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光と闇と

 体を揺さぶられて目が覚める。

 ベッドの脇には漆黒の髪の少女が立っていた。

 ぷにぷにのほっぺに、唇を尖らせて抗議の意を示しているのが愛らしい。


「マスター! いつまで寝てるんですか。早く起きてください」


「あ、あぁ、すまないな、ヘルメス……」


 あれから半年、件の女の子はすっかり人間らしく。そして女の子らしくなっていた。

 ヘルメスと名付けた彼女はとてもよく言う事を聞き、最近ではやたらとお世話を焼きたがるようになっていた。そしてもう一人……


「ふぁ~~うぅ~~ お~はよ~♪」


 頭の中に女の子の声が響く。光と闇に飲み込まれ、分離した少女の魂の片割れ。元の少女の名前は知らない。

 初代様は高名な魔法使いだったらしいので、調べればどこかの文献にあるのかもしれない。でも、もはやここにいる彼女は別の存在なのだ。

 俺は魂の中に住んでいる泣き虫な女の子に、マナと言う名前をつけた。


 マナはとても泣き虫で、最初の頃は意志の疎通が困難だった。だがヘルメスはそんなマナをあやすのが得意だった。

 自らお姉ちゃんを名乗り、献身的にマナの話し相手を務めてあげるヘルメス。

 マナは直接物を見たり触ったりする事は出来なかったが、ヘルメスが手を触れている間は指輪を通して意志の疎通を図る事が出来た。


 おかげでマナの泣き癖はほどなく治った。最近は逆に少し甘えん坊になって、構ってやらないとすぐわめくようにはなった。

 そして昨日もせがまれて夜遅くまで本を読んであげていたのだ……



「さぁ、じゃあ今日も練習してみようか」


 ヘルメスがコクリと頷いて詠唱を始める。


「無より生まれて永遠に在る。恐怖と孤独の奔流よ。我が魔力を映し顕現せよ。ダーク・ミスト」


 彼女の体から黒い霧が発生し、視界を遮る。最も簡単な煙幕の魔法。だが最近はそれだけでなく、霧に様々な効果を載せる事も出来るようになっていた。

 俺が形だけは知っていて、実際には使えなかった魔法をいとも簡単に操るヘルメス。

 間違いなくこの子には魔法の才能があると言うのが見て取れる。……人間ではあり得ないほどの才能が。



「よく出来ました。じゃあ今度は……」


 次の練習に移る。ヘルメスがちょっと苦手なやつだ。

 草の生えているところで手をかざす。そのまま10分ほど待つ。


「うーん。やっぱりダメみたいですね……」


 ヘルメスが顔をあげてちょっと困った顔をする。彼女が手をかざした場所はカラカラの黄色に染まり、すっかり枯れ果てていた。

 ヘルメスは手に触れたもの全ての命を枯らし、物を腐らし、自身の瘴気を完全には制御できないでいた。


「大丈夫。そのうち出来るようになるさ。焦らないでじっくりやっていこう」


 頭を撫でてやると頬を赤らませて照れて顔を伏せる。初めて会った時は忠実ながらもどこかとげとげしい様子があったのに、すっかり女の子らしくなっていた。



 そんなある日の事である。




「マスター! 大変。鳥さんが!」


 散歩に出ていたヘルメスが両手でお椀を作り、鳥のひなを乗せて走ってきた。



「ダメだ! 直接手で触っちゃぁ!!」


 ヘルメスはハッとして顔を青褪める。


「ご、ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃぁ……」


「と、とにかくこっちに貸して」


 ……とっさの事で気がきかず、酷い言い方をしてしまった事に気付く。ヘルメスは泣きそうな顔になっていた。


 雛は呼吸が弱くなっていた。怪我もしているようだし、巣から落ちたのだろう。そしてヘルメスに生命力を吸い取られた事が致命傷になった。

 恐らく助かるまい。くそ、俺に回復魔法が使えれば……そう思って顔をしかめた時だった。


『私に任せて』


 頭の中にマナの声が響く。


「え?」


『お姉ちゃんの手を握って』


 状況はわからなかったが言われた通りにした。断る理由が咄嗟に思いつかなかったからだ。

 ヘルメスの手を握ると指輪が光り、初めてマナが俺の中に入ってきたときのあの感覚が蘇った。



「こ、これは……!?」


 漆黒だった少女の髪が輝く銀色に変わる。少しツリ目気味の鋭い目つきはふにゃっとした丸みを帯びたものになり、キュッと結んだ唇も猫みたいな塩梅になった。


『マスター!?』


 頭の中からヘルメスの声が聞こえる。


「ヘルメス!? お前なのか!? じゃあ、目の前にいるのは……」


 恐らく別人に入れ替わったと言われてもそのまま信じてしまうだろう。

 銀髪の少女と成ったマナがニヘラと笑った。そしてマナが詠唱をはじめる。


「光を浴びて命が栄える。愛と喜びの奔流よ。我が祈りに応え顕現せよ。ヒールライト!」


 マナの右手にぱぁっと淡いエメラルドグリーンの光が宿り、瀕死だった鳥の雛に吸い込まれていく。

 みるみるうちに雛の怪我は治り、呼吸が落ち着いていった。



「はは、は……」


 突然の事に理解が追い付かず乾いた笑いを漏らしてしまう。


 彼女達はその後、何度でも自由に入れ替わる事が出来た。

 少しずつ彼女達に対する理解を深めていき、そして2年が過ぎた……

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