決断の夜
「すいません、ちょっと頭を……冷やしてきます……」
俺はケイルさんを部屋に残して夜風に当たりに出た。
「…………ふぅ……」
草の上に寝っ転がって夜空を見上げる。
大嫌い……大嫌いかぁ……
そりゃマナにしてみればなんっにも面白い話じゃないのはわかってる。
説得出来たかどうかは別にしてもうちょい別の話し方だってあったんじゃないだろうか……
なんて思ってると、心の中から声が聞こえてくる。
「マスター……ごめんなさい……」
「どうした? ヘルメス」
何に対して謝っているのかわからずに聞き返すと、彼女はぽつりぽつりと紡ぎだした。
「私は……マスターの決めた事に口を出す気はありません。例え薄情者と思われてもマスターさえいてくれればそれでいいんです」
そして彼女は泣きそうな声で言葉を続けた。
「マスターは今ひどく傷ついてますよね。私は他の何をおいてもそれを癒してあげたい。でも、でもごめんなさい。私こういう時なんて声をかければいいのか……ごめんなさい。何か声をかけてあげたいのだけれど、今は何を言ってもあなたを傷つけてしまいそうで……!」
最後の方はもうほとんど泣き出していた。
「わー! だ、大丈夫! 大丈夫だから、な? すまない、心配かけてしまって」
あー、もう何やってんだろうなぁ俺。情けなさで頭がハゲそうになる。
その後彼女を落ち着かせるのに四苦八苦してると、1人の幼女がこっちに来ているのに気づいた。
「え~っと……ミリムちゃん……だよね?」
名前を尋ねるとコクンと頷いて両手を差し出してきた。
「…………だっこ」
とりあえず抱きあげてから、少女達が集団で寝ている大き目の建物へ向かう。
「ダメじゃないか。こんな時間に1人で出歩いたら。お姉ちゃん達心配するぞ?」
すると幼女が俺の顔を覗き込んで訪ねてきた。
「ねぇ、そんちょう?」
「うん?」
「わたしたちどうなるの?」
「…………」
咄嗟に言葉が出ない。なんて答えればいいんだろう。
「……大丈夫だよ」
体を少しゆすってキュッと抱きしめて祈るように言う。
……大丈夫ってなんだよ。具体的にどういう状態だよ。
幼女を送り届けると、少女たちはすでに彼女がいなくなっていた事に気づいていて建物の中を探し回っていた。
マナと目が合うと彼女は申し訳なさそうに言った。
「あ、あの、マスター。ごめんなさい、わたし、あの……」
頭にポン、と手をのせて答える。
「大丈夫……大丈夫だから……」
だから何が大丈夫なんだろう。精いっぱい笑顔を作ろうとして苦笑いになってしまった。
幼女を送り届けたあと、部屋に戻るまでの間、歩きながら考える。
大丈夫。大丈夫か……なにをもって大丈夫と言えるんだろう。
ヘルメスは強い。恐らく彼女が協力してくれるなら、手段を選ばなければお金を稼ぐ手段はあるだろう。で、あれば時間さえあれば資金は調達出来る。
残された年寄り連中と心身に障害を負ってしまった子たちに関してはそれで解決出来るはずだ。彼らが人に頼るのはもう仕方がない。
だが問題はやがて自立していかなければならない者たちだ。彼らの目を見てきた。あまりにも傷つき過ぎている……
不安で不安で誰かに頼りたくて仕方がないのだろう。自身のアイデンティティでもあった共同体を訳もわからずに壊されたから。
そこに俺が入り込んだとして距離感を間違えずにいつまでやっていけるだろうか?
誇りを失った人間に一方的にエサを施せば人は必ずそれに依存する。そしてそのまま自力で立つ術を見失ってしまう。
その先に待っているのは果てしない不平と不満と、堕落だけの人生だ。そうなったやつを何人も知っている……
俺は彼らに何をしてやれるだろう。
1人1人監視される状態で働かざるを得なくなれば、いずれ労働の中で自信を取り戻せる者もいるだろう。そう思った。
だが、結局それでも不安は残ったままだ。真面目に働いてもまたいつか台無しになるんじゃないかと言う影を一生背負って生きていかなきゃならなくなる。
そうだ。本質的な問題は彼らがどこで生きていったって構わない。
ただ、今まで通り生きてきて悲惨な目にあった者たちに「いままでどおり生きていけばいいんだよ」と声をかけられるかだ。そこに何をのせられるかだ。
覚悟を決めろ。自身が迷っているものを誰も信じたりはしない。
思い出させなければならないんだ。自分達が何のために、立ち上がるのかを。
「……! ゲオルグさん」
部屋に戻ると、ケイルさんが心配そうな顔をして立ち上がったので、片手をあげてそれを制する。
「ケイルさん。明日の朝、村人達を集めてください。話さなきゃいけない事がある」