左近
「赤壱魅那兎……きいたことあるな、どこでだっけな」
近藤さんは頭を抱えて考え込む。きいたことないわけないんだけどな、農民ならまだしも、剣士なら尚更。
「ただの金盗み野郎っすよ」
土方が口を挟む。まぁ、間違ってることはないんだけどさ、他にもあるんだよね。赤壱魅那兎以外に、異名ってやつがな。
「赤壱さんは……!」
左近が声をあげる。
「やめとけ」
俺は左近の口を抑えた。すると左近は俺のことをキッとみつめてきた。
「なぜですか、赤壱さんは……すごい人なのに」
左近は俺のことを言いたいらしいが、俺はあんまり好きじゃねぇんだよな、『あの時の自分』が。
「こいつらに言っちまったら俺は徳川慶喜行きだ」
新選組は、幕府と繋がっているはずだからな。
「この人達は信用できますし……俺はあなたのことを自慢したいです!」
余程左近は俺のことを信頼してくれているみたいだな。それは嬉しいことだ、だけどな……過去を言いたくはないんだよ。
でもまぁ、言っても信じてくれまい。なんせ俺は長年剣を振っていない、剣筋が訛っているからな。笑い事になるだけだ。
「なにを話してんだ?」
新八が俺達のことをチラチラみている。
「特にはなにも」
俺がそう言うと、左近はシュンとしてしまった。
「行くぞ若いの!」
近藤さんは俺と左近の間に入り、肩を組んできた。左近はこういうの苦手だろうな、馴れ馴れしくされるのが一番嫌いらしいし。
「沖田、角に立ってないではやくこい」
土方がそう声をかけると、返事をした。
「なぁ左近、ひとつお前に質問だ」
近藤さんが声をかける。
「なんでしょう」
左近が素っ気なく答える。こいつ、他人には素っ気ないし、愛想悪いからな。
「なぜお前は剣を持ってない?剣士でないのか?」
ほぉ、そう言う質問か。いい所ついてくるな。
「はい、俺は剣士ではありません。弓使いにございます。昔から弓や柔道を習っておりまして、弓術などを得意としとります」
そう。左近の家は弓道場で、左近も昔から弓術を習っていた。柔道は護身用らしい。弓術は剣術と違い数に限りがある。もし弓矢がなくなった時のために、柔道を習っているらしい。
だが、剣術と柔道では圧倒的に剣術が有利だ。だから俺は左近に剣を持たせてみたのだが、予想以上に才能がなかった。剣の入れ方も、すべてがなっていなかった。
「ほう。ではなぜ、赤壱についとる?他の弓使いにつけばいいものを。なぜ赤壱なんか?」
近藤さん、あんたは本当に知りたがりだな。
「それは……俺を救ってくれた人だからですね」
「救ってくれた?」
はい、と左近は言う。近藤さんは知りたがりらしいからな、これ以上きいてくるだろう。だけど、そうされると後が面倒くさい。
「なにを救ってくれたんだ?」
ほらね、きいてきた。
「近藤さん、これ以上は……すみません」
俺がそういった。そう、これ以上は俺のことが関わってくる。つまりは過去の俺がな。だから、ここはまだ黙っておきたい。
「あぁ、すまない」