従順なお嬢様
十数年前の下界、公園で一人の少年が同級生の女の子に責め立てられていた。
「アンタが盗ったんでしょう?トシキ」
「…」
「白状しなさいよ⁉」
「…」
「先生に言いつけるわよ⁉」
「ちが…う」
「えー?聞こえない‼」
「…」
今にも泣きだしそうなトシキを見てクスクス笑う女の子達。
「あのキーホルダーはこの子の大事な物なんだからね‼」
「早く返しなさいよ」
「うっ…うっ…」
とうとう泣き出したトシキに大笑いの女の子達。
「そこのアンタ達、寄ってたかって一人を虐めるなんて卑怯じゃないの?」
突然現れた女の子に驚き笑いが止まる。
「だ…誰?」
「西園寺レイナ、小学二年生よ‼」
レイナは腕を組み鋭い視線を送る。
トシキは突然現れた救世主に泣くのも忘れ見入っていた。
「年下のくせに生意気ね」
「そうよ、関係無いんだからあっちへ行って‼」
イライラとした口調でレイナに言い放つ。
「嫌よ、私の目の前で起こった虐めは見過ごせないわ」
「虐め、虐めって私達はコイツに盗られた物を取り返してるだけよ⁉」
顔を真っ赤にした一人の女の子がトシキを指差し怒鳴る。
レイナは同じ体制で視線だけを動かしトシキを見る。
「アンタ盗ったの?」
レイナに問われたトシキは首だけを横に振る。
「ちゃんと言葉にしなさいよ‼」
ビクっと身体を震わせた後、意を決したように拳に力を入れる。
「僕は盗ってない‼」
大声でそう言った後、ランドセルを逆さまにして中身を全部ぶちまける。
「ほら、確かめて‼」
ハアハアと息を切らしながら同級生を睨み付けるトシキ。
「盗ってないそうよ?」
「そ、そんなの信じられないわ。どっかに隠してるのかも…」
「僕じゃないって言ってるだろう⁉」
トシキの剣幕に呆気にとられる同級生。
「そんなに信じられないのなら警察を呼ぶわ。私の叔父様警官なの」
警察と聞いて慌てる同級生達。実は最初からキーホルダーなど存在せず何も言い返せないトシキを虐めて遊んでいただけだったのだ。レイナが携帯電話を取り出した瞬間、脱兎のごとく逃げ出す同級生達。
「やっぱりただの虐めじゃない」
逃げる同級生達に冷たい視線を送り携帯電話をカバンに入れる。
「助けてくれてありがとう」
トシキが笑ってお礼を言う。
「別に助けたわけじゃないわ、これは私の趣味なの」
その言葉にクスっと笑い散らばった教科書をランドセルに戻す。
「じゃあね!私帰る。今度からちゃんと言い返すのよ」
手を振り去って行くレイナ。
「君がくれた勇気で僕はこれから強くなるよ。忘れない…西園寺レイナ」
一人残されたトシキはレイナの背中に決意表明したのだった。
十数年後、緑川警察署で再会した二人。
「久しぶりだな、西園寺レイナ‼」
「誰?アンタ」
レイナはこれっぽっちも覚えていなかった。
◆◇◆◇◆
現在の下界、緑川警察署。
ザワザワザワ
「ん?何の騒ぎだ?」
ドアを開けた新垣が署内の騒めきに怪訝な顔をする。
「大変です新垣班長!西園寺先輩が‼」
新垣に気付いた白井が駆け寄って来た。
「また何かやらかしたのか?」
そう言ってレイナの姿を探す。
そこにはスカート姿のレイナが椅子に座り静かに紅茶を飲んでいた。
「えっ⁉」
固まる新垣にレイナが声を掛ける。
「新垣班長おはようございます」
「班長?俺は悪夢を見ているのか?」
額を押さえよろよろと後ろに下がる。
「しっかりしてください班長‼」
「おはようございます。皆さんどうされたんです?騒がしいみたいですけど?」
ナツキが爽やかな笑顔で入って来た。
「ああ!真中先輩。大変なんです」
「レイナがまた何か?」
駆け寄って来た白井にそう言うと視線をレイナに向ける。
「おはようございます。ナツキ兄様」
「はうっ⁉」
一瞬固まるがハッとしてフッと笑う。
「何だ…いつも見ている夢か…」
「いつも見てんですか⁉じゃなくて夢じゃないですよ~」
詰所の皆にお茶をふるまうレイナを遠目に新垣班の三人がコソコソ話している。
「熱でもあるんじゃないか?」
新垣予想。
「新種のウイルスでしょうか?」
ナツキ予想。
「いいえ⁉きっと誰かの呪いです‼」
白井予想。
「今朝は普通に鍛錬し…ああ‼」
今朝の出来事が那月の脳裏に浮かぶ。
「ど…どうした急に」
急に大声を出したナツキを怪訝な目で見る新垣。
「あの男…」
真中は詰所に貼ってある手配書に近付き目当てのポスターを見付ける。
「こいつです‼ああ何で今朝気付かなかったんだ‼」
剥がして来たポスターをバンッと机に叩きつける。
「結婚詐欺師?こいつがどうした?」
「今朝レイナの家に居たんです。レイナ!こっちへおいで」
声を掛けられたレイナがナツキのもとへ来る。
「何か御用ですか?ナツキ兄様」
「はうっ」
「いちいち反応するな‼」
近寄ってきたレイナを観察するナツキ。
「やっぱり…見てください」
レイナの額や腕を指さす。
「これは鍼の痕です」
「鍼?」
「神野ナギ。以前、奇跡の鍼灸師と呼ばれていた男です」
「ああ、数多くの女性を意のままに操り金品を騙し取っていた詐欺師か⁉」
顎に手をやり手配書のナギを睨む。
「金品だけじゃありません。女性の純潔さえも…」
消え入りそうになるナツキの言葉に青ざめる白井。
「まっ…まさか先輩も⁉」
アワアワと慌てふためく白井。
「何て事だ…くそっ‼」
怒りを孕んだ新垣の拳がダンッと机を叩く。
「レイナ。何をされたか話してごらん」
「はい。何でも言う事を聞くようにと言われました」
「な…何でも…?」
ナツキの脳内では下卑た笑いでこっちにおいでとベッドをポンポンするナギが再生されていた。
「神野ナギ。殺す‼」
バターーーン‼
「西園寺レイナ‼」
勢いよく中村が入ってくる。
「貴様また騒ぎを起こしているそうだな‼何をし…た…えっ⁉」
レイナを見て固まる。
「あっ、面倒な奴が来た」
新垣が頭を抱える。
「中村班長、おはようございます」
ニッコリと微笑み掛けるレイナ。
「なっ⁉おは…?いつも小型犬扱いして冷たい目で見下す貴様が俺に微笑んでいる…だと?」
ダラダラと汗を流す中村。
「これはいったいどんな嫌がらせだ?」
新垣に視線を移すが顔を背けられる。
「昨日は迷惑をおかけしました」
ペコリと頭を下げる。
「ヘッ?」
青ざめる中村。
「ごめんなさい」
「グフッ‼」
その場で気絶する中村。
「中村~‼」
◆◇◆◇◆
緑川警察署の取調室。
レイナを除く新垣班と中村が顔を突き合わせている。
「診察の結果、西園寺の純潔は守られていたそうだ」
ホッとした顔で報告する新垣。
「ああ…僕のレイナ。神様ありがとうございます」
胸の前で手を組み涙を流すナツキ。
「その神野って奴の施術で西園寺レイナはああなったんだな?」
頭に冷却剤を貼った中村が呟く。
「ほぼ間違いないだろう。つかそれしか無いだろう?」
「地球が滅亡するかと思いました」
青ざめた顔の白井。
「俺は命を落とすところだった」
再び汗が噴き出す。
「ごめんなさいって言わせたかったんじゃなかったのか?」
ニヤケ顔で中村を見る。
「操られて言った言葉など求めてない‼」
机をダンッと叩き新垣を睨む。
「まあ、なんにせよ一日も早く神野を逮捕して西園寺レイナを元に戻そう」
「ああ…そうだな…」
中村の言葉に何故か歯切れの悪い新垣。若干目が泳いでいる。
「でも…ぶっちゃけ今の先輩の方が良くないですか?」
真剣な目が三人を見渡す。
「バカバカバカ‼俺もそう思ったけど刑事が口にしたら駄目だろう?」
新垣もぶっちゃける。
「兄様と呼んでくれるなら僕はどっちでもいいです」
ナツキに至ってはある意味いつも通りだ。
「真中!お前まで‼」
信じられんと大きな溜息を吐く。
「暫くこのままでいいんじゃないですか?中村班長もそう思うで…」
「いいわけないだろ‼」
白井の言葉を遮り憤慨する中村。
「えっマジで?」
「俺と西園寺レイナは日々ぶつかり合ってお互い成長してきたんだ‼」
宙を見上げ力説する。
「うわーポジティブな脳内変換」
白井の呟きは中村には届かなかった。
「あんな西園寺レイナなど俺は認めない‼」
「認めた方が幸せだぞ?」
「俺が必ず神野を逮捕し西園寺レイナを元に戻してみせる‼」
中村の眼がキラキラと輝く。
「一人の世界に入っていますね」
「そして元に戻ったあいつがこう言うんだ…中村班長感謝します…ってな‼」
キラキラとした眼で満面の笑みを浮かべる中村。
「さあ!貴様ら捜査会議だ‼みんなを集めろ‼」
高笑いをして出ていく中村。
「元に戻れば罵倒される毎日が待っているって分からないのかね~」
やれやれと言った顔の新垣。
「悲劇ですね」
「喜劇だろう?」




