運命の出会い
ナギが下界へ堕とされる数十年前。
白い花の生い茂る長閑な高原で二人は出会った。
「ここまでくればババアにも見付からないだろう」
宮殿から遠く離れた高原で馬から降りる。
手綱を近くの木に括り付け白い花の上で寝転がる。
白い花はナギの身体をすっぽりと包み込みその存在を消す。
「人間の身体とか興味無いし」
今日は家庭教師による人類学の講義を受ける日だった。
ラギと違って勉強嫌いのナギは事あるごとに抜け出していたのだ。
暖かな日差しと爽やかな風を浴び何時しか転寝を始めるナギ。
小さな足音でふと目が覚める。
寝転んだまま視線だけを足音へと向けた。
妖精が居た。
白く透き通った肌。光を反射してキラキラと輝く栗色の長い髪。
赤い唇が穏やかな微笑みを携え、細い指が白い花を摘んでいた。
時折空を眺めては眩しそうに目を細める。
だが、その目は悲し気な色を纏っていた。
目を見開いたまま微動だにしないナギのもとへ足音が近付く。
白い指先がナギへと伸ばされた。
視線が合う。
「ゴホッ‼」
「えっ⁉」
次の瞬間、白い花はナギ諸共真っ赤に染まった。
◆◇◆◇◆
長閑な高原には似つかわしくない豪勢な屋敷で湯あみを済ませたナギが屋敷の主人とその妻の神と対面していた。
夫婦の顏は強張り青ざめていた。
「申し訳ございません、王子。娘のナミが大変失礼な事を」
「ナミも悪気は無かったんです!どうかお許しください‼」
ナギはテーブルに額を擦り付ける様に頭を下げる夫婦に苦笑する。
(女神だったのか…)
「気にしなくていいよ?驚かせたのは僕だから」
ナギの言葉に安堵の色を隠せない夫婦、手を取り合い喜んでいる。
「でも、神が吐血ってどう言う事?」
神は長寿だ。病気などしない。
何気ない質問に再び青ざめる夫婦。
「王子は冥界王の呪いをご存知無いのですね?」
「冥界王の呪い?」
天界に住む王族以外の神はその呪いの事を恐れていた。
三百年に一度降りかかる呪い。
だがナギは王族で勉強嫌い、そんな呪いがある事など知る由も無い。
「王族以外の神に降りかかる呪いです。遥か古の頃から続いているのです」
「吐血の呪いなのか?」
「いえ、そうではありません。娘は…」
「人間化する呪いです」
後ろから聞こえた美しく通る声に振り向くとナミが凛とした佇まいでそこに居た。
高原に咲いていた白い花をモチーフにしたような白いドレス姿。
ナギは暫く見惚れていた。
「先ほどは御無礼を致しました、ナギ王子」
「ナミ!まだ寝ていないと駄目だろう」
「そうよ、早くお部屋にお戻りなさい」
血相を変え娘に駆け寄る夫婦、ナミはもう何とも無いわと二人を安心させた。
「ナギ王子、私と庭でお茶しません?話の続きをお聞かせするわ」
「でも君、体の方は…?」
「先ほども申しました通りもう何とも無いですわ。それに…日光を浴びた方が身体に良いと言いますしね?」
「分かった、丁度喉が渇いていた所だ」
微笑み合うとナギはナミの手を取り庭までエスコートして行った。
◆◇◆◇◆
それは遥か昔の事。
冥界王、天界王、魔界王が集まりとある会議をしていた。
それは下界を創り其々が役割を担うというものだった。
要は暇を待て余していたのだ。
冥界王が言った。
『我々だけの魂の輪廻には飽き飽きしていたから我々と似せた者を創り新しい魂の輪廻を試みたい』
天界王が言った。
『それならばその者達の魂を慈しみ守る役目を担いましょう』
魔界王が言った。
『それならば魂を汚す役も要るのでは無いのか?我々に任せると良い』
そして魂を宿す人間、魂を汚す悪魔、汚れた魂を浄化する天使が創られた。
月日は流れ、ある時天界に荒ぶる神が誕生する。
荒ぶる神は己の力を試したくてうずうずしていた。
そしてとうとう己の欲求を満たす為に下界に降り立ち天変地異を起こしてしまった。
大勢の人間が波に飲まれ雷に打たれ割れた地面に落ちて命を落とす。
異変を感じた王達が荒ぶる神を取り押さえ悲劇は収まる。
が…冥界王は許さなかった。
『人間を慈しみ見守る役目を放棄し、有ろう事かその命を奪うとは‼』
荒ぶる神の魂を抜き取り握り潰す。
そして呪いを掛けた。
『再び愚かな神が生まれないよう呪いを掛ける!三百年に一度生まれて来る神は人間の身体を持って誕生する。その者が生まれた時この出来事を思い出し二度と悲劇を繰り返さないよう戒めよ‼』
◆◇◆◇◆
「その呪いを貰ってしまいました」
語り終えたナミは少し温くなった紅茶をコクコクと飲んで喉を潤す。
「人間の身体か~人間て何時も吐血するんだね?」
「違いますよ?人間が掛かる病気になってしまったんです」
「僕が治してあげるよ、どんな病気?」
「無理ですよ?神の力では治りません。呪いですから」
理不尽な呪いに憤りを感じたナギは椅子を倒し立ち上がる。
「その呪いって解けないの?冥界に文句言ってくる‼」
憤慨するナギを見て目を丸くするナミ、次の瞬間クスクスと笑い出した。
「ナギ王子はご存知無いのですか?」
今日二回目のご存知無いにムッとするナギ、己の無知さを思い知らされた。
「今や冥界は不可侵領域、誰も行き来出来ません」
「何て事だ…」
驚愕の事実に打ちのめされる。
「ナギ王子が気に病む必要はありません。これでも幸せに暮らしているんですから」
「嘘だ…」
「えっ?」
「君は悲しい目をしている」
ナギの言葉にピクリと身体が跳ねる。
大粒の涙がポロポロと流れ落ちた。
驚いたナギが急いでナミに駆け寄る。
「ナミ!泣かないで!僕が悪かった、泣かせるつもりは無かったんだよ~」
オロオロとナミの涙を袖で拭い背中を擦る。
「うっ…うっ…分かっていますよ…言い当てられて…驚いたら…涙が…うっ…王子は…何も悪くないです…うっ…うっ…」
嗚咽を漏らしながら懸命にフォローするナミの顏は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
妖精が現れたと思ったら吐血し凛と澄ましていたと思ったら子供のように泣く。
ナギは思わず笑い出した。
「ナミって面白いな」
「笑うとこじゃないです‼」
二人は見詰め合いゲラゲラと笑い出した。
その日からナギは変わり始めた。
真面目に講義を受け色々な知識を身に着ける。
特に人類学には時間を掛け人間の身体のメカニズムを熟知する。
下界からは様々な薬や医療器具を取り寄せ使い方を学んだ。
「鍼治療?何それ」
「人の身体にはツボって言うのがあって、其処にこれを刺すと痛みが和らいだりするらしいよ?」
講義が終わり次第毎日のようにナミのもとへと駆け付けるナギが先日下界から入手した鍼を説明していた。
出会いから数年が経ちすっかり打ち解けた二人だった。
「あと、お灸って言うのもあってこっちは草に火をつけて燃やすんだって」
「正気?」
「ナミ、何処か痛いところない?」
「残念ながら無いわよ、今日は気分最高」
「え~折角手に入れたのに~」
「どういう意味よ?ナギ。私が元気なのが不満なの?えい!」
「痛っーー‼」
ペシっとおでこを叩かれたナギが大げさに痛がる。
「何処が痛いの?この鍼で治してあげる」
「ちょっとナミ、危ないよ」
鍼を持って追い掛けるナミから嬉しそうに逃げるナギ。
追いついてきたナミの手を掴み引き寄せる。
真顔のナギの唇が近付く。
「駄目よ」
顔を背け口付けを拒むナミ。
「何故?僕達は愛し合っているよね?」
「ええ、愛しているわ。だからこそ受け入れられないの!分るでしょう?」
「分からないよ!分りたくない‼」
無理やり奪われる唇。
唇が離れる度囁かれる愛の言葉にナミは抵抗する気力を失っていた。
「ごめん…」
済まなそうに項垂れるナギを慰めるように抱きしめる。
「私は直ぐにおばあちゃんになってしまうの。ううん、おばあちゃんになるまで生きていけるのかも分からないわ。こんな身体だからね」
「何の問題も無いよ。病気は僕が治すし、おばあちゃんのナミはきっと可愛い」
「ナギを置いて逝ってしまう…」
呟くように零した言葉はナギの唇に塞がれ遮られる。
「ナミ…宮殿で一緒に暮らそう」
「えっ?」
思わぬ申し出に顔を上げると穏やかな微笑みが迎えてくれた。
「結婚しよう」
二人は理解している。
第二王子であるナギの伴侶が呪われた女神など言語道断。
結婚など出来る筈も無い。
それでも求婚してくれた事実にこの場で死んでもいいくらいの喜びを感じたナミだった。
「ありがとう。だが断る‼」
「何故?」
「同じ事を何回も言わせないで」
「何時か『はい』って言わせてやる」
そしてナミは気付いていた。
もう直ぐ別れが来る事を…。
尋常ではない腹部の痛み。
恐ろしい病魔に侵されていたのだ。
◆◇◆◇◆
「ゴホッ!ゴホッ‼」
屋敷の庭で一人散歩をしていたナミがおもむろに吐血する。
薄緑色の草に赤い斑点が出来た。
口元を押さえた白いハンカチが真っ赤に染まる。
ハンカチを見つめ深い溜息を吐く。
「もしかして病気?」
後ろから聞こえてきた声に身体が強張る。
恐る恐る振り返ると見知らぬ神が立っていた。
「誰?」
「僕を知らないの?」
ナギに似たその顔は頬を膨らませ不満そうだ。
「ああ、第三王子のヨギ様」
「そう、君の恋人の弟だよ」
「どうして此処に?」
「兄の恋人観察?」
挑発的な視線がナミを射抜く。
「それで?」
「呪われた…それも病気に侵された女神など兄の恋人に相応しく無いね」
「わざわざ言いに来たのですか?早く別れろと」
「そんなところかな?」
クスッと笑うナミを怪訝そうに睨み付け何?と問い掛ける。
「ごめんなさい。微笑ましくて…つい」
「はぁ?」
「兄思いなのですね?ナギが羨ましい」
「止めてよ!あんな愚兄どうなろうと構わないよ?」
「私の事を調べてこんな遠くまで来ていて?」
「王宮の問題だからだよ!いいから黙って別れてよ!」
余裕を失くしたヨギが声を荒げる。
「そう出来るのならとうに別れています」
「往生際が悪いね?王家に入りたいの?」
ヨギの言葉にプッと吹き出しクスクス笑いだすナミ、動揺するヨギを見据え静かに言い放つ。
「私が言うのもなんですけど…ナギは何故か私に執着しています。断っても断っても求婚して来るんです」
「バカ兄貴、既に求婚していたのか!」
イライラとした口調のヨギに苦笑して話を続ける。
「ナギが言うのです。一生を私に捧げると」
「⁉」
ヨギは知っている。
ナギがどんな事にも興味を示さなかった事を。
執着するものなど皆無だった事を。
そしてその兄がこの数年で変わった事を。
兄さんは本気だ!おそらくこの女神に一生を捧げ生涯独りで過ごすだろう…そう思っていると真剣な眼差しのナミが涙を堪えて告げる。
「私はもう長く無い…」
「えっ?」
「ヨギ様にお願いがあるのですが…」
ナミの瞳から涙が一筋零れ落ちる。




