裏稼業ハローワーク
世の中には表もあれば裏もある。裏の世界の住人のためのハローワークも存在するのだ。
彼が私の裏ハローワーク事務所を訪れたのは、今年の中頃だった。
「殺し屋稼業に嫌気がさした」
寡黙な彼は、それだけの言葉を紡ぎだし、黙り込んだ。太い男性的な眉の下の鋭い眼光が私を捕らえて離さない。下手な職業を紹介したら命を取られるのではないかとの危惧さえ生じさせる圧迫感だ。
「そうですね。タクシーの運転手に転職するのはどうですか」
彼のような極度に寡黙な男に普通のサラリーマンは無理だ。寡黙でプロ意識の高い彼に最適なのは職人だが、手に職を付けるにはやや歳をとりすぎている。となると、接客業ではあるものの最低限の会話さえできればなんとかなるタクシーの運転手が向いているのではないかと思われた。一流の殺し屋として鳴らした彼の動体視力、運動能力、危機管理能力すべてが、役にたつことだろう。
そんな彼が、久々に事務所に顔を見せたのだが、どうも冴えない面構えだ。
「どうされました」
「俺には向いていない」
寡黙な彼はそれだけつぶやき黙り込んだ。
「詳しく教えていただけますか」
彼は黙って立ち上がり、窓から見える事務所の駐車場を指差した。そこにはタクシーが止まっていた。
「一緒に来てくれ」
駐車場のタクシーはやはり彼のものだった。
彼は運転席に座ると、私に目で合図した。おそらく客の態で乗ってみろということだろう。
そして私はようやく理解した。彼が向いていないと言った理由を。
私が後部座席に座り込んだ瞬間、彼は振り返りざまにコルトM79を構えて怒鳴りつけたのだ。
「俺の背後に回るな」
《終わり》