降臨?奇跡の鍼灸師
『僕に呪いを掛けて下さい…』
天界国、それは神と神に仕える天使が住まう王国である。水は澄み草花は香り緑あふれる大地に白く美しい宮殿がある。
この国の最高権力者、天界国王とその一族がその宮殿に住んでいる。
今日も優雅にそして静かな午後のひと時を過ごしていた…はずだった。
「ナギ‼ナギ何処です⁉」
天界王の后コノハは白いドレスを両手で手繰り上げ宮殿中をドカドカと走り回っていた。
「お后様、どうかお怒りをお鎮め下さい」
侍女達が総出で止めようとするが后の怒りは収まらない。
「誰か私の前にナギを連れて来なさーい‼」
◆◇◆◇◆
「女神達は今日も美しいね~」
宮殿から遠く離れた森の奥、湖のほとりで一人の男神と数人の女神がキャッキャウフフと戯れていた。
「まあ⁉ナギ様に比べたら私達なんて…」
天界国の第二王子ナギは天界国一と言われるほどの美しい神だ。
黒く長い髪、切れ長の潤んだ瞳、微笑を携えた口元、超が付くほどのイケメンだ。
「そんな事は無い、僕が雑草なら君達は薔薇、僕が石ころなら君達はダイアモンドだよ?」
「ナギ様ったらお上手ね、アマネ様が嫉妬なさいますわよ」
婚約者の名前を出されても怯む様子の無いナギ。
「彼女はおおらかな人だからきっと妬いたりしないよ。彼女はね…」
一瞬遠い目をするが直ぐにニッコリと微笑む。
「それは惚気でしょうか?」
想像に任せるよと言ってスッと立ち上がりおもむろに湖に飛び込む。
女神達がワアーっと歓声を上げる。
「ほら、気持ちいいよ~君達も入りなよ」
日の光を浴びて水しぶきがキラキラと輝く。
女神達は水中のナギの眩しさに目を細めるのだった。
◆◇◆◇◆
深夜、宮殿に帰って来たナギ。こっそりと自室のドアを開ける。
「ナギ」
後ろから声を掛けられ心臓が跳ね上がる。
恐る恐る振り向くと天界国王サクヤがコソコソと歩いて来ていた。
「父上様か~ビックリさせないでよ」
胸に手を置き息を整える。
「こら!静かに。コノハが起きる」
シーシーと唇に指を当てキョロキョロと辺りを窺う。
「母上様また怒ってたの?皺が増えるよって言ってあげてよ」
「誰のせいだと思っている?」
サクヤがジロリと息子を睨む。
「そんなに怒られるような事してないよ?」
そう言うとソファーに横になり肘掛けに足を乗せる。
「公務をサボって女神達と遊び歩いていたと聞いたぞ?」
「否定はしないよ、どうやら女神達は僕とお付き合いしたいらしい」
モテモテで困るよとにやけ顔のナギ。
「お前には許嫁が居るだろう?」
「彼女は僕にぞっこんだから大丈夫。最悪破談になっても困らないし」
ナギの言葉にある女神の顔が思い浮かぶ。
「お前が遊び歩くのはあの娘の事が忘れられないからか?」
一瞬真顔になるナギ、が直ぐに笑顔を取り戻す。
「フフフ…まさか。とうに忘れたよ」
ソファーから立ち上がりベッドに向かう。
「明日も女神達と遊ぶ約束をしたからもう寝るよ」
ベッドに入りふわ~っと欠伸をする。
「お前って奴はまた公務をサボるのか…⁉」
どうなっても知らんぞと言おうとした口がパカッと開いたまま固まる。
「僕に仕事をさせたいのなら女神が居ない所に行くしか無いよね~まあ女神の居ない場所なんてこの国には無いけど、アハハハ」
「そう?分かったわ」
感情を押し殺した低い声がナギの頭上から聞こえる。
「母上…いつの間に…」
「あなたの望みを叶えてあげましょう」
そう言うとナギの額に手をかざし祝詞を唱える。
「コノハ…その祝詞は⁉」
青ざめるサクヤ。
「えっ?何の祝詞?まさかモテなくなるとか?止めてよ~」
「そんな祝詞があればとうに使っています‼」
「そうなの?じゃあ心配ないな」
ナギの額から光が溢れ出す。
その光は帯となりコノハの勾玉の首飾りに吸収されていく。
「何したの?」
「神の力を剥奪しました」
「えーー⁉」
神の力とは何か色々と出来てしまう力の事だ。
「まぁいいか、女神達が世話を焼いてくれるから別に困らないし」
コノハの額に青筋が浮かび上がる。
「あら?先ほど言いましたよね?願いを叶えるって…」
「ん?願い?何だっけ?痛っーー‼」
コノハはナギの髪の毛をむんずと掴みグイグイ引っ張って部屋を出る。
「だから言ったのに…」
ギャーギャー騒いで引きずられていく息子の後ろ姿にそっと呟く父だった。
「放してよ、母上様‼髪の毛抜ける~⁉」
真夜中の静寂に響き渡るナギの悲痛な声。
「門番!門を開けなさい‼」
引きずられ連れてこられたのは立入禁止エリアだった。
ここには下界に繋がるエレベーターが設置されていて、天使が修行に行ったり偵察に行ったりする時に使われていた。
「何考えているの…母上様?」
「女神の居ない所がいいのでしょう?」
「嘘だろ?まさか下界に…」
コノハはナギの髪を掴んだままエレベーターの扉を開ける。
だがエレベーターのカゴは下界に下りたままだった。
「残念だね…カゴが無いよ?これじゃあ下界には行けない」
カゴが上げられる前にどうにかして逃げ出そうと考えていると…
「心配ないです、マッハで行けますから」
「えっ⁉」
「世間の荒波に揉まれて来なさい‼このバカ息子‼」
ドカッ‼
容赦ない蹴りがナギを襲う。
ナギの身体はエレベーターの穴へと吸い込まれていった。
「このクソババアーああああぁぁぁ…」
下界に真っ逆さまに落ちるナギの声が小さくなっていった。
◆◇◆◇◆
十数年前の下界。
天使ミカと弟子のトウヤは魂の汚れを浄化する旅に出ていた。
「この辺りで反応がありますね」
魂の汚れを表す探知機を片手にキョロキョロと辺りを見回すトウヤ。
「あのコンビニとか言う建物から出ているな」
「ですね。行ってみましょう」
二人並んで店内に入ると四、五人の客が一点を見つめていた。
「放せよ!このガキ‼」
「盗った物を出しなさいって言ってるの⁉」
視線の先には若い男と幼い女の子がいた。
「あの若い男ですね」
トウヤは声を殺してミカに告げる。
「どうやら彼女が先に見つけたようだ」
フッと笑い女の子を見る。
「では、浄化します」
トウヤの掌から光の矢が放たれる。
矢は男の胸を貫きキラキラと散らばり消えた。
当然その矢は人間には見えない。
「そのカバンにカップ麺入れたでしょう?出しなさいよ‼」
「はい。出します、ごめんなさい。僕自首します。警察を呼んでください」
コロッと態度が変わった男をポカンと見上げる女の子。
店内の客もザワザワと騒ぎ出す。
「今の内に行くぞ」
「はい」
二人は静かに店を出て行った。
「気付いたか?トウヤ」
店を出たミカとトウヤは近くの公園のベンチに腰を下ろしていた。
「何をです?」
「さっきの彼女、稀に見る美しい魂の持ち主だったぞ?」
「そこまで見る余裕ありませんよ」
「お前もまだまだだな…ん?あれはさっきの彼女…」
ミカの視線の先には先程コンビニにいた女の子が犬を連れた婦人と何やら言い合いになっていた。
「ウチのキャサリンちゃんのモノでは御座いませんわ‼」
「私ちゃんと見たわよ?オバサンの足元にあるソレはその犬のモノよ」
「何かの見間違いじゃありません事?キャサリンちゃんはお外で粗相なんてしませんわよ⁉」
「ペットの下の世話も出来ないヤツが飼い主になるんじゃないわよ⁉」
「まあ⁉なんて生意気な子供なんでしょ」
徐々にエスカレートする二人にミカが溜息を吐く。
「あのオバサンも少々濁ってますね、浄化対象とまではいきませんが…」
「ああ、この場を収める為に浄化するか」
「御意!」
トウヤが矢を放つと浄化された婦人はハンカチにソレを包みキョトンとする女の子に土下座して去って行った。暫く首を捻り佇んでいた女の子は何事も無かったように公園を後にした。
「しかし…あの正義感の強さは危険だな…危ない目に遭わなければいいが」
後日、ミカの懸念は現実のものとなる。
◆◇◆◇◆
ひと気のない寂れた公園、一匹の野良猫が胴体をロープで縛られ木に繋がれていた。
フーッと威嚇する猫にエアガンを向ける男。
「ほら、もっと動けよ、楽しめないだろう?」
パンパン‼男は猫の足元にBB弾を撃ち付ける。
弾に驚き逃げ惑う猫。
「そうそう、それそれ」
男はエアガンを構え狙いを定め引き金を引こうとした瞬間…
「何してるの?」
後ろから掛けられた声に驚き動きが止まる。
恐る恐る振り向くと女の子が怪訝な顔で立っていた。
「何だ…ガキか」
縛られていた猫を見た女の子は瞬時に状況を把握した。
「何て事を…⁉」
急いで猫に近寄り木に括りつけられたロープを解く。
「おい‼止めろ」
解放された猫は一目散に逃げて行った。
「このガキ、余計な事を…」
怒りに燃える目が女の子を捉える。
「動物虐待は犯罪よ?」
「何の事かな~?俺は野良猫を保健所に連れて行こうとしただけだよ」
「エアガンは必要無いでしょう?」
「これはたまたま持っていただけ」
「大人って…嘘ばかり吐くのね」
男をキッと睨み付け防犯ブザーを取り出す。
「おい、何を…?」
「決まっているじゃない?人を呼ぶの。警察で本当かどうか確かめてもらうわ」
警察聞いた瞬間、理性が吹っ飛んだ男は女の子を押し倒し首を絞めていた。
「子供に何が分かる?俺がどれだけ我慢して生きてると思ってんだ⁉」
ギリギリと首を絞められ呼吸が出来ない女の子、意識が遠くなっていく。
「この外道が‼」
声と共に放たれた光の矢が男を貫く。
矢を放ったミカが冷たく男に言い放つ。
「今すぐ立ち去れ‼」
男は呆然と立ち上がり分かりましたと言って歩き出した。
女の子の首に手を当て脈があるのを確認すると光を放ち絞められた痕を消す。
「間に合って良かった」
すると先ほど逃げて行った猫が戻って来て女の子の傍らにチョコンと座る。
「何をしているトウヤ?」
ビクっと身体を震わせる猫。
「申し訳ありません」
次の瞬間猫はトウヤの姿になった。
「誰も居ないと思い変化の修行をしていたら迂闊にも浄化対象に捕まってしまい…」
「バカなの?あんな小者、変化を解いて浄化すればいいじゃないか⁉」
「しかし…変化を人間に見せる事は禁止されていますし…」
「あ~ホント真面目だなお前は…そのくらい私の術で…」
「お姉さん達誰?さっきの男の人は?」
説教を続けようとしたミカの言葉は女の子の言葉で遮られた。
「気が付いたかい、お嬢ちゃん?身体は何とも無い?」
「ええ、大丈夫よ。お姉さんが助けてくれたの?」
「そうだよ、あの悪い男も警察に連れて行った」
ミカは安心させるように女の子の頭を撫でる。
「良かった。でも猫が心配だわ…ロープ巻いたまま逃げたから」
「だ、大丈夫だよ?僕がロープ解いてあげましたから」
トウヤは上ずった声で答える。
「ホントに~お兄さんありがとう」
満面の笑みに冷や汗タラタラのトウヤ。
「君は命の恩人だと言ってました」
と訳の分からない事を言ってしまいミカに足を踏まれる。
「お嬢ちゃん、君の名前は?」
「知らない人に個人情報言っちゃ駄目だって言われてる」
「しっかりしてますね、最近の子は…」
「お嬢ちゃんは知らないかもしれないけど私達は三回君に会ってるんだよ?」
「えっ⁉」
全然覚えて無いけどと疑いの目で見る女の子。
「悪い事をした奴と対峙する君を見掛けたのさ、コンビニとか公園で」
「ああ…あの時ね。そうよ、私は悪を許さない‼悪者退治は私の趣味なの」
若干の言葉のずれはあるものの信じて貰えたようだ。
「私の名前は西園寺レイナ」
「レイナか…いい名前だ。私は天草ミカ」
「僕は天童トウヤです」
互いに握手を交わし微笑み合う。
「しかし悪者退治が趣味とは…小さい君には危険だよ?さっきみたいな事がまた起きるかもしれない」
「分かってるけど…何故か身体が動いちゃうの」
「そう…持って生まれた正義感か、その魂のなせる業か」
「ん?何言ってるか分からない」
首を傾げるレイナの額にてのひらを置くミカ。
「レイナ、目を閉じてごらん」
てのひらの心地よさに言われるまま目を閉じるレイナ。
「君の正義感が何時か君を殺すかもしれない。その美しい魂を守る為に君に天使の祝福を授けよう。この祝福は君の身体と精神を守るだろう」
レイナの身体が光に包まれる。
「レイナの未来に光あれ」
天使の祝福を受けたレイナはその後、強靭な身体と何者にも屈しない精神で手の付けられない怪物になったのは言うまでもない。
◆◇◆◇◆
交番の前、白衣の男が掲示板を見ていた。
その横を犬を連れた男の子が駆け抜けていこうとして盛大に転ぶ。
泣き叫ぶ男の子、逃げ出す犬、男は横目で男の子の擦りむいた膝を見て顔をしかめその場から立ち去ろうとした。
ギュッ‼
「えっ?」
「うわーん‼おねーちゃーん‼痛いよー‼」
男の子は傍にいた男の白衣を掴み潤んだ目で見上げていた。
「ちょっと、放してくれないかな?僕関係無いよね?」
「うわーん‼おねーちゃーん‼ケンタがいないよー‼」
「ケンタって誰?それに僕はおねーちゃんじゃないし」
白衣を引っ張り逃げようとするも泣きじゃくる男の子の力は強かった。
「うわーん‼痛いー‼うわーん‼ケンタ‼」
「ちょっと静かにしなよ、でないと…」
「何かお困りですか?お嬢さん」
騒ぎに気付いた警官が交番から出てきた。
男はニッコリと微笑み大丈夫ですと裏声を出す。
「うわーん‼おねーちゃーん‼だっこー‼」
「はいはい。すみません、弟が転んでしまって」
「そうでしたか、では本官はこれで」
一礼して交番に戻る警官。
「ちゃんと仕事しろ…」
小声で呟くと大きな瞳と目が合う。
「よし、特別にお兄さんが魔法を見せてやる。だからもう泣くな」
「えっ…おねーちゃん魔法使い?」
まあ似たようなものだとポケットからケースを取り出す。
「魔法を掛けるから目を閉じて」
男はケースから数本の鍼を取り出し男の子の身体に刺した。
「もういいよ」
鍼を抜き取りながら声を掛ける。
「痛くないだろう?」
「あれ?ぜんぜん痛くない!すごーい」
ピョンピョン跳ねて喜ぶ男の子に内緒だぞとウインクする。
「おねーちゃん、ありがとう」
元気に手を振り帰って行く男の子。
「もう転ぶなよ~ケンタによろしく」
白衣の男…名前は神野ナギ。
数年前、天界国王妃コノハの逆鱗に触れ神の力を剥奪され下界に落とされた神だ。
数年前の下界。
神の力を剥奪されたナギは下界に降り立ち呆然としていた。
「可愛い息子に何て言う仕打ち…お腹空いたな~」
神とはいえお腹は空く、シャッターの閉まった商店街をフラフラと歩き何か食べ物と思っているとゴミ箱を漁る浮浪者と目が合う。
「やらんぞ‼」
と集めた残飯を袋に入れ去って行く男を見て驚愕する。
「い…嫌だー‼あんな生活したくない‼」
その場から逃げるように走り去るナギ。
突風が吹きその場にあったゴミや紙くずが空に舞う。
「うっぷ‼」
一枚のチラシがナギの顏に貼りついた。
「もう!何なんだよ」
チラシには『お困りですか?』の文字が書かれていた。
「困ってるよ‼ん?鍼灸院?」
その時ナギの全身を電流が走った。
「これだ‼下界の創世に携わった我が一族。人間の身体の事なら隅から隅まで何でもお見通しさ」
「金持ちのお爺ちゃん、その痛み取ってあげようか?」
プスプスプス!
「おお~⁉どんな名医も治せなかった痛みが取れたぞ‼これはお礼です」
大金ドーン!
「金持ちの奥さん、乱暴な息子さんに困っているようですね?」
プスプスプス!
「まあ⁉息子が借りてきた猫のように‼これはお礼ですわ」
大金ドーン!
「有名な歌手の人、音痴を治したい?」
「有名な女優さん、お肌をツルツルにしたい?」
「有名なスポーツ選手さん、僕にお任せ下さい」
何でも治せる鍼灸師の噂は瞬く間に広がり、何時しか『奇跡の鍼灸師』と呼ばれるようになった。
「チョロいな、世間の荒波」
だが…奇跡を起こす事は勿論、見目麗しいその容姿。交際や結婚を迫る女性が殺到、挙句の果てある事無い事吹聴されたのだった。
現在。交番の掲示板のポスターを見つめるナギ。
「僕もっとイケメンなのにな~」
『全国指名手配。神野ナギ。結婚詐欺』




