第4話 入浴方法を知るなう
やたらハイスペックになったスマホをいつものように尻ポケットにしまい、チェッカールームの外に出た俺を、アリシアが満面の笑みで出迎える。
俺に飛びつかんばかりの勢いで食いついてきた。正直気圧される。
「おかえりなさいっ!で、どうでした?どうでした?」
すごいぐいぐい来るんですがどうしたんですかアリシアさん。思わず後ずさりながら、俺は口を開いた。
「お、温泉が……」
「温泉?温泉がどうかしたんですか?」
いかん、全く要領を得た回答になっていない。アリシアもきょとんとしてしまっている。
俺は何とか平静を取り戻すと、改めてアリシアへの説明にチャレンジする。
「あ、えーと、俺の技能に、温泉にまつわるものがあって……」
「えっ凄い!だいぶレアじゃないですか。見せてくださいよー!」
軽く説明すると、途端にアリシアが興奮をあらわにキャッキャし始めた。あれ、もしかして彼女、そういうの好きなタイプの女性?
ただ単にレアな技能に興奮している可能性もあるが、ともあれステータスを出して見せるのが早いだろう。そう考えた俺の手が、ふと止まる。
ステータスってどうやって他人に見せればいいんだ?
アリシアに確認を取ると、どうやら先程説明を受けた「ステータス閲覧」という技能で可能らしい。
「基礎技能は他にも、アイテムを収納する『収納空間』、自分の向いている方向を確認する『方位磁石』といった、生活に必要なスキルが一纏めになっているんですよー。
あっ、それはそれとして、早く見せてくださいよ温泉のスキル!」
なんかもう背後の尻尾がぶんぶこ振られているのが見えます。大変可愛らしくてよろしい。
しかし便利だな、基礎技能のスキル。アイテムボックスにコンパス完備とか、あっちの世界でも使えたらさぞかし便利だろうなぁ。
ともあれ、ステータス閲覧である。俺は二度三度深呼吸をして、ぽつりと呟いた。
「コンフィルメ」
途端に、目の前にぼうっと光で出来た長方形が浮かび上がる。先程チェッカールームで閲覧した俺のステータスと、同じようなものだ。
内容としては細かな適性の情報が削られており、クラス、レベル、経験値、所持技能のみの表示となっている。まぁ、チェッカールームで見た情報には、出身世界とか人種とか、あとは善悪の属性傾向なんかも表示されていたんだけど、正直深く見てなかったりする。
出現したステータスの内容を、横から身体を覗き込ませるようにして確認するアリシア。そして後ろから見ても分かるくらいに、その目をカッと見開いた。
「こ、こ、これ……」
「ど、どうしたんですか、そんなに凄かったんですか?」
目を見開いたままわなわなと震えだすアリシアに、恐る恐る声をかける俺。そうしたらアリシアはこちらをバッと振り返った。
なんか、表情が真剣通り越して鬼気迫るものを感じるんですが。ビビる俺に構わず、アリシアがぐわっと口を開いた。
「凄いなんてもんじゃないですよこれ!!温泉限定の鑑定スキルに、温泉知識のスキルに、深部探知までついてるじゃないですか!!
これはもうあれです、マコトさんは温泉を掘らせたら帝国一ってレベルの超、超、超ハイスペックですよ!!!羨ましい!!!」
興奮冷めやらぬ彼女の口から飛び出したのは、俺への純粋な羨望だった。欲望駄々洩れですよアリシアさん。
しかし温泉を掘らせたら帝国一って、なんとも嬉しくないというか、微妙過ぎるというか。ハイスペックなんですかねこれ?
アリシアを落ち着かせて話を改めて聞いたところによると、こんな感じらしい。
鑑定スキル…目にした物体や生物の名前、効果や能力の説明を認識できる。対象が限定される鑑定スキルは情報を得られる対象が限定される反面、重量や含まれる成分など、非常に詳細な情報まで認識することが出来る。
知識スキル…特定の対象において豊富な知識を持つことを証明するもの。取扱い方法や効能、適切な活用法を見出すことが出来る。
深部探知…いわゆるダウジングのスキル。地中や海中に存在する、鉱石や鉱脈、水脈の位置を探知することが出来る。超レア。
技能の話を聞いて俺は頭を抱えた。
レアな技能持ちなのは分かった。まぁハイスペックであることも認めよう。しかしこんな尖った、対象が限定され過ぎている技能を抱えて、俺はこの世界でどうやって生きていけばいいんだ。
アリシアは「温泉を掘らせたら帝国一」と言ってくれたけど、むしろこれ、温泉を掘る以外に技能を活かす道が無いと思うんですが。
あわよくば温泉アドバイザーとして、温泉の知識を提供する職にでも就くか?それもそれでコアな職だが。
ステータスの表示をしまい、がっくりと肩を落とした俺に、アリシアが優しく微笑みかけてきた。
「大丈夫ですよマコトさん、神聖クラリス帝国は国内各所に温泉を抱える、チェルパでも有数の温泉地なのです。
ここヴェノにも、地下から温泉を引いている公衆浴場がありますから、まずはそこに行ってスキルを試してみましょう」
アリシアの言葉に、俺はふっと顔を上げた。温泉があるのか、この街にも。
その言葉にぼんやりと希望が心に点ってきた。これで国内に温泉が無いとか言われたら死にスキルもいいところだが、技能を発揮する対象が豊富にあるのならばありがたい。
ついでに温泉を楽しめるのなら、もっとありがたい。
と、そこで俺は一つの、重要な点に意識を留める。
「あの、アリシアさん……この世界で、お風呂ってどういう形で入るものですか?」
「えっ?……あぁ、そうですよね、来訪者ですもの、お風呂の慣習も一緒なわけないですもんね。
まず、これはこの国だけでなくこの世界全般において言えることなんですが、一般的なお風呂のスタイルってヴァン・ヴァポール……つまり蒸し風呂なんです。
加熱の魔法を記した専用の盥が広く売られていて、お風呂に入る時にそこにお湯を入れて加熱、専用の部屋に蒸気を満たして専用のパンツを穿いて中で汗を流し、あとは頭と身体を清めて出る、という形ですね。
温泉が湧き出す公衆浴場もあって、そこでは男女別に部屋が分かれていて温泉を加熱して蒸気にするやり方です。
一応、これから行くので目にできるとは思いますけれど……これで分かりますか?」
思っていた以上に、アリシアが詳細で分かりやすい説明をしてくれた。おかげでこの世界のお風呂事情が、おおむね理解できた。
理解できたと同時に俺は何度目かの絶望に打ちひしがれる。つまり、日本人の至福である「湯を張った湯船に肩まで浸かる」という入浴方法は、こちらでは一般的ではないのだ。
一般的であるかないか以前にそもそも、そういう入浴方法が存在するかどうかすら怪しい。水資源だってタダじゃないわけだし、湯を張るための湯船を用意するのだって骨だ。
実際地球だって、日本みたいに洗い場と湯船が分かれていて、体を洗った後に流して湯に身を浮かべる、という入浴方法は世界から見て一般的ではなかったわけで(そもそも入浴に対する意識の違いも大きいが)、そんなもんっちゃそんなもんなんだけれど。
途端に落胆した様子の俺を見て、アリシアが怪訝な表情を見せた。そしてどうやらそれを、疲れを感じたと受け取ったらしい。
彼女は最初に出会った時と同じように、俺の手首をその手でぐっと掴んできた。
「お疲れみたいですし、早速行きましょう、公衆浴場!」
「えっちょっ、アリシアさん!?」
俺の腕が、再びぐいっと引っ張られる。
その力の強さに身体がつんのめる様になりながら、俺は足をばたつかせつつ異局を後にした。
目指すはヴェノ市内の公衆浴場、温泉が湧き出る場所だ。





