住民達の帰還
「うっ……」
檻の方に近づいた俺は息を呑んでしまう。これは当然大きな失態だった。だってこれから安心させなければいけない相手に……
住民達はみな一様に裸にされていた。それも、檻に入れられる際よほど手ひどく扱われたのだろう。
比較的怪我の少ないものですら擦り傷やあおあざだらけだった。
彼らの憔悴は痛いほど伝わってくる。接触は慎重に行わなければならない。
俺がいくら「助けにきた」と言ってもそれは俺からの目線での話だ。
彼らの視点で考えろ。訳もわからず拉致され、酷い目に合わされ、そして今また見知らぬ男女が近づいてきている。
言葉よりももっとわかりやすいものを差し出さなければ彼らを怯えさせてしまう。
俺は心の中でマナに問いかける。
「すまない……頼めるか。あと、いきなり魔法を使う事になるから詠唱は小さめで頼む」
『勿論だよ。任せて!』
心の中に問いかけると二つ返事で良い応えが返ってきた。ヘルメスの方を向くと彼女がコクンと頷いて手を差し出す。
手を握ると魂が流れていく感覚。光と闇の精霊が入れ替わり、少女の髪が漆黒から白銀へと変わる。
彼女が村人達の位置から見えないように視線を遮り。静かに待つ。
「光を浴びて命が栄える……愛と喜びの奔流よ、光の精霊マナの名において権限せよ。……ヒールウィンド!」
うっすらとキラキラ輝く光の粒子が俺達を包み……擦りむいた箇所の痛みがひいていく。
ようやくそこで村人達の顔に怯え以外の色が浮かぶ。
渇ききって死にそうな者や飢えて死にそうな者に事情を聞こうとしたところで何も聞き出せはしないように、怯えきった被害者達に落ち着け要求したところで話は通じない。
切り出すならここだ。痛みがひいたこの瞬間なら彼らは耳を傾けるはず。
「いきなり魔法を使ってすいません。ですがもう安心してください。我々はシグリスの街からきた冒険者です。あなた方を助けにきました」
村人達が呆けた顔でこちらを見つめる。もう助けがくる事などとうに諦めていたのだろう。
だがここで焦ってはいけない。決して無理に近づかず、あくまで落ち着いて彼らが言葉を飲みこむのを待つ。
同じ食事の量でも人によって食べる早さが違うように。憔悴しきった彼らと俺達では時間の感覚を共有するのは難しい。
ならば当然譲歩するべきは無事な我々の方だろう。
狙いは的中した。徐々に村人達の表情に喜色が混じってくる。
その後は俺が近づいても村人達はもう怯えなかった。檻を開けて外にでるよう促す。
「さぁ、もう大丈夫です。我々と一緒に村に帰りましょう」
覚悟は決めていた。だから手をとって外に連れ出した少女の髪の一部が無理やり引き抜かれ、血のにじんだ頭部が見えても顔を背ける事はなかった。
だが、次の瞬間。
「ア……アリガ……トウ……」
その眼差しを、その言葉を受けて涙が溢れそうになる。グッと我慢する。彼らの頼りは俺達だけだ。安全な場所に連れて行くまで動揺する訳にはいかない。
「マナ、大丈夫か?」
「ハァ……ハァ……うん、平気!」
靴もはいていない状態で村人達を連れての行軍は困難だった。
石が、草が、木が。剥き出しの肌を容赦なく傷つけていく。
足を傷つけながらの行軍の最中、マナはずっとヒールウィンドを連発しながら村人達を励ましていた。
しかも出発する前に重傷者に対して上級の単体回復魔法を連発してからの出発だ。
もうとっくに魔力は尽きているのだろう、脂汗を流しながら胸を抑えて肩で息をしている。
「お、おねぇちゃん。大丈夫……?」
「私は大丈夫だよ! だからみんなも頑張ろ。マスターが来てくれたからもう大丈夫だよ!」
子供たちが心配そうに声をかけるが、彼女はニコリと笑って笑顔を崩さない。
強い子だ……魔力が尽きているとは思えないほど、無理をしている様子など感じさせないいつもと変わらない笑顔で子供たちを励ましていた。