悠李
「お父さーん!どこにいるのー?」
家が広すぎて、どこに父親がいるか分からなかったため、声をかけながら廊下を歩いて行くと、廊下の突き当たりの部屋から声が返ってきた。
「おーう!ここだ!」
部屋の中に入ると、雛の父親、悠李がいた。元はただの村人だった悠李は、雛の母親と恋仲になり、結婚。そして雛が生まれたのだ。二人の出会いは悠李に散々聞かされたがその話はまたの機会に。
「おかえり、二人とも。」
初めは笑顔の悠李だったが、僕の顔を見て顔色を曇らせた。
「時雨、お前その痣……。……………またやられたのか。」
悠李は僕のことを心配してくれているだけなのだろうが、何だか責められているようでばつが悪くなり、目を逸らしてしまった。
「うん………。ごめんなさい。」
「だから、何で時雨が謝るの!悪いことなんてしてないんだから、堂々としてればいいんだよ!」
雛に強く背中を叩かれ、痛みで涙目になってしまう。
「痛ッ!雛、強すぎだよ!」
僕が文句を言うと、雛は満足そうにニコッと笑った。
「そう!そんな風に御影達にも言ってやればいいんだよ!」
「そうだぞ、時雨。何も言わないままだったら、あの悪ガキどもは調子に乗るだけだからな。こっちから一回でもやり返せば、あいつら驚いてもう何もしてこなくなるだろ。」
それを聞いた雛が、心底驚いた、みたいな顔をした。
「………お父さんって、たまにいいこと言うよね。」
「たまにってお前なぁ………。」
「だって本当のことだもーんっ!ところで、お父さんは何してたの?」
「今度の祭りでお前が着る装束にほつれたとこがあったら直しておこうと思ってな。」
悠李は押し入れから出していた箱を開け、中に入っていた千早や緋袴を広げる。
「もうそんな季節なんだ!準備頑張ってね、お父さん!」
「いやいやいや。お前も手伝うんだよ。」
「冗談だよ。わかってるってば。でも、今日は松助さんとこに手伝い行ってくるから無理!」
「おい雛、そんな笑顔で言うことじゃないぞ………。ったく。すまんが時雨、雛の代わりに手伝ってもらえるか?」
「…………………。」
こういうやり取りを見ていると思い知らされる。この二人は家族で、僕は部外者。そんなことはあたりまえなのに、改めて突きつけられると胸が苦しくなる。そのせいで悠李に返事するのが遅れてしまった。
「………時雨?」
「……あ、はいっ!もちろんです!」
「じゃあ、私は松助さんの所に行ってくるね!」
「元気だなぁ。暗くなる前に帰ってこいよ。」
「なっ!子供じゃないんだから!」
「お前はまだまだ子供ですぅー。俺から見れば立派なガキですぅー。」
「このー!私が帰ってきたら覚えといてよ!」
「はいはい。わかったから、早く行けって。」
「もー!ごめんね時雨!今度は私も手伝うから!」
「ううん。気にしなくていいよ。行ってらっしゃい。」
「行ってきます!」
雛は、僕達に手を振りながら走っていき、結った髪が動く度に楽しげに揺れていた。それを見送った後、悠李は僕の方を見て、ニカッと笑った。
「じゃた、早速始めるとするか。」
「はい。」