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不変の存在

ズリ……ズリ……


 俺は引きずられていた。

 道にはくだらない猿どもの飾りつけ。

 地面に突き刺さった棒の先には手。足。そして内蔵……


ズリ……ズリ……


 やつらは恐がらせようとしている。

 まず手始めに少数で村を離れていた人たちを1人ずつ攫っていったのだろう。

 やがて俺の時のように村の男達を罠に誘い込んで始末していったのだ。

 そして頃合いを見計らって女子供達を一斉に襲った……

 その時、彼女たちもこの道を通ってしまったんだろうな……


ズリ……ズリ……


 木から吊るされている村の住民たちは皮を剥がれていた。

 苦痛に満ちた表情に胸が痛くなる。

 だが俺は目を背けてはならない。

 彼らの苦痛は現実にあったことなのだ。

 それをなかった事にしないために、俺は彼らの無念を背負っていかなければならない。


ズリ……ズリ……ズリ……


 俺たちは開けた広場のような場所に辿り着いた。そこで繰り広げられるのは猿達の宴。


 焚火の上では両手と両足を縛られた男が料理のように焼かれている。


 大きな窯の中では女性が煮られていて、外に出ようともがくが棒で突かれて中に押し戻される。


 奥の方には木製の簡単な檻の中に住民たち。檻は強固なものには見えなかったが、抵抗する意思は奪われてしまっているに違いない。


 阿鼻叫喚の地獄の中で、ひと際異様な存在感を放つ異形の存在。

 一回りも二回りも大きな体に、他の猿達と違う黒い体毛。そして背中に蠢く触手のようなもの。


「オモシロイ ニンゲン  ニンゲン オモシロイ」


 その濁り切った視線に意志があるとは思いたくなかったが、そいつは人間の言葉のようなものを喋っていた。

 間違いない。やつが元凶の動物使い……罠や道具を作り、特殊な能力を使って猿に知能を与えたモンスターだ。



 俺は広場の真ん中に突き出された。すぐにわらわらと猿達が寄ってくる。

 玩具は新しい方が良く、すでに壊れたものより壊れる瞬間が楽しいんだろう。

 俺を囲んだ猿達は口々にペチャクチャとなにか鳴きながら実に楽しそうに囃し立てている。



「そんなにたのしいか?」


 俺が強い口調で尋ねると猿達が一瞬、ピタリと止まる。その時はすぐに喧騒を取り戻し、猿達の笑い声が響く。


「お前らに俺の言葉が通じるかどうかはわからない。でもおかしいと思ってるんだろ? 俺がまったくお前らを恐がってはいないと言う事を」


 今度はもう少し長い間猿達の喧騒が鎮まる。ビチャリ、と内蔵が俺の顔に投げつけられ再び笑い声が起きようとするが、俺は構わず声を続ける


「人は未知のモノに恐怖する。だがそんな恐怖はタネが割れてしまえばいずれ消えてしまう仮初のものだ……」


 そうだ。もはややつらの笑い声は俺の耳には入らない。だから俺は表情一つ変えずに続けることが出来た。


「わかるよ。色々とネタをこしらえて、取り囲んで、俺が怯える様を見て楽しみたいんだろ?」


 なにか様子がおかしい事に気づいたのだろう。他の場所で拷問にあたっていた猿や檻の見張りについていた猿達まで俺のまわりによってくる。


「でも俺は見てしまった。おまえらに会うより前にもっと恐ろしいモノを。今の俺にお前たちの必死な工作は……自分達の弱さを隠すための哀れな小細工にしか見えない」


 吐き捨てるように言う。睨みつける眼光にだんだんとやつらは怒りだした。

 飛び跳ね、次々に肉片を投げつけ、口汚くなにか罵っている。


 俺を突き殺すのは簡単だろう。だが、それをした者は「生意気な獲物に悲鳴をあげさせる前に壊してしまった」と言う目で他の猿達から見られる。

 だれもが、自分以外の誰かが行動を起こせばいいと思っていたに違いない。


「あるんだよ。俺やお前たちのような弱者がどれだけ集まろうと、どんなに準備しようと永遠に手が届かない真の恐怖ってやつが……

 それはいつだってずっと離れずに隣にいる。俺たちはただその事を考えないようにして目を背けているに過ぎない」


 猿達の俺に対するイラだちが頂点に達する。口から泡を飛ばし耳が痛くなるような罵声。罵声。罵声。

 動物使いらしきモンスターがこちらにやってきて右手をあげた。俺を頭がイカれてるのかなにかと思って見切りをつけたのだろう。

 だがその右手がおろされる事はなかった。


「誰も目を逸らす事など出来ない……死そのものに頬を撫でられてしまったのなら……!」


 俺の脳裏に惨殺された村人達の苦悶が浮かぶ。名前も知らないし会った事もないがきっと伝わっている。

 なら俺のこの無念もきっと伝わるはずだ。だって俺たちは魂で繋がっているのだから。俺は万感の思いを乗せて叫んだ。


「ヘルメェェェェェェェェェェェェェェェェス!!!!!!!」






ドクン……ドクン……


 彼女はずっとそこにいた。孤独の権能で存在感の一切を消して誰にも気づかれる事なくそこにいた。

 あるいは突然影から現れたように見えただろう。

 強力に強力に隠蔽された圧倒的な存在感が闇の中から姿を現す。







 呪われた声は怒りに満ちていた。

 猿達は一歩も動けなかった。動けるはずがなかった。

 ソレがなんなのかわからなかったからではない。

 ソレがどういう存在なのかわかり過ぎたからだ。


ズシャリ


 彼女が一歩近づく。喉にまとわりつくような濃い闇の気配に息が出来なくなる。

 味方だとわかっているのに震えがとまらない。だが本当にヤバいのはこの次だ!


「オオォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 魔力を帯びた絶望のウォークライが全てを引き裂く!

 猿達がビキビキと頬を引きつらせながら痙攣し、あるものは喉をかきむしり、あるものは震える手をさし伸ばし、目から血を流し、耳から血を流し、みなおぞましい悲鳴をあげながら倒れていく。

 それはあらゆる生の存在を否定する暗黒の吹雪。

 真冬に川へ飛び込んだみたいに心臓に負担がかかる。この距離では俺も到底生き残れない。


「マナァァァァァァ!!」


 俺は心の中に宿るもう1人の存在に叫んだ。

 俺の体には魔力はないが、愛と喜びの権能を全開にしてマナが俺の魂に明りを灯す。


『マスタァー! 私がっ! ついてるから!!』


 吹雪の中で抱き合うように魂の浸食に耐える俺達。心の中に彼女の存在を感じ、かすかな暖かみが生まれる。


 ………………やがて咆哮がおさまり。周囲の猿達はすべて息絶えていた。

 時間にすればほんのわずかな時間。だがその間やつらは中途半端に知能をもってしまった事を後悔したに違いない。




「ヒッ、ヒィッ!?」


 魔猿は即死こそしなかったものの、腰を抜かして逃げ出す事すら出来ないでいた。

 ヘルメスがゆらり、ゆらりとゆっくり近づくと、魔猿は両手をあげて命乞いをした。


「コウサン コウサン ナカマ ナル コロス ヨクナイ」


 だがヘルメスは一瞥も介さずに魔猿の顔を掴んで言い放った。


「降参? 猿ごときが勘違いも甚だしい…… マスターを傷つけたその罪、万死に値します」


 ヘルメスの真っ赤な瞳が夜の闇の中で光り、怒りの魔力に煽られた髪がゆらゆらとゆらめいている。

 魔猿の頬に指がめりこみ、ヘルメスが詠唱を開始した。


「ウムゥゥゥゥゥ!?」


 魔猿の顔が闇に包まれ、ヤツにとっての地獄が始まった……







「ご無事ですかマスター」


 ヘルメスが俺の方に駆け寄ってきて網を切り払う。

 狂った魔猿は首から上を自分で背骨ごと引き抜いてしまい、なおもビクビクともがき苦しんでいた。

 俺達から見るとすぐに死ぬのだろうが、ヤツは加速された知覚領域の中で永遠に等しい闇を味わうらしい。


「あぁ。俺が引きずられている間、よく我慢してくれた」



 一斉に森の中へと四方八方に逃走されては流石のヘルメスも殺しきれない。

 このクソッタレどもを絶対に皆殺しにするために、やつらに近づくまでずっと待ってもらっていた。

 だが、彼女の性格を考えれば俺が危険にさらされている間ずっと待機させられていたのはどれほど辛かった事だろう。


「私はご命令に従うのみです。それよりもお怪我は……」  


 多少引きずられた事で痛みはあるが、傷は大したことなかった。

 それよりも今はやらないといけない事がある。俺は木製の檻の方を向いて言った。


「いこう。村人達を助けないと」

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