初めてのクエスト
「ええーーーー!? またお仕事なのーー!?」
街に出稼ぎに行く旨を伝えると、マナが駄々をこねだした。
「しょ、しょうがないだろ。もう家には売る物なんて残ってないんだから……」
「また冒険者ギルドで解体のお手伝い?」
「うむ」
「次いつ帰ってくるの?」
「一週間後」
「えぇーーー!! やだやだやだーーー!!」
もうすっかり見た目相応の精神年齢に育ってきたと思っていたのに、マナは床に寝転がって手足をバタバタさせている。
眉間を抑えてため息をつくと、マナがジト目で睨んできた。
「ねぇ、いつまでこんな生活するの? お姉ちゃんはもう結構凄い魔法使えるんだから。もっとこう有名な騎士とか冒険者とかになってさぁ! 街歩いてたら「キャー!」なんて言われる生活したいじゃない? じゃない?」
「そんな危ない事させられる訳ないだろ……いいか、お前が思ってるようないいものじゃないんだぞ。剣で斬り付けたら血がドバーってかかってくっさいし、森の中歩いてたら毛虫が背中に落ちてきたり……」
「いいじゃんそんなの。ねぇ、もっと色んな国旅したりとかさぁ。ねぇ、マスター。いきたいいきたいいーきーたーいー!!」
再び手足をバタバタさせるマナになんて言おうか悩んでると、師匠と初代様の言葉が脳裏に浮かぶ。
『この子達に外の世界を……』
まだ師匠が生きていた頃。街に物品の売買にいったついでに、冒険者の片棒を担ぐような仕事を受けた事もあった。
あんな野蛮な仕事に娘達を関わらせたくはない……とは思う。しかし。危険と隣り合わせであると同時に、世界を広く見てまわるにはうってつけの職業なのだ。
彼女達は今、俺の体と自分の体を自由に行き来できる。けれども同時に自分の体に戻る事が出来ない。
それはつまり、俺が死んだあとどうなってしまうのか……と言う疑問を残してしまう。
今はまだいい。理由なんかなくたってどっちみち一緒にいる。だが、いつか1人1人それぞれの幸せを考えなくてはいけなくなった時……俺達は今のままではいられない。
俺は娘達の事を知らなさすぎる。家にあった本はあらかた読みつくした。でも答えはなかった。ならば探し求めるしかないのだろう。外の世界に……
「マスター?」
難しい顔をして考えこんでいると、マナが近くによってきて下から覗き込んでくる。
「外の世界か……」
だが俺一人の力で出来る事などタカがしれている。魔物との戦いを主体に置く仕事に就くと言う事は、必然的にヘルメスとマナの力に頼ると言う事になる。
それが心配だった。ヘルメスとマナに魔法の才能があるのは間違いない。だが、大きすぎる力がかえって危険を呼び込んでしまう事もある。
「ヘルメスもそれでいいか?」
『わ、私も行きたいですっ』
「あれ、そうなのか?」
この子はマナと違って、どちらかと言うと引きこもりがちな性格だったので少し意外だ。
『冒険者って儲かるんですよね? 私、色んなお洋服買ってマスターに見てもらいたくて……』
「…………そ、そうか……」
グサリ、と、悪気のない言葉が突き刺さる。本当に申し訳ないな。稼ぎの少ない父親代わりで……
ヘルメスとマナに戦わせて、自分がただの足手まといになるであろう事に抵抗がない訳じゃない。
それでも稼ぎの事を言われると立つ瀬がないな。なにせ彼女達の力がうまく活かされれば、今の自分の稼ぎなど及びもつかない報酬が手に入るのだ。
俺は観念して口を開いた。
「よし、じゃあいってみるか。冒険者ギルド!」
こうして俺達は荷物をまとめ、一番近くの大きな街、シグリスに向かった。
街に連れてきたのはこれが初めてと言う訳ではない。いつも通り門をくぐり、よく仕事で来ていた冒険者ギルドに入る。
カウンターで軽く事情を話してから登録料を払い、俺とマナの登録を済ませる。ヘルメスの事をあんまり明るみに出すと面倒な事になりそうなので伏せておいた。
名前が刻まれた、ランクを示すプレートを受け取ってさっそく掲示板の方に行く。
「お、あったあった。これだな」
「周辺の畑が山から降りてきた猿に荒らさせて困っています。威嚇しておっぱらってください。期間 4日 報酬 銀貨10枚」
「え、なんか地味じゃない?」
「ま、今回は行って帰ってくるのが目的だ。いいか、遊びじゃないんだから安全第一で真面目にやるんだぞ」
一番初めに登録したての冒険者は鉄級となる。今回俺達が受けようとしている依頼も鉄級のものだ。
冒険者の仕事と言っても色々あるが、その中でも一番メインになるのが魔物の退治だろう。
だが、魔物退治は一番最初の駆け出しである鉄級冒険者には依頼がまわってこず、銅級からとなる。
さらに言うと銅級へあがる試験が魔物を退治して遺体の一部を持ってくる事であり、これは銅級以上の他のパーティーと同行して遂行する事が認められている。
ゆえにほとんどの駆け出し冒険者にとって最初の目標となるのが、魔物との戦闘だけに限らず様々なサバイバル技術を教えるとともに討伐に同行させてくれる師匠的存在を見つける事だ。
ちなみに鉄級冒険者同士で初めて魔物の討伐に向かった際の生存率は4割を切る。しかも死因の6割が遭難したり食中毒にやられたり魔物と関係ないところでだ。
鉄級の依頼のほとんどは普通の一般人でも危険のないもので、単に師匠の見つからなかった駆け出しの冒険者がやる気をアピールするために受ける程度のものだ。だがまぁ初めてのクエストの練習としては悪くもない。
俺達はタカをくくっていた。危険な魔物と対峙する訳じゃないから楽勝だろうと。そしてすぐにその考えは間違いだったと思い知らされる……