不機嫌の理由
「……ふ~~……」
ソファーに身を投げ出すように座って息をつく。どっと疲れた。
なぜこんな事になってしまったんだろう。
騒ぎの元凶となったお嬢さんと言えば、いつもとかわらない無表情で……
……あれ? いつもと……かわら……
「……ヘルメス?」
「なんでしょう?」
「……………………怒ってる?」
「なにがですか?」
一見、いつもと同じ無表情……なんだけどなんか違う。
「怒ってるよね?」
「怒ってないです」
「…………………」
「…………………」
「おこって」「怒ってない!」
いや、怒ってる! 流石にわかった。絶対怒ってる! だって心臓飛び出そうになったもん。今。
怒ってないと絶対この気迫は出せない。だが、恐ろしいのはなぜ彼女が怒っているのかさっぱりわからない事だ。
「マナ! マナ!」
「うにゃ!?」
助けてマナエもん。ヘルメスがなんで怒ってるのかさっぱりわからないんだ。
そう念じると奴は心の中でなんかニヤニヤしはじめた。
「ん~。それを私の口から言うのはちょっとな~♪」
なんだよ……味方はいないのかよ……俺は敵地の真っただ中で孤立無援と化していた。
絶望に打ちひしがれる俺に彼女がボソリ、と呟いた。
「…………ノーカン……」
よく聞き取れなかった。
「はい?」
聞き返すと、彼女はとても言いにくそうに俯いてボソボソ喋りだした。
「ノーカン……ですから……だって、あんなの、全然、合意じゃないし……」
「なにが?」
意味わからん。すると彼女は両手を組んで人差し指をつんつん合わせながら真っ赤になって答えた。
「あ、あの……マスターの……ファーストキス……」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
なんっじゃそりゃぁ?
「順番は」
ヘルメスが緊張した面持ちで、首に手をまわしてくる。思いつめたような表情と震える手に、こちらも緊張してしまう。
「順番は今回だけは目をつむってあげます。これで……許してあげましょう……」
目を瞑って唇をつきだしてくる……
ぐっ! このバカ!
絶対なんか変な本に影響されてやがる!!
まぁ小さい時はほっぺにチューしたり、そういう愛情表現って別に変な事じゃないとは思う。
思うけども、問題は俺が男で、こいつの見た目が10代だってことだ!
顔が近づいて、甘い果実の香りをふわっとさせたような空気に頭がクラクラする。
白い肌がほんのりと赤く染まり、汗がしっとりして湿った息遣い。心臓がトクトク鳴ってるのが伝わってきてドキドキする。
これはやばい。これやばいやつだぞ。チュッで済まないやつだ。
後戻り出来ないやつぞ。いいのか? いくのか?
うぉぉぉぉぉぉぉぉ! いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!
俺が覚悟を決めると
バァン!
「お待たせいたしました! 領主様がすぐにお会いになるそうです!」
勢いよく扉が開かれ、2時間ほどで戻ると言っていた執事のじいさんが汗をかきながら速攻で帰ってきていたのだった。