不安に立ち向かうモノたち
翌日、広場には救援にきた冒険者達も含め村の全員が集まっていた。
俺は即席の簡素な台の上に立っていて、みんなの視線を浴びている。
食欲がないのに無理やり詰め込んだ朝飯を全部戻してしまいそうだ。だがもう後戻りなどない。
重たい沈黙……1人1人の視線を受け止める。
その目には不安が宿っている。だが戦わねばならない。
俺も……彼ら自身も
そして俺はゆっくりと口を開いた。
「アケレイ村のみんな……君たちは、奪われた。
家族を。友を。恋人を。あるものは体の一部を。光を奪われたものもいる」
きっとこの言葉は残酷に突き刺さっている事だろう。だが痛みに目を向けさせる事を恐れてはならない。
「犠牲者達に罪があっただろうか? いや、きっとない。ではなぜ被害にあったのか。そこに理由などありはせず、たまたまこの村が被害にあい……他の村は被害にあわなかった」
みんな神妙な面持ちになる。泣き出しそうな子もいる。それでも耳を傾けてくれている。
「この世界は理不尽だ。なにも悪い事などしていなくてもある日突然全てを奪われる事がある。その不安は暗い影となって君たちにずっと付きまとうだろう。再びなにかを積み上げようとも理不尽がまた、何もかも奪い去ってしまうのではないかと脅かすだろう」
その暗闇は人の歩みを止める。そして腐らせる。なにもかもを。
だから今、彼らに示さなくちゃならない希望がある。
「それらは残酷な事実だ。だがここにもう一つの確かな事実がある。……俺達が出会った事だ」
言おう、他人の人生に深く踏み込んでしまう事になったとしても。
それは俺にとって長い間大きな溝だった。それでも今立ち向かおう。
人に勇気を伝えるためにはまず自身の勇気が必要だからだ。
「信じろ。もう2度とあんな理不尽に何かを奪われる事はない。大丈夫だ。俺がここにいて……君たちをずっと見ているからだ」
台から降りて近づき、1人1人と視線をかわしていく。そして伝える。俺が彼らに何を求めているのかを。
「辛くても思い出してほしい。君たちが何者で、何を誇りとしてきたのかを。ただ生き延びるだけじゃダメだ。1人1人が役目を全うし、日々の暮らしをより良くしていくために目標に向かって一緒に歩いていこう。ここにいる全てのものでだ」
みんなの顔を見回す。大丈夫だ。傷ついてはいたがまだ腐ってない。意志の力が宿っている。
「理不尽が君たちを蹂躙する間、世界は何もしなかった。それは再びやってくるかもしれない。だがこれからは俺がいる! 一緒にいる!」
共に生きると誓おう。嬉しい時は喜び、道を外れそうな時は叱り、脅威には命を懸けて戦おう。
「そして俺が二度と世界に裏切らせる事を許しはしない! だから再び立ち上がれぇ! アケレイのために!」
叫んでしまった。もう後戻りは出来ない。
村人達の顔を見回す。そしてすぐに動きがあった。
「アケレイのために」
少年が一歩進んで拳を突き出す。ケイルさん達の到着を知らせてくれたあの子だ。
「アケレイのために」
少女たちが顔を見合わせて頷く。
「アケレイのために」「アケレイのために」
老人たちが両手を合わせて祈っている。
「ウオォ、アケレイのために!」 「アケレイのために!」
少年たちが拳を突き上げて叫ぶ。そしてそれは大きな合唱へと!
ドンドン! ドンドン!
リズムを合わせて足踏み、それにあわせて村人達の大音響が鳴り響く。
「ウォオオオ!」「たちあがれぇ!」「アケレイのためにぃ!」
「アケレイのために!」
俺も拳をつきあげて雄たけびをあげた。
……今日俺の選択肢がいくつか消えた。だが後悔はなかった。
だからそれって結局……俺が本当はこうしたかったってそれだけの話なんだろう。
「マスター!」
演説が終わるとマナが飛びついてきた。
「やっぱり! やっぱり私の……大好きなマスター!」
大好き……マナの言葉が心の中で反響する……
「すまないな。お前達に苦労をかける事になるかもしれないが……」
大好き……べ、べつにそんなの言われたくてやった訳じゃぁ……ハハ、やめてくれよそんなの……おっさん……泣いてしまうやんけ……
「いーよそんなの! 一緒にがんばろ!」
そういって彼女は目を閉じると顔を近づけてきて……
チュッ。
「あ」
「あ」
「あ」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
唇に何か柔らかいものが触れたかと思うと……
「マナお姉ちゃんずるーい!」「わたしもー!」「そんちょー!」「……だっこ」
「ハハ。ハ……」
幼女たちが集まってきてもみくちゃにされてしまった。
……喧騒が終わったあと、俺は心の中で呟いた。
「ヘルメス」
「はっ」
「領主に会いにいくぞ。村を存続させる……」