運命のサイコロ1
向こうの事情は大体わかった。多分うそは言っていない。
……まいったなぁ。正直ただのケチなじいさんで金をせびられた方がまだマシだった。
今の人員では村を運営していけない。誰かに来てもらう必要がある。
その際にその人物が信用できるかと言う点が重要だ。
例えば質の低い冒険者や傭兵を雇っても、村を留守にしている間に襲撃して国外に逃亡されたらどうしようもない。
奴隷も同じだ……信用のおける質の高い奴隷は高く、安い奴隷は信用の出来ないものが多い。
その点、税金で公務員を出してくれれば一番良いと思っていた。彼らは出向期限を終えれば元の街の位置に戻れるという確約がある。
つまり、村を襲撃しようとすれば今手にしている職を失うと言う事と天秤にかけざるを得ない。彼らには失うものがあるのだ。
…………お互いに持参した手札は見せている。と、言っていいだろう。
向こうが剣を持っていて、こちらが銀貨30枚持っているとしよう。
向こうが銀貨30で売ると言えば交渉は成立する。だが、35枚と言われた時にどう取引を成立させる?
いくらポケットを探っても追加の銀貨なんて出て来やしない。
お互いの手札同士で交換が成立しないのなら……あとはもう肚の中を吐き出しあうしかない。
向こうの肚は探らなくても検討はつく。こっちが欲しいものは探るでもなく向こうの手札の中にあり、彼らが強大な存在である事は一目瞭然だ。
吐き出さなければならないのはこちらの方だ。我々の有用性。そして恐ろしさを……
だが危険だぞ。今ならまだ引き返せる。落ち着け、状況を整理しよう。
わかりました、すいませんでしたと言ってこの場を後にし、冒険者稼業で金を稼ぎながら奴隷を雇い入れる事は出来る。
もしくはイチかバチか住民を募ると言う手もある。
ただ……さきほどの話を聞く限り、今それをやると間違いなく噂がたって銀狼団に狙われる。
ヘルメスがいればいずれ冒険者稼業でまとまった金を手に入れる事は出来るだろう。
だが今この状態であの人数の子供たちや老人達に、街での生活を用意したうえで1人1人就職や自立の面倒まで見きれるだろうか……
無理だ。街に入ると言う事は絶対にあの子たちはバラバラになる。
子供たちの支えになっているのは俺ではない。残念ながらいまはまだ、な。
唯一「同じ境遇の仲間がいる」と言う事実だけがかろうじて彼らを腐らせずにおいてくれている。
彼らの心の傷が癒えるまえにバラバラに放りだしてしまえば、「あの事件のせいで俺の人生はこうなったんだ……」と一生なにかのせいにして生きていくクセがついてしまう。
俺は信じろと言った。大丈夫と言ったんだ。許されない。そんな結末は。
やろう。我々がただの村民ではないと言う事を知らしめねばならない。
サイコロを一つ振る。1か2が出れば我々はナメられて交渉はご破算。
だが、もし逆に6の目以上が振り切れてしまえば……我々は威嚇、攻撃の意志があると見られて決定的に敵対してしまう。
…………ヘルメスはうまく空気を読んでくれるだろうか…………
背中を冷たい汗が流れ落ち、緊張が走る。
彼女はうまい具合にほどほどに恐怖の雰囲気を演出してくれるのだろうか。
そして俺は……運命のサイコロを握りしめた。