マスコット人形の怪(後編)
第3章 彼の遺せしモノ
「頭が落ちたッ!」
ルークは叫ぶと、しがみついてくるロディを脇にどけて『お人形』の頭を追って立ち上がった。軽い物体が3階の部屋から落ちた程度で壊れてしまうとは思えなかった。コートも着ずに、我に帰った協会員の2人とともに階下に下りると、辺りを探し回った。
「この中にはありませ〜ん!」
フィオナがアパートの前にある、ツゲの植え込みをごそごそやりつつ言った。『お人形』の赤い帽子とよく似た色のポイ捨て空き缶にビビリながら……。
道路の反対側に探しに行ったルークも収穫はなかった。自力で転がっていったとしても、そんなに遠くには行かないはずだと、『お人形』のこれまでの行動から考えていたが、消えてしまっていた。
郵便ポスト周辺を探していたブラッドもやはりダメだったようだった。
「ここらへんには排水口もないみたいですし……。どこへ消えたのか…」
次は歩道の敷石の上をくまなく調べてみた彼であったが、収穫はなかった。彼は中腰から立ち上がって背中を伸ばした。
「自力でどっかに行ったのか……」
ぞっとしながらルークがつぶやいた。フィオナもそれに同意した。
「きっと転がっていったんです」
「……残った胴体も、まだおかしいんでしょうか?」
ブラッドがうなるように言った。
「そうですね。頭の方が見つからないのは痛いけど、胴体の方も……。母さんに料理されてないか気になります」
ルークは答えると、頭を探すのはひとまず置いておいて、残された胴体のほうを調べることにした。
「家に入りましょう。みんな、コートなしじゃ活動もできない……」
フィオナはそうですね〜と答えると、ひとつくしゃみをした。彼女もコートはリビングに置いたままであった。
家の中では、例の胴体を食堂の机の上に置いて、一同が着席していたところだった。
「お人形が死んじゃった……」
さっきから泣きっぱなしのロディの頭を撫で、アデラが答えた。
「大丈夫よ。ある意味、ピンピンしているわ……」
アデラはロディから目を離すと、向かいの席に座っていたロリーに短剣を差し出した。
「お母さん、これ返すわ」
「そう」
大切そう短剣を受け取ったロリーに、アデラは言葉を続けた。
「私はやっぱり霊媒には向いてないわ……」
「……多少荒っぽいわね」
ロリーが笑いながら言った。アデラも苦笑すると、ロディにもう一度目をやった。彼はもう泣き止んでいた。
「『お人形』の頭を探しに行く!」
涙を拭いたロディは決意を込めて宣言した。一番の友達である自分がやらねばならないことだと思ったようだった。
「お兄ちゃんたちが、今探してくれています。もう少し待ってね」
ロリーがやんわりと言った。
そこへ、3人が寒さに震えながら帰ってきた。
「ダメだった。見失ったよ……」
ルークが無念そうに報告した。イネスは首を振ると、彼をねぎらった。
「胴体は、どうしていましたか?」
ブラッドが一同に聞いた。
「おとなしくなりましたよ」
「魂が抜けたみたいにな」
ロリーとエイドリアンが答えた。エイドリアンは胴体を手に取ると、振ってみせた。
「なにをしても反撃してこん。ちと拍子抜けじゃな」
「おじいさんたら。まだ大丈夫と決まったわけではないんだから……」
怖いもの知らずの彼にロリーが呆れて言った。
「胴体だけでも先に回収したいのですが、よろしいでしょうか?」
フィオナがこの家に来た最初の目的を思い出したかのように、意思を込めて言った。
「……すべてお任せしますよ」
ロリーが達観したかのように言った。
「えー?体だけアメリカに返すの?」
会話を部屋の端で聞いていたロディが心配そうに口を挟んだ。例え短い時間であっても、可愛がっていた
『お人形』とこんな形で別れるのには抵抗があった。
「ちゃんと頭も探すよ。まあ、胴体の解析が先になるけどね……」
ブラッドが律儀にロディに答えた。
「坊ちゃん、ごめんね。でも、子供のおもちゃにしておくにはちょっと物騒なの……」
フィオナも兄に続いた。
「相談なんですが、胴体をお返しする前に、もう一度情報を集めてみてもいいですか?俺がもう一度リーディングしたいんです」
ルークが2人に頼んだ。『お人形』の力が抜けた胴体だけならば、なにかの情報が引き出せるかもしれないと思ったからであった。
「りーでぃんぐ?なんですか、それ」
フィオナがはてな顔で聞いた。
「ええ、人やモノから情報を読み取る能力のことです。まあ、俺はモノ限定なんですけど」
「はあ、それはそれは、助かります。こちらもアメリカからの情報だけでは『お人形』の暴走を止め切れません」
ずり落ちてきた眼鏡をくいっと上げながら、フィオナが言った。
「アメリカからの情報を先にお伝えしたほうがいいのでしょうか?構わないな、フィオナ」
ブラッドが丁寧な申し出をしてくれた。
「ええ、特に部外秘とは言われてないし」
「ありがとうございます。でも、結果に差はないにしろ、先入観のない状態でやりたいんです」
ルークの答えに、フィオナがうなずいた。
「そうなんですね〜。では、我々は黙っておきますー」
ルークは『お人形』の胴体に手を置き、意識を集中させた。すると、今度はすんなりと『お人形』の記憶と同調するのに成功した。
ひどくタバコ臭い部屋のなか、窓には黒いカーテンがかかり、その隙間から昼の光が一条差し込んでいた。さまざまな書類が乱雑に載せられて散らかった書物机はもうすぐに限界を迎えようとしていた。しかし、対照的に壁際の実用本位なスチールの大きな本棚はきっちりと整頓され、分厚い本が一杯に並んでいた。その横に見られるカレンダーもちゃんと一日ずつの予定が細かい字で書き込まれ、部屋の他の部分の荒れようは、ここ最近の出来事のように思えた。
(古代墳墓……?イギリスの……)
はっきりとは読み取れなかったが、本棚に並んだ新旧の本は題名からして考古学関係の書物であった。
薄暗い部屋に光が差して、ドアが開いたことが分かった。部屋へは、かなり太った中年の男性が入ってきた。服屋で体に合った服を探すのは骨が折れたと思われる。足が悪いと見えて、松葉杖を一本ついていた。炭酸飲料を片手に、書類に埋もれた机になんとか場所を作って腰掛けると、大きなため息をついた。
「あいつをなんとかせんと、気がすまない……。学会の人前で俺の研究にケチをつけやがった!」
男性は『お人形』に手を伸ばすと、まるで今手にいれたばかりかのようにしげしげと眺めた。
「こいつを、あいつは欲しがっていた……。これに仕掛けをして渡せば……」
彼は手近にあったノートを開くと、殴り書きのようだがきっちりとした内容を記したメモを取り出した。
(墓に侵入した泥棒にかける呪いの研究か……。俺の知り合いも世界中にそんなのがあるって言っていたな)
ルークは苦笑した。呪いをかけたいと思うほどひどいことをされたのだろうか……。
「このまま野放しにすれば、いずれ俺の研究生命に関わる。ごめんよ、ロナウド君!」
彼は『お人形』に謝ると、書類の底から一枚の写真を発掘した。彼自身が写っているのと、あとは髪の長い女性、耳の横で髪を切り添えろえた男性、まだ若い学生風の男女が数人写っていた。
「友情もここまでか……」
彼はつぶやくと、写真を机の引き出しにしまった。
そこで、ルークの視界がぼやけてきた。色があせて、霧がかかったようにかすみ……。
気が付くと、ルークはイネスに肩を抱かれて椅子に座っていた。
「大丈夫か?集中しすぎだ」
心配そうに尋ねる父に、ルークは笑顔で答えた。
「うん、大丈夫。おかげで大体の事情はわかったよ」
ルークは先ほどのリーディングで得られた情報をフィオナとブラッドに伝えた。
「うーむ。アメリカの協会から聞いているのとほとんど変わりありませんね」
フィオナが難しい顔をして答えた。
「そうですか。進展ありませんかね……」
ルークは残念そうに言った。
「誰にかけた『呪い』なのかが特定できませんね。アメリカのご遺族からも、故人と大きなトラブルがあった人には心当たりがないと言われていまして……」
ブラッドが申し訳なさそうに言った。
「どうして『お人形』の前の持ち主は死んじゃったの?」
やりとりを聞いていたロディが無邪気に尋ねた。
「ああ。かなり太った人だったようだな……」
ルークが顎に手をやりつつ答えた。
「糖尿病の合併症だそうです。遺言もないくらいの突然死だったようですね」
ブラッドが十字を切りながら言った。そして、問題の核心について話し始めた。
「生前に『お人形』を譲る予定だった人がいたそうなのですが、その人と音信不通になってしまったらしく……。遺族さんは故人の仕事関係についてはノータッチだったらしく、このまま持っているのも気持ち悪いとのことで、マジク・マクドネル氏に渡したそうです。その後、『お人形』に呪いをかけたが後悔している、という旨の日記を発見して今に至ります」
「いろいろ大変ね……」
アメリカの親戚の下りで、アデラがぼやいた。
「じゃあ、船便で送られてくるまで『お人形』が安全な物体だったのは何故?」
「もしかしたら、呪いの対象の人物が近くにいるのかもしれませんね……」
「…………」
ブラッドの答えに、アデラは沈黙した。
「『お人形』が動き出した時には、うちの家族のものしかいなかったのう。その前は、なにか変なことは起こらんかったか?」
エイドリアンが一同に聞いた。
「別に、とくに変なことは……」
ルークは記憶を掘り起こしつつ答えた。
「そうだな。別にこれといった異変はなかった」
イネスも、眉間にシワを寄せながら言った。
「それじゃあ、胴体の方を預からせていただいてもいいでしょうか〜?」
フィオナが持ってきていた白い『棺桶』状の箱を開けながら言った。
「ええ。よろしく」
ロリーが頼んだ。
「『お人形』の頭と、呪いの対象の人についても調べておきます」
ブラッドが後を引き継いだ。
「得に役にたたずにすみません」
ルークが胴体の方を見ながら言った。
「いいえ、ご協力ありがとうございます〜」
フィオナが律儀に礼を言った。
こうして、頭さえ見つかれば事件は解決するかに見えた。
第4章 恨みて咲く
「ああ、これで首位陥落か……」
週刊誌を読みながら、イネスがリビングのソファで愚痴っていると、のびのびになった猫のようにロディが膝の上に乗りかかってきた。
「うにゃ〜」
「どうしたんだ」
「『お人形』がいなくなっちゃったよー」
ロディは寂しそうにイネスに体をくっつけると、目を閉じて寝たふりを始めた。
「お母さんを恨むんじゃないぞ。危険な物体だったんだから、お前を守るためにアデラはああやったんだ」
「うーん」
ロディは半ば納得したように答えた。
ルークはそんな風景を笑いながら見つつ、自分の通う大学へ行く準備をした。といっても、コートを着て前の晩に教科書類を詰めておいたリュックを担ぐだけであったが……。
「じゃあ、いってくるよ。ロディもちゃんと幼稚園にいくんだぞ」
「うん。今日はアルファベットの練習するんだ。それからサッカーしてそれから〜……」
「わかったわかった。じゃあな」
「いってらっしゃーい」
両手を振りながら言うロディに、少しは元気を取り戻したのかと安心しながらルークは、鍵入れに置いた自転車の鍵を手にとった。
アパートの駐輪場に停めた、銀色のホームセンターで格安で買ったママチャリを引っ張りだして、ルークはいつもの道を自転車を漕いでいった。大学のまでの20分間、ずっと大通り沿いに北へと向かい、川を渡った。構内の指定の場所に自転車を停めると、彼はまずクラブ棟のある校舎の端まで歩いて行った。
ルークがなんとなく通っている『怪奇文学クラブ』はクラブ棟の1階にあった。活動内容はほぼ月1回発行される部誌に読書感想文をのっけたり、文芸部並に自作の小説をのっけたりであった。また、年2回の『旅行』も売りにしており、その際はOBのワイナリーを訪れてただで飲ませてもらうのを慣例としていた。
朝の授業が始まる前にも、なんとなく学生が集まっているのもあって、なにかしらの『情報』が集まらないものかと、足を運んだわけであった。
思ったとおり、やや薄暗い部室には数人の学生がたむろしていた。その中の焦げ茶色の髪を頭頂部でまとめた、通称:ブッダが声をかけてきた。
「2時限目の教授って代返してもバレなかったっけ……」
「いや、学生部につっつかれて厳しくなったって聞いたぞ?」
「げ。行かなきゃダメか……。めんどくさいな」
それを聞いていた、考古学科に通う、年中発掘現場に出ていて日焼けしている学部生、ミシャが突っ込みを入れた。
「そんなこと言ってたら留年しますよ」
「いや、俺は留年はしない主義だ!ぎりぎりを極めるんだ!」
ブッダが反論した。たしかに彼はきっちりぎりぎりの単位を毎年取得していた。
「そうだ、ミシャ。キミはたしか半年ほどアメリカに行ってたね。なんか向こうの学会の噂とか知らない?」
「噂ですか?どこの教授が浮気してるとかいろいろ聞きましたけど、どんなのがお好みです?」
「う……。いろいろあるんだな」
ルークは反応に困った。意を決して、『お人形』に起こった事件をかいつまんで離すと、ミシャはそれほど抵抗なく受け入れてくれた。
「古代墳墓系の研究ね……。なんだか学会の発表会でケンカが起きたって聞いたことがあります。なんでもタッグを組んでいた研究者同志が仲間割れしたって」
「仲間割れ?なんでまた」
「さあ。はっきりとはわかりませんがもともと研究していた分野が似てたから、感情の行き違いでもあったのかもしれませんよ」
ルークは唸ると、もう一度ミシャに質問した。
「名前とかわかる?」
「ええ、名前と顔写真が考古名鑑に載ってますよ。ちょっと古いのしか部室にはないけど。クライブ・アンダーソン教授と
ウィル・マルチネス教授です。取っ組み合いになったんですって。見ます?」
「ああ。見てみたい」
それじゃ、とミシャは部室の隅に山積みになっている本のなかから、緑の表紙の本を取り出してきた。
「これです」
索引から探すと、リーディングをした際に見た太ったおじさんはウィル・マルチネス教授であることがわかった。ではもうひとりは……
「この人か……」
残りの、クライブ・アンダーソン教授は、耳の横で髪を切りそろえた特徴的な髪型をしていた。
(この人は、集合写真にいた人だ……)
「でも、この2人はケンカしたままでも、アメリカにいるんだよね?」
「いいえ、マルチネス教授は病気で亡くなって、アンダーソン教授はイギリスの研究機関に転職しましたよ。でも、なんでそこまで気にするんです?」
「う」
ルークは『呪い』うんぬんの話しはしたくなかった。
「なんとなくだよ」
「ふーん」
ミシャは疑いの目でルークを一瞥すると、突如ウィンクした。
「先輩が内緒にするなら、とっておきの情報を教えてあげません」
「え?気になるな」
「どうです?」
ルークはためらったが、軽く『お人形』の頭の話しをしてみた。
「げ。本格的なやばさですね」
「ぶっとんでいるな。小説にしてもいい?」
ブッダも会話に参加してきた。
「じゃあ話したぞ。とっておきってなんだ?」
「あのね、マルチネス教授が古代のおまじないを復活させたかもって噂です」
「それが『お人形』に使われちまったわけか!」
ブッダがルークよりも盛り上がって叫んだ。小説の題材にされてしまいそうである。
「なるほど……」
ルークはつぶやくと、ミシャに礼を言って部室を後にした。
大学での授業を終えて、ルークは今日は部室に寄らずに家に帰った。家にはすでに仕事を終えたアデラと幼稚園から帰ったロディがいた。
「ただいま。母さん、『お人形』に関する情報を仕入れてきたよ」
「え?まだ突っつきどころがあったの?人形保存協会に任せればいいのに」
「まあ、そう言わずに……」
ルークは考古名鑑の写真をアデラに見せた。
「この人?どこかでみたような……」
「俺にもみせて?」
ロディも横から割り込んできた。
「このおじさん、『お人形』を褒めてくれた人だよ。公園で会ったんだ」
『…………』
アデラとルークは顔を見合わせると沈黙した。こんな近くにいたとは考えもしなかった。
「一応人形保存協会に知らせておこうか……」
「それがいいわね。できることはしておいた方がいいものね」
全英人形保存協会に電話をかけると、数コールの後につながった。代表の人に事情を話すと、フィオナに取り次いでくれた。
今日、部室で仕入れてきた情報を伝えると、彼女は素直に感心してくれた。
『すごい情報力です。素敵です〜』
「はあ、どうも。それよりも、アンダーソン教授が危険です。『お人形』の頭と遭遇する前になんとかしないと!」
『学者さんなんですね?じゃあ、どこにいらっしゃるかネットでしらべてみます。』
「ありがとうございます。よろしく」
ルークは電話を切ると、アデラに言った。
「これでなんとかなるだろう……」
「そうね。やることはやったわ」
そこで安心して彼女は台所に行くと、夕食の準備を始めた。ルークも手伝おうかと声をかけると、台所に2人いると動きづらいといって断られた。
次の日曜日、ロディはイネスが風邪気味のためルークと一緒に近所の公園へと向かった。いつもの『お人形』のいなくなった彼の背中はすこしばかり寂しそうであった。
「兄さん、ちゃんとボール受け取ってね」
「お前こそ、ちゃんと投げろよ」
ほのぼのとした会話をしつつ、彼らは公園へと歩いて行った。今日は午前中の曇りがちがだった空模様もすっかりよくなって、
小春日和といったところだった。
公園の入口付近に差し掛かると、どこかで見た姿があった。
「フィオナさん、それにブラッドさん。なになさってるんですか?」
ルークは彼らに声をかけた。
「ああ、『お人形』の頭をさがしてるんです」
「まだ見つかってなかったんですね。ダウジングですか?」
「はい〜」
フィオナがマイペースに答えた。彼らは水晶を使ったものと、Lの字に曲げた棒を使ったモノを併用して『お人形』の頭を探していた。
「このあたりはこの一週間で探し尽くしました……」
「ご苦労様です」
ルークは眉間にしわを寄せてうなるブラッドに同情した。
「教授のほうはどうなりました?」
「勤務先はわからなくて……。連絡できていないのです」
フィオナが申し訳なさそうに言った。
ルークは彼らの健闘を祈ると、公園の中へと入っていった。すると……。
「あのおじさんがいるよ!」
ロディが突然声を上げた。
見ると、そこにはあの特徴的な髪型をした教授がベンチに座っていた。
「なんてことだ」
ルークはまだ近くにいた2人を呼びに行った。
「ダウジングしている場合ではありません!」
2人は完全に予想外の出来事に、道具を持ったまま公園の中に駆けつけた。
「アンダーソン教授!」
ブラッドが慌てた声で彼に呼びかけた。
アンダーソン教授はベンチに腰掛けたまま、手を地面に伸ばし、なにかの動作をしようとしていた。
「『お人形』の頭ッ!」
ルークが絶望的に叫んだ。
彼は伸ばした手で、地面に唐突に転がっていた『お人形』の頭を拾い上げようとしていたのだった。
教授はちらっと一瞬だけこちらを見たが、構わずにそれを拾い上げてしまった。
「やめるです!」
驚きのあまりに変に訛りながらフィオナが叫んだ。
教授は頭の向きを変え、『お人形』と目を合わせた。その瞬間、青い炎が音もなく彼を包み込んだ。
「うわッ!」
ロディが驚いて、ルークにしがみついた。
「教授!」
ロディを引きずって教授に近づくと、ルークはコートをなんとか脱いで、炎を消そうとして彼の体をはたいた。しかし、炎は完全に勢いづいたようで、彼にまとわりついて離れなかった。至近距離まで近づいても熱さを感じないため、これは心を焼き尽くすタイプの魔術の炎だなと思い、ルークは次の手を考えた。
「……大丈夫ですよ」
炎に包まれたまま、アンダーソン教授は静かな声で答えた。彼はなにごとかつぶやくと、『お人形』の頭を手から離した。
「大丈夫って?」
フィオナとブラッドが思わず抱き合いながら聞いた。
教授を包んでいた炎はしばらくして消え、彼は大きなため息をついた。
「お騒がせしていたようで申し訳ない」
「あの、ご自分が狙われていたのをご存知だったのですか?」
ルークがコートを構えたまま、おずおずと聞いた。
「まあ、ここまで他人を巻き込んでしまうようになるとは思っていなかったよ」
「失礼ながら、アメリカで何かあったと聞いていますが……」
ブラッドが聞いた。
「ええ。共同研究者だったマルチネスと仲違いをしましてね。我々はイギリスの古代墳墓の研究を主にしていましてね、趣味で彼は古代
墳墓にかけられた侵入者撃退用を呪いを、私はそれを破る呪いを研究していたんです。ところがマルチネスは本流をはなれて呪いの研究
にばかり熱心になってしまって……。このままでは仕事に支障がでるとおもい忠告しましたが、時と場所が悪かった。私が悪かったのです
「彼は意固地になってしまい、私を研究をケチをつけるものと思い始めてしまいました。私は一旦謝ろうとしましたが、彼は突然亡くなってしまい……」
「彼の遺族もいがみ合いの実態を知ることもなく、どうすることもできなくなってしまったのですね」
ルークは先を読んで言った。
「ええ。どうすることもなく、私はイギリスで新しい仕事を見つけて移住しました」
彼は再びため息をつくと、ベンチに座り込んだ。
「事情を知らない遺族に手紙を書いても余計なことのように思えるし……。私はどうやったら償えるのでしょうか?」
「それなら、マルチネス教授のほうも、あなたに呪いをかけたのを後悔する日記を残してらしゃいます」
フィオナが彼の目を見ながら言った。
「それは本当ですか?」
今まで暗い光をたたえていたアンダーソン教授の目に生気が宿った。
「本当ですとも」
ブラッドが大きくうなずきながら言った。
「そうですか……。それならば私も今後の身の振り方を真剣に考えられるというものです」
彼は心底からほっとしたように言った。
「これでイギリスに骨を埋める覚悟ができました……」
「ここで『お人形』の話は終わりッ!教授とももう連絡をとってません!」
ルークは部室で、知りたがりのブッダとミシャに向かって宣言した。
「へー。和解エンドじゃないか。よかったな!」
「なかなか大人向けの話ですね。私も気になって、アメリカの友達に教授のこと聞いてみたんです。そしたら、マルチネス教授の研究と
蔵書をアンダーソン教授が引き継ぐことになったっていうじゃありませんか。」
「なに?それはすごい。一時期殺意を抱くほど憎しみ合ってたわりには……」
「そうですよね。私の噂情報収集能力にも感謝してください!こんど奢ってくださいよ!」
「わかった。学食でいいか?そんなに手持ちがないんだよ」
ルークは苦笑しながら言った。
「いいとこのお坊ちゃんのくせに金に苦労してやがる……」
ブッダがルークをつついて言った。
「しかたないだろう」
「定食食べていいですか?」
「いいよ」
ミシャが嬉しそうに聞いた。
ルークは気前よく答えると、部室の本棚に考古学名鑑を返しにいった。




