼⦆
「あっキレた」
⦅今警察は長髪で白衣の男追ってんの‼その格好のまま外出してみろ即職質、即連行、即逮捕だよ‼⦆
「僕、一応王子なんですけど…敬語使おうよ、ソウマ君?」
⦅我が主、サクヤ様がどうしてもって言うから降りてきたけど、くそ王子のお守りとかマジやってらんねえ‼⦆
ソウマの暴言に半泣き状態のナギ。
「怒らないでソウマ~君に見捨てられたら困るよ~」
お願いだよ~と許しを請う。
⦅じゃあ白衣、脱ぐよな?⦆
「白は止めてピンクにするよ‼」
⦅くそ王子‼てめえは俺が逮捕して刑務所ぶち込んでやるよ‼⦆
◆◇◆◇◆
夕暮れ迫る繁華街。
「全くソウマは冗談も通じない…」
散々謝って許してもらったナギは帽子を被り白衣を脱いで街に出ていた。
「お腹空いたな~」
ナギの横を数人の男女が通り過ぎる。
「あれは…」
ナギは帽子を深く被りそっと身を隠す。
「何でお前達まで付いてくる?目立つだろう」
新垣はナギの足取りを探るため目撃情報のあった繁華街に向かっていた。
「納得してないからに決まっているだろう‼」
諦めない中村。
「兄以外の男に、こんな状態のレイナは任せられません‼」
自称兄のナツキ。
「暴走するお二人の見張りを頼まれました…署長に…」
巻き込まれた白井。
おまけが三人付いて来ていた。
「はあ~全くどいつもこいつも‼」
「この辺りじゃないか?神野が頻繫に目撃されている場所は」
「そうみたいですね。手分けして聞き込みを開始しましょう。行くよレイナ」
「はい、兄様」
「待て。相棒は俺だ‼行くぞ西園寺レイナ」
「はい、中村班長」
相変わらずの二人に新垣がキレる。
「お前ら全員帰れーー‼」
「はい!帰ります班長」
来た道を戻り始めるレイナ。
「いやいや。西園寺は帰るな‼」
「レイナ殿、何やら揉めているようだが…あの中に悪魔がいるのだろうか?」
下界に降りてきたトウヤがビルの陰からレイナの様子を見ていた。
「今朝のお嬢さん、何やら揉めているみたいだね~」
トウヤと反対側のビルの陰ではナギがコソコソと様子を見ている。
そしておもむろに携帯電話を取り出した。
「携番聞いといて良かった」
ブーブー
レイナの携帯電話が震え出す。
揉めている新垣達は気付いていない。
⦅もしもしお嬢さん?今すぐここから立ち去ってくれない?⦆
「ここから立ち去る…」
分かりましたと言おうとしたレイナの言葉がナギによって遮られる。
⦅そう‼奇跡の鍼灸師、神野ナギの命令だよ~⦆
「奇跡の鍼灸師…神野ナギ…?命令…?神野…ナギ…結婚詐欺師⁉」
レイナの眼がキラリと光る。
《その刑事達も一緒に…ん?何か様子が変…?》
「私は悪には屈しない‼」
⦅えっー⁉⦆
驚いて大声を出したナギとレイナの目が合う。
「神野ナギ。そこか~‼」
ダッシュするレイナ。
「ええええ⁉嘘?あり得ない⁉僕の術が解けるなんて~‼」
急いで逃げ出すナギ。
「術だと?もしやあいつが悪魔なのでは?レイナ殿が危ない‼」
逃げ出したナギを悪魔と勘違いしたトウヤも後を追って走り出した。
急に叫んで走り出したレイナを唖然と見送っていた刑事達。
「西園寺⁉」
「レイナ⁉まさか…元に?」
「えっ?どうやって?」
「神野って言っていたぞ⁉」
「兎に角後を追うぞ‼」
我に返った面々がレイナの後を追う。
「はい」
だが…白井が踵を返した瞬間足元の看板に躓いた。
「うわっ‼」
皆を巻き込み盛大に転ぶ。
「何やってんだ白井‼」
「すみませーん。看板が~‼」
涙目の白井が平謝りする。
「くそっ見失った‼」
「手分けしてレイナを探しましょう」
刑事達は不自然に置かれていた看板に舌打ちし走り出す。
◆◇◆◇◆
「待てーー‼」
閑散とした裏路地を全力疾走する二人。
「追い掛けなければ待つけど?」
必死に逃げるナギ。
「諦めろ‼逃がしはしない‼」
「いーやーだー‼」
ナギは周辺にあるゴミ箱を倒し積み上げられたビールケースを崩しながらレイナの行く手を塞ぐ。
「往生際が悪いぞ神野ナギ‼逃げずに罪を償え‼」
それらを軽く払いのけ徐々に距離を縮めていくレイナ。
「罪を償えって…大体僕は冤罪なの~彼女達が勝手にお金くれたり結婚迫ってきたんだからね~‼」
「冤罪だと?」
「そうだよ~悪い事はしてないよ~だから追って来ないで~‼」
レイナの瞳が光を失くす。
「はい。追いません」
ピタッと止まるレイナ。
「へっ?」
急に止まったレイナを訝しげに見るナギ。
「あれ?言う事聞いた?」
「はい。言う事聞きます」
急に従順になったレイナにポカンとするナギ。
「お嬢さん、手を上げて」
「はい」
手を上げるレイナ。
「お嬢さん犬の真似して」
「はい。ワンワン」
「やはり従順なままだ…さっきまでの行動はどういう事だ?」
首を傾げているナギに光の矢が飛んでくる。ヒュッ‼
「光の矢?天使⁉」
矢をかわし物陰に隠れる。
「ご無事ですか?」
レイナのもとに駆け寄るトウヤ。
「はい、無事ですけど…頭がぼやけて…」
「ヤツめ、また何か術を…」
その時バタバタと足音が近付き新垣とナツキが現れた。
「西園寺‼」
「レイナ‼」
新垣とナツキの二人は息を切らしレイナの名前を呼ぶ。
「あっ班長‼兄様」
「えっ?元に戻ったんじゃなかったのか?」
「残念なような…嬉しいような」
「先輩!神野無事ですか?又気絶させているんじゃ…?」
白井と中村も合流する。
「神野は?逮捕したんじゃないのか?」
「追うなと言われたので追いませんでした」
中村の問い掛けに素直に答える。
「えっ?でもさっきまでの先輩は…」
「どういう事だ?」
「取りあえず一度署に戻ろう」
「ところで…この人誰です?」
トウヤを指差し尋ねる。
「通りすがりの見知らぬ者です」
真顔で答えるトウヤだった。
物陰に隠れて息を整えるナギ。
(あの男天使なのか?なぜお嬢さんと一緒にいるんだ?お嬢さんの変貌と何か関係あるかもしれない…取りあえずソウマに連絡とるか…)
静かにその場を離れるナギだった。




