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寂しい歓迎

「し、しぬぅ……もうダメだ……」


 歩き始めて半日……依頼のあった村は……遠かった。



「馬車で2日の道のりを歩いていこうってんだから当然だよぉ」


 死にそうになっている俺に反してマナはまだまだ元気そうだった。情けない。


「ほら、ちょっと休憩しよ。膝枕してあげる」


 ちょっと気恥ずかしかったけど、疲れた体が魔法のように吸い込まれる。

 だってその辺のデカい石を枕にするのに比べたら天国のような心地だ。これに抵抗するのは容易な事ではない……


「あぁ~。良い風だな~」


 柔らかな感触に心を和ませていると、馬に荷台を引かせた行商らしき男が声をかけてきた。



「あれ? ゲオルグさんにマナちゃんじゃないです?」


「お? おー! ケイルさん、奇遇ですね」


 彼はケイルさん。顔なじみの行商人だ。


「ケイルさんもこれからアケレイ村に?」


「はい。いつもの行商ですね。ゲオルグさんこそどうしてアケレイ村に?」


「いや、それがこの歳になって恥ずかしいんですが……」


 いい歳して魔法使いに弟子入りし。そして今また良い歳して鉄級冒険者か……

 俺はケイルさんに鉄級冒険者のプレートを見せた。マナの方はなんだか自慢げに胸をはって見せつけている。


「なんと! 冒険者ですか! そういやマナちゃん魔法使えましたもんねー。そいつはいいや。どうです? 乗っていきませんか? お代は要りませんよ」


「え、いいんですか?」


 馬車台をケチって徒歩で行く予定だったので渡りに船である。が、流石に銅貨1枚も払わないのはいかがなものか。


「いいんですいいんです。気にしないでください。なに、護衛を雇う金なんてないのでこっちからお願いしたいくらいです。まぁこの辺は安全ですけどね」


 こうして俺達は荷台に乗せてもらえることになったのだった。



~そして翌日~


「そろそろ着きますよ」


 御者台から声がかけられる。


「いやー、ほんっと助かりました。これ、歩いてきたらどうなってたかな……」


 本当に助かった。下手したら途中で引き返したまである。


「アケレイ村はいつも通るんですか?」


「えぇ。実は故あって駆け出しの頃にここの人達にとてもお世話になりましてね~。みんな凄く良い人達ですよ。

 途中に麦畑が見えたでしょ? あれを近隣に住む一家が地酒にするんですけど、そのエールがほんっとうにうまくてですねぇ」


「おー! そいつぁ楽しみだ! タダで乗せてもらって悪いしせめて一杯おごらせてくださいよ。アッハッハ」


「ちょっとだけ値がはるんですけど凄いさわやかな口当たりで飲みやすくて良いお酒ですよ。ぜひご一緒しましょう」



 まだ見ぬ村人達に心をワクワクさせていると、マナが目を覚ました。



「ん~! ヒジが痛いですぅ~」


 昨日のお礼に膝枕をしてやっていたのだが、体を横にする際に骨のところを荷台に押し付けてしまっていたのだろう。

 定期的にちょっとずつ体を動かしてやればよかったんだが、あんまり寝てるところに体をまさぐるのもな……


 と、そんなこんなで村に着いたのだが……





「あれ?」


「どうしました?」


 簡単な柵のこれまた簡単な木製の門の辺りでケイルさんが声をあげる。


「おかしいですね。いつもは誰かしら見張りの人が座ってるんですが……」


「どこいったんでしょうね?」


 門は開いていたのでそのまま進むが、誰もいない。見事なまでになんの出迎えもなかった。




 まぁ村の一大事って訳でもあるまいし、猿の駆除なんて依頼をだした本人と他数人しか知らないんだろう。


「まぁ、わかっちゃいたけど鉄級なんてこんなもんだよな……」



 まぁ、なんのかんのと言っても冒険者として受ける初めてのクエストには違いない訳で、なにがしかの歓迎でも受けるんじゃないかと少しワクワクしていたのは否定できない。

 でも仕方ないよな。遊びに来てる訳じゃないんだから。と、思っていたら道の真ん中で馬車が止まった。


「ケイルさん?」


「しっ。静かに。」


 訝しがる俺に、ケイルさんが音を立てないように注意してきた。そして馬車から慎重に降りて足音をたてないように民家に近づく。


「ヘンリーさん? ヘンリーさん?」


 トントントン ドアを叩くが返事はない。留守だろうか。

 彼は険しい顔をして隣の家に向かった。


「タッドさん? タッドさん?」


 さらにドアを叩くがこちらも留守らしい。と、思ったらケイルさんは急にこっちを見て叫んだ。


「ゲオルグさん。こちらへ来てください!」


 手招きされて馬車から降りると彼が別の家を指さした。


「あれを。窓が割られている。」


 指し示された先の家の窓が破られていた。そして、よく見ると壁にも斬り付けられたような傷がある。


「離れないでくださいね……誰か! 誰かいませんか!!」


 大きな声を出しながら歩くが返事がない。少し進むと扉の開いた家があった。ケイルさんが扉の前に行って中を覗き込むと……

 彼は驚愕に目を見開いてそのまま固まった。


「ケイルさん? どうしま……うぉおっ!?」


 それが人間の死体だと判別するよりも早く。剥き出しになった骨や肉片や大量の血に驚く。家の中には獣に食い荒らされたような跡のある壁にもたれかかった死体があった。 


「そんな……オーレンさん……」


 ケイルさんが絶望に肩を落とす。助かるとか助からないとかじゃない。どう見ても死んでいる。


「なん……ってこった」


 着いてそうそう、最悪な気分にされて俺は天を仰いだ。





「妙ですね……」


 しばらく探索してまわったが、生きている住民は誰も見つけられなかった。と、言っても死体の数は数えるほどで、ほとんどの住民は影も形もない。

 そして不審な点がいくつか……


「まず、死体に人口的につけられた刺し傷や切り傷と、獣に食い荒らされたような傷が同時に存在する事。そして……」


「えぇ。金目の物がそのまま手付かずなのに住民だけが消えている。盗賊がビーストテイマーでも雇ったのかと思いましたが、それにしては物取りの形跡だけが極端に少ない」


 獣に住民が殺されて山狩りにでもいってんだったらこんな屋内に遺体が放置されてるのはおかしいし、人工的な傷が妙だ。遺体の服には武器についた血を拭ったかのような跡もあった。

 明らかに人間が関わっている。そして遺体の痕跡と足跡から猿が関わってるのも間違いない。両者に関係があるのかはわからないが。

 一番不可解なのが何も盗まれてないことだ。引き出しや戸棚はほぼ手付かず。寝室の引き出しに現金が残されている家もあった。悪意のある人間ならいくらでもいるが、金が欲しくない人間となると……


「うーん。もしや住民同士が……そのあとに獣が……いや、それでもなぁ……」


「ケイルさん。ちょっとこの案件おかしいと思いませんか? 一度街に戻ってギルドに報告してもらえませんでしょうか? 専門の調査チームを呼んだ方がいいかもしれない」


「わかりました。帰路の護衛もゲオルグさんがして頂けるんですよね?」


「いや、申し訳ないが我々はここに残ろうと思います」


「この村にとどまるんですか!? ……よした方がいい。私はまだこの道に入って2年半ですが、こんな話、聞いた事もない」


「えぇ、私もですよ。……嫌な予感がするんです。喫緊のなにかが起きているかもしれない」


 俺達は渋い顔をして見つめあった。この村に何かが起きているのは間違いない。

 もし俺達に何かがあってもケイルさんは人を連れてきてくれるだろう。彼に何も起こらなければ、だが。

 そして、街との往復には4日かかる。村人達が消えて何時間立つのかわからないが、俺達が一緒に戻れば村人達が生存している間に戻ってくる事はかなり絶望的になる。



「……わかりました。気を付けてくださいね。それと……荷台と物資は置いていきます。もし村の人たちが緊急に必要とするなら使ってください」


「ケイルさん!?」


 これは商人としてはあまりにもあり得ない。その辺の通行人を捕まえて「俺の金庫を見といてくれ」と言って鍵を渡すようなものだ。


「代金はあとで構いません。ゲオルグさんを信用しますし……それより急いで街に戻らないと」


「正気ですか!? いくらなんでも」「ゲオルグさん」


 真剣な眼差しを向けられ、俺は次の言葉を飲んでしまう。


「……この村の人達を頼みます」


 そう言って彼は馬に乗って去っていってしまった……





「ヘルメス」


 声のトーンを落として声をかける。もう浮ついた気分は完全に消え失せていた。彼女達も同様だ。


『はい』


「もう村の中で調べられるものはないだろう。畑の方の探索はすぐに終わる。明日夜が明けたら森に入るぞ。何かあるとすれば……あそこだ」


『承知いたしました』


「それと……」


ヘルメスと今晩からの事について簡単に打ち合わせしておく。



「マナもごめんな。なんだか妙なことになっちまって……」


「うーん。私はいいよ。ただね……」


「どうした?」


「今日だけ……一緒に寝てもいい?」


「……いいよ。ほら、おいで」


 胸元にギュッとしがみついてくる彼女の髪をそっと撫でつける。

 緊張が伝わってしまっては彼女を不安にさせてしまう。手が震えそうになるのを必死に押さえつけるのが大変だった……

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