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霊媒師のセオリー  作者: 黒川博美
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オレンジの香り玉

第1章 秋の日に

 蔦の葉が赤く色づき、木枯らしが吹きはじめた頃だった。めっきりと日が落ちるのが早くなった午後、こんな話をアデラが持ってきた。

「ねえ、ルーク。あんたも可愛がってもらったオベールお婆ちゃんが亡くなったらしいのよ。あんたもお祖母さんと一緒にお葬式に行ってきたら?」

「あのお婆ちゃんね…。結構お年だったんじゃないの?」

「そうね。ひ孫もいる90歳よ。うちのお祖母さんよりも年上なんだから」

 ふーんと頷きながら、ルークは母に言葉を返した。

「お祖母さんと店にいると飴とかもらったなあ…」

「そうよ。ご近所さんも店子さんも大勢来るんだから、埋葬にだけ立ち会えばいいのよ」

「そうだね。お祖母さんが帰ってきたら相談しとくよ」

 そう言うと、ルークは大学の課題をこなしに、自室へ入った。来週締切の、中世の屋敷の建築様式についての中間レポートがあるのだ。 

 母がいる台所でなにかごそごそやっている音がするなと思いながら教科書に目を通していると、部屋の扉がノックされた。声をかけると、戸が開き、そこには弟のロディが立っていた。(今年から小学校にかよっているロディはこの頃、いろんなものが仕舞われた本棚をごそごそやるために兄の部屋に入り浸るのがマイブームであった)

「部屋にいるのはいいけど、おとなしくしていろよ。俺は今日のうちに終わらせたい課題があるんだ」

 するとロディは素直そうにうなずきながら、本棚の端っこに収められているぬいぐるみゾーンに向かって彼は突進した。

(あいつの遊んでいる小さいテディベア、確かオベールお婆さんがくれたものだったな…)

 視界の端にロディの姿を映しながら、ルークはそんなことを思い出していた。

(うちのお祖母さんとは違って、優しい人だった。とりかえっこしたいと思ったな)

 ふと、幼い頃の思い出が浮かんできた。長期休暇のたびに、厳しい魔術の特訓を課し、ビシバシと鍛え上げてくれた祖母を思い、ルークは顔をしかめた。

 今では祖母の熱血指導ぶりも弱まり、年の離れた弟のロディは比較的安穏とした日々を送っている。

(……いかん、課題に集中しなければ。早めに終わらすんだ……。)

 思考が逸れてきたのを感じて、ルークは頭を振った。

 しかしなんでも、課題の担当教授は『緩い』と評判であった。なんでも規定が20ページのレポートでも3枚持っていったら単位をくれたとかいう先輩の噂を耳にしたことがある。あとはゼミの授業に遅刻しても、歌を一曲歌ったら許してくれたとか。だからといって教授の好意(?)に甘えて手を抜きたくはなかった。

 集中すること一時間、課題も無事に大筋が出来あがったところでルークはこの部屋にいるもう1人の存在を思い出し、隅っこの方にいる弟の方を見た。

彼は若葉色のカエルのぬいぐるみと陶器の鶏の置物で怪獣ごっこをしている最中であった。

 窓から漂ってる冷気を感じて視線を巡らすと、少し開けておいた窓の外はすっかり暗くなっており、街灯が点滅しながら灯るところであった。窓とカーテンを閉め、小休止しようと図書館から借りてきた分厚い本を閉じると、台所からカレーのいい匂いが漂ってきた。

「ロディ、今日は焦げずに出来上がったみたいだ。そろそろ食堂に行こうか?」

「うん。ぬいぐるみ、持って行ってもいい?」

「だめだ。汚れちゃうだろ?」

 弟と一緒に部屋を出ると、ルークは食堂へと向かった。ちょうど父・イネスも研究室のある大学から帰って来ていたようなのだが、なんだか難しそうな顔をしていた。

「鶏カレーなんだね」

 食卓に並んだ『今日の食事』を見て、ルークがアデラに声をかけた。

「そうよ。メインは鶏の香草焼きで、あと一品が鶏のチリソース炒め……と、ポテトサラダ」

 アデラは食器を並べながら、事も無げに答えた。

(ほとんど鶏じゃないか)

 突っ込んではいけないと思い、ルークは父の方を見た。彼は大きくうなづいて言った。

「今日もキミの手料理が食べられて嬉しいよ!」

「イヤミ?」

「いや、そんなわけあるか!美味しいものを食べられて我々は幸せだと言ったんだ!」

「鶏ばかりでも?」

 何を言っても墓穴を掘っていく父を尻目に、ルークは母に質問した。

「お祖母さんはまだ帰ってないの?」

「お祖父ちゃんもまだよ。今日は2人で花屋に寄って帰ってくるって。オベールお婆ちゃんに贈る花でしょうね」

「花って、亡くなったのか。お祖母さんがよく話していたご婦人だったが。いや、一度お会いしたことがあってな……。シックな美人だったなあ」

 腕を組んでイネスが言った。

 その時、玄関の戸が開く音が聞こえ、しばらくして白い髭を蓄えた恰幅のいい老人と、白髪をきっちりとまとめた細身の老婆が食堂に入ってきた。

「おかえり、お祖父ちゃん! お祖母ちゃんも!」

 ロディが素早く反応して、老人に抱きついた。老人は少年の頬をやさしくつまみつつ、ただいまと言った。

「ルーク、オベールお婆ちゃんの件はもう聞いた?よければ水曜日のお葬式に一緒に行って欲しいのだけど……」

「うん、大丈夫だよ。水曜日なら講義も午後からだ」

「そう。それはよかった」

「それじゃあ、全員揃ったし、食事にしようか」

 祖父・エイドリアンが言った。どうやらお腹を空かせていたらしい。各自が席に着くと、彼は自慢をはじめた。

「今日は若い客が仕掛け時計を買ってくれたんだ。月長石を磨いてからカットしてはめ込んだ業物だよ。しかし、若い客ってのは珍しかったね。うちの客は年配者が多いからな……」

「おじいちゃん、宝石って高いの?」

 ロディがチキンカレーをかきこみながら訊いた。

「まあ、ぴんきりだな!」

 宝石魔術師の彼は、職人を経て工房の責任者になっており、今は数人の職人と共にいろいろな作品をつくっているらしかった。

 食後にはロディは父に宿題を見てもらうためにリビングに残り、ルークは自室へと引き上げた。

 ルークがリビング横の部屋に向かうと、今までどこで羽根を休めていたのか、大きなカラスが足元をよちよちと体を大きく揺らしながらとルークの先を歩いて行った。

「アデル……今はお前と遊んでいる時間はないんだ……」

 ルークは、部屋の前で歩を止めたカラスを軽く足でどけながら扉を開けて、中に入った。カラスは閉じた扉の外からからかうように犬の鳴き真似をし、しばらく扉に蹴りをいれながら遊んでいた。

 

 水曜日の午前中、ルークは地味目の灰色のスーツを着て、同じく地味目の茶色いワンピースを着た祖母と並んで地区教会へと足を運んでいた。

 割と早い時間に到着したのであるが、教壇の上にはすでに黒い柩が安置されており、中では故人が眠っていた。そばには故人の家族と司教のウッドゲート氏がそばに立っていて、そろそろ集まってきた弔問客と挨拶を交わしていた。ロリーと共にルークも、故人の孫にあたる喪主のアナと挨拶を交わした。アナは暗めの色をした服を着た、5歳くらいの小さな女の子の手を引いていた。

「お婆ちゃんは十分に長生きしたわ。私たちは暮らすのに不自由ないし……。安心して旅立って欲しいの」

「私もあっさりと家族とお別れができるくらいまで長生きしたいわ」

「まあ。マクドネルさんなら大丈夫ですよ。ルークさんにお子さんができるまでいけますわ」

 なんとなくゆるーい会話を聞きながら、ルークは教会の椅子の列の方に目をやった。そこには、出棺の時間を待って座っている

参列者の他に、20世紀初頭の小説の一場面から抜け出してきたかのような、きっちりとした黒い喪服の老婆がうつむきながら座っていた。

挿絵(By みてみん)

 他の人々は気にも止めていないのか、見えていないのかはわからなかったが……。それは紛れもなくオベールお婆ちゃんであった。

 ルークはなんの異変もなかったかのように視線を喪主の方に戻した。その途中で、アナの娘・ベルとばっちり目が合った。ルークが微笑みかけると、彼女は照れながら手を振った。そして、母の手を離れてルークの方にやってきて、こそりと呟いた。

「お兄ちゃん、お化けが見えるのでしょう?」

 ルークも、少女の目線にあわせて屈んでから答えた。

「誰かに聞いたのかい?」

「うん、お母さんが言ってた。ねえ、カミーユお祖母ちゃんもお化けになったの?」

「どうしてそんなこと心配するんだい?」

 少女はばつが悪そうに、手を後ろで組み、答えた。

「お祖母ちゃんが死んだ日に、朝のあいさつしなかったの。けんかしてたのよ」

 予想外の心配事に、ルークは笑った。

「お祖母ちゃんはそんなことで怒って化けて出たりしないさ。」

「そうかなあ……じゃあ、わたしが相談したこと、秘密ね」

 唇に人差し指を当てて、ベルは『秘密』の仕草をした。ルークが頷くと、彼女はにこりと微笑み、母親の元へ駆けていった。

 まもなく出棺の時間になり、柩は数人の店子と見られる比較的若目の男性たちによって担がれていった。故人の親しい友人たちはかなりお年だったからである。教会から石畳の道を歩くこと数分、墓地にたどり着いた。芝生をきれいに刈り込み、ところどころに緑を植え込んだ、公園のように綺麗な墓地であった。墓地は今まさに紅葉の時期を迎え、黄や赤に色づいていた。

 ウッドゲート司教が教典の一節を引用して、一同で賛美歌を歌った。その後、故人の徳をたたえる言葉が参列者から宣誓され、また教典の一節が引用された。その後、柩は墓地に収められ、一同はその後の軽食会に流れていった。

「ルーク、私にはなにも見えないのだが……」

 司教が、式の終わったあとでルークを捕まえて言った。

「故人が自身で葬式に参列しているような気がしてたまらん」

「埋葬のときにはいませんでしたよ」

「そうか?」

 司教は安心したような顔をした後、むっつりと黙り込んだ。そして、なんだか猛烈に十字を切ると、早足で教会の中へと

去っていった。

 軽食会には参加せずに、ロリーとルークは帰途についた。徒歩で自宅まで歩いて帰る途中の店で軽い食べ物を買った。

「このサンドイッチだけど、お祖母さん、レンコン食べられました?」

「いらないからあげる」

「せっかくの健康にいい食品のお店なのに。レンコンだけもらおう……」

「健康なんて気をつけてなるもんじゃありませんよ」

 健康ブームもどこふく風といった体で、ロリーは呟いた。

「私は午後から店に出ますからね。家の戸締りはお願いしますよ」

「わかった」 

 ルークはうなずくと、ポケットの中の鍵を確かめた。

「大学は楽しい?」

「なんですか、唐突に……。」

「このまま研究を続けてもいいんですよ?」

「……」

 祖母の言わんとするところを察してルークは答えた。

「俺は店を継ぐつもりです。まあ、もう少し学校は続けさせてもらうつもりだけどね」

「そう」

 ロリーは言葉少なに言うと、手を伸ばしてルークの肩を叩いた。


第2章 異変

 それからしばらくたった、街がクリスマスに向けて賑わい始めた12月のある日、占いとヒーリングの館『命泉堂』にいたロリーを1人の客が訪ねてきた。彼はツイードのスーツにフェルトの帽子といった出で立ちの老人で、店に入ってくるなり名を名乗った。

「クレマン・オベールだ。姉はあなたになにか言い残さなかったか?」

 店の奥の小部屋から、何事かと身を乗り出したアシスタントのアレックスを尻目に、ちっとも慌てずにロリーが答えた。

「お名前に覚えがありませんね。ここははじめてでいらっしゃます?」

「ああ。しかし、俺の姉……カミーユ・オベールはよくここにきていたようだ。」

「存じています、ご家族の方ね。店にはなんの御用で?」

「……」

 そこまでくると、クレマンは勝手にロリーの前の椅子に座り、帽子に手をやったままで黙ってしまった。言いにくいことを

抱えていると見えるが、ロリーが追い出しにかかろうとした時、彼は言うのを憚るといった風でポツリとつぶやいた。

「姉が死んでから、家の方で変なことが起きるんだ。」

「変なこととは?」

 興味を覚えたロリーが聞くと、クレマンは目をギラっと輝かせて続けた。

「家具の位置が寝る前と違ったり、閉めたはずのカーテンが開いていたり……。それが毎日続くんだ。泥棒なんかじゃない。

どこの鍵も開いていなかった……」

 彼はテーブルの上で手を組むとさらに言いにくそうに言った。

「カミーユが化けて出たんじゃないかって思うんだ」

「それで心残りの痕跡がないかと、うちにきたんですね……」

 ロリーはあきれた表情で言った。

「ここでは彼女は心残りらしいことは言ってなかったと思いますよ」

「そうか……」

 複雑な表情をしてクレマンはもう一度手を組み直した。

「司教にでも来てもらうかな……」

 ロリーは好きになさいと言うと、不意の客を追い出しにかかった。クレマンは今度は素直に店の外に出ると、すぐにどこかへと去っていった。

 赤毛を刈り込んだ青年のアレックスは、奥の小部屋から不思議そうな顔で彼を見送ると、すごすごと部屋から出てきてロリーに尋ねた。

「先月亡くなったお婆さんの親戚ですか?」

「さあ、そうみたいだけど……」

「心霊現象を疑っていましたね。実際にホンモノが出たりするんでしょうか……」

「さあね」

 ロリーは適当に答えると、アレックスに紅茶を淹れてくれるように頼んだ。その紅茶が出てくる前に、店のドアの向こうに人影が見えた。背の高い影と小さな影のふたつで、店に入るのを少しためらうかのように佇んだ後、ドアノブに手をかけた。

「あの、こんにちは……」

「どうぞ、いらっしゃい」

 客はアナ・オベールとその娘・ベルであった。

 アレックスに紅茶を追加で頼むと、ロリーはアナと向かい合った。

「ちょうどクレマンと名乗るご親戚がいらしたところです。あなたもどうなさいましたか?」

 アナもしばし口ごもると、家が変だと訴えた。

「朝起きると朝食のパンが用意されていたり、服の用意がされてあったり……。普段は部屋も別で交流のない大叔父も変だって

言い始めまして」

 ちょうど紅茶と茶菓子がセットされて出てきた。白地に薔薇模様が散りばめられた来客用のティーセットであった。

 紅茶を一口すすってアナはため息をついた。

「お家に妖精さんがいるのよ」

 大人用の椅子にちんまりと座って、茶菓子に手を伸ばしながらベルが言った。小さい子供にとっては今回の騒動も大したことで

はないのかもしれない。

「この子ったら……。もしお婆ちゃんだったらどうするの?もう亡くなっているのよ」

「だったら今年もクリスマスのプレゼント、もらうのよ!」

 娘の感想を聞いて、アナは大きなため息をついた。

「そんなに心配なのだったら、一度ルークを行かせましょうか?」

「お願いしてもいいでしょうか」

 アナの返答を聞いて、ロリーはうなづいた。


 翌日、早速ルークはアナの家に向かっていた。家は古くからある閑静な住宅街にあり、広い間口の玄関には分厚い木の扉が

はまっていた。

 玄関のインターホンを押そうとした時、背後から手が伸びてくるのを感じた。驚いて振り向くと、すぐ後ろに白い式服を着たゲオルグ・ウッドゲート司教が立っていた……。

「おや、ルーク。セールスマンかと思ったぞ」

「司教。あなたも呼ばれたのですか?」

「ああ、ミセス・オベールの弟さんにな」

「俺はアナさんにです……」

 2人は目を合わせるとしばし黙り込んだ。

「予定がかぶったか……」

「そのようで」

 仕方がないのでルークがインターホンを押すと、すぐに女性の声が答えた。

 アナに玄関から中へと案内されると。司教がつぶやいた。

「クレマン氏はいずこ?」

「ああ、大叔父なら部屋に。今朝からこもりきりなんです」

「それでは、挨拶してこよう……」

 アナに部屋を教えてもらうと、司教は自分で氏に会いに行った。

 リビングに残されたルークは、アナに話しかけた。

「家の様子はどうです?祖母に話したように……」

「ええ、今日は電気ケトルが勝手に沸いていて……」

「それは困りますよね」

 何から手をつけていいかわからないので、司教の首尾を見ようと思い、ルークは視線をクレマン氏の部屋にやった。それを見て、アナが話し始めた。

「大叔父は、昔から博打が大好きで……。あんな年になった今でも若い人とつるんで遊んでいるんですよ。この前なんか借金のカタに時計なんかもらってきたりして」

「博打って、カードゲームのことですか?」

「ええ。借金はないみたいだからいいんだけど……」

 ルークが答えに困っていると、司教が年老いたギャンブラーの部屋から出てきた。

「クレマン氏の部屋には、異常はありませんね。すると……」

 司教はルークの肩を叩いた。

「がんばれ」

 ルークは苦笑いすると、なんらかの痕跡がないかを探してリビングを見渡してみた。

「あれ?あの置時計はお祖父さんの工房作の……。この前売れたって自慢してたヤツだ」

 台座に大きな月長石のはめ込まれた時計には見慣れたエンブレムが刻まれていた。

「む。そうなのか?それじゃあ仕掛け付きじゃないか。怪しいぞ……」

「そうですね。お祖父さんに聞いてみよう」

 ルークは、便利な世の中になったなとか思いながら、携帯電話を取り出した。祖父の仕事場に電話をかけると、運良く彼は電話に出てくれた。電話の設定をスピーカーにして、ルークは会話を続けた。

『その時計には、監視カメラに似た機能がついていてな。客間を主人が自分の部屋から見たりとかを想定して作られておるんだ。』

「監視カメラ……他には?」

『音は聞こえないはずだ』

 会話を聞いていた司教がうなった。

「お手伝いお化けに監視カメラ……。どうなっているんだこの家は」

 祖父に礼を言ってから電話を切るとルークが言った。

「お化けはともかく、監視カメラは人為的なものですね……」

「うむ。お化けはともかくな」

 なんだか機械仕掛けのように司教が繰り返し言った。それを聞いていたアナが不安そうに尋ねた。

「問題が大きくなりましたか?」

「いいえそんな。でもこの仕掛け時計は?誰かにもらったものですか?」

 司教が逆に尋ね返した。

「はい、大叔父の知り合いのギャンブラー氏からです。借金のカタだそうで。でもいい時計でしょ?」

「それが問題アリでしてな」

 事情を説明すると、アナの顔がこわばっていった。

「じゃあ、覗かれていたってこと?」

「ええ、そうなりますな」

 アナはあわててクレマンを呼びに行った。

「なんだと、そんなことが……」

 血相を変えたクレマンがやってきた。仕掛け時計をまじまじと眺め……

「なんてやつだ。すぐに叩き返してやる!」

 彼は難儀そうに時計を抱えると、帽子もかぶらずに家から出て行ってしまった。

「友情にひびがはいってしまいましたね」

「もともとギャンブラー同志の友情だ。たいしたもんじゃない……」

 2人が小声でひそひそと話していると、アナがポツリといった。

「いたずらなんかじゃない。お手伝いお化けはお祖母さん……」

 アナは手近な椅子に座り込むとさらに続けた。

「まだ祖母はこの家にいるのですか?心残りなんて見当がつかないのですが」

「まあ、いまのところはいらしてませんね」

 ルークが仕方ないといった風で答えた。

「今生きてらっしゃるご家族同志の時間を大切にしてください」

「まあ……それがカミーユさんの心の安らぎにもなりましょう」

 司教もルークに続けて言った。

「そうですわね。……いろいろと騒ぎ立てる前に来てもらってありがとうございました」

「いいえ、そんな。またご用があれば店の方にいらしてください」

「ご無理のなさらないように。また何かあれば教会に……」

 ちゃっかりと営業しておいて、ルークと司教は家を後にした。

 玄関までアナが送ってくれ、さあ出ようとしたとき、前から長身の老婆がやってきた。歳のわりには背筋もしゃんとし、ベージュの衣服を着た彼女は2人と入替わりで玄関の方へと入っていき……。

(カミーユさん……)

 唖然とする2人を残して、彼女はアナがまだ開けたままの玄関へと入っていった。

「またいらしてください」

 笑顔で彼らを見送るアナには、なにも見えていないようだった……。

 

第3章 香り玉

 

 司教と霊媒師の来訪以来も、『お手伝いお化け』の活動は続いていた。アナはすでに慣れっこになってきていて、例の仕掛け時計を返却しにいったクレマンも、半ば諦めたようになっていた。アナはお化けの活動が年を跨ぐまで続くようならもう一度ロリーに相談しようと思い、のびのびになっていたクリスマスの準備に取り掛かった。クレマンが一緒に家にいてクリスマスを祝うのかは

疑問だったが、毎年のクリスマスを楽しみにしている(主にプレゼントをだが)娘のベルをほうっておくわけにもいかなかった。

「今年はどんな飾りつけにしようかな」

 遅ればせながら1mほどのもみの木を購入して、リビングの奥の方に据えた。

「お母さん、飾りは私に選ばせて!」

「じゃあ、一緒にお店に行きましょう」

 司教と霊媒師に『家族での時間を大切に』と言われたからではないが、アナは家族での団欒作りに本腰をいれたくなった。

 彼女らは支度を済ませると、家に鍵をしっかりと掛けて出かけた。クレマンは遊びに行って帰ってきていなかった。

「クレマンおじさんはどうするの?もし帰ってきたら1人になっちゃうよ?」

「大丈夫よ。おじさんはお年だけれども子供じゃないから。ほうっておいても危なくありませんよ」

 といったものの、仕掛け時計のことが頭をよぎった。

(ウチを覗き見るためにあんなものをくれるなんて。お金でも欲しかったのかしら……)

 家賃収入は銀行口座に直に振込まれることになっていたし、現金を家に置いておく習慣もアナにはなかった。

(あとはクレマンおじさんの年金くらいね……)

 それならば、時計はリビングではなくクレマンの部屋にあったほうがよかったわけだ。

(まあ、おじさんがカタをつけるでしょう)

 アナはそう考えることにすると、街の雑踏の中を娘の手を引いて進んでいった。


 一方その頃、クレマンに仕掛け時計を渡していたハル・モースは、クレマンが自分のことを盗撮もろもろの件で訴えやしないかとかいったことを超えた心配を抱えていた。あの時計の仕掛け越しに金を盗みに入ろうとオベール家のリビングを見ていたのだが、彼は見てしまっていたのである。『お化け』を……。

「婆さんが死んだなんて聞いてなかったぞ。いや、時計を渡したのが死んでからだから、画像のなかでピンピンして家事をこなしていたのは……!」

 彼はかれこれ30分ほど車の中で悶々としていた。お祓いにいくべきだろうか……いや、そんなことをすれば悪事に足がつく。

それとも仕掛け時計を返品に行くべきだろうか。魔法用品になんか金を注ぎ込むべきではなかった。あんなものその手の人々が愛好していればいいのだ……。

「畜生ッ!どうすればいいんだ」

 彼はとりあえず、彼をこんな状況に追い込んだ(賭場も出入りしづらくなっていた)オベール一家に『復讐』しようと、ここ数日家を車で張り込んでいる途中であった。今日はアナと娘が家から2人で出かけるのを見て、後をつけてきて、2人が入っていったクリスマス用品店から出てくるのを待っていた。店はちょうど小さな交差点の脇にあり、『おどかす』にはいい場所だとハルは考えた。

 少しして、買い物袋を抱えたアナとベルが出てくると、彼は車のギアを切り替え、エンジンをふかしながら勢いよく曲がり角へと突っ込んで行った。


 アナはクリスマス用品店から出ると、今一度買い物の内容を確かめた。星飾りと色鮮やかなのもさもさとしたテープ、丸いオーナメント、娘と一緒に作ることにしたオレンジの香り玉作成キット……。生のオレンジ数個と青い幅広のリボン、瓶に入った香辛料の粉であった。

 交差点に差し掛かると、信号が青に変わるのを娘の手を握って待っていた。信号が変わり、歩道を歩き出した。

 すると、タイヤの軋る音を立てて、一台の青い小型自動車が猛スピードであらぬ方向へと突っ込んでいった。歩道の向こう岸にあった消火栓へと突っ込んでいった車は、なぜか大きなカラスがフロントに張り付いており、消火栓に突っ込んだ後も、カラスはフロントガラスをつつきたおしていた。

 唖然とした通行人たちが見守る中、カラスが去ってしばらくしてから車は動き出し、フロントのひどく凹んだ姿でよろよろとどこかへと姿を消してしまった。

 アナは驚いた表情で娘を引き寄せると、娘もおとなしく母に抱きしめられるままにしていた。やはりさきほどの事故はこたえたようだった。

「安全第一よね」

 ベルは青い顔でつぶやいた。そうね、とアナも言うと、2人は帰路についた。通行人の内誰かが警察に通報したらしく、バイクにのった巡査が数人曲がった消火栓のあたりに寄ってきていた。


 一方ハル・モースは悲惨な有様になった愛車を運転しつつ、自宅兼工場へと向かっていった。彼は自動車修理工なので、これくらいの修理ならできた。書類に手を加えることも……。(修理工としての腕はそれなりのものだったが、ギャンブル癖のせいで店の売上はよかったが、家計のほうは赤字続きであった)

「畜生、なんだってんだよ。俺の車にはカラスの欲しがるものなんて置いてないぞ!」

 彼は盛大に愚痴ると、フロント付近をじっくりと眺めながら通り過ぎる対向車のドライバーにクラクションを鳴らした。

 もしや、という一抹の不安に駆られて、彼は十字を切った。

「呪われた……?」

 いや、考えすぎだを自分を戒め、彼は急いで帰路についた。


「よくやったぞ、アデル!お前にしちゃ大したものだ」

 ルークはリビングの窓辺で日光浴をしている大きなカラスを褒め倒していた。

「まあ、よくやりました」

 ロリーも今回は喜び顔であった。

 カラスは丸い目を見開くと、もっと褒めてというようにくーくー鳴いた。

「あれから丸一週間、やっと自分たちがやばい状況にいることに気づいてくれる!」

 ルークはなんだかほっとしたようななんともいえない複雑な気持ちで叫んだ。

 祖父からもらった仕掛け時計の購入者の人相書きをアデルに覚え込ませ、ロリーが警戒に当たらせていたのだった。

 カラスは早くも注目されなくなったことに気がつくと、ぺっと日光を浴びてアツアツになったカナブンをルークの顔に吐きかけた。どうやら外にいた時に捕まえていたらしい。

「あ、こら!」

「ルーク、虫を捕まえてッ!捨ててきてッ!」

 ひとしきり騒動が落ち着くと、ルークは祖母に向かい合ってかねてからの気になっていた事を相談した。

「故人の霊が自宅以外に出歩くなんてことあるんでしょうかね。オベールお婆ちゃんは自由っていうかなんていうか……」

 ロリーは難かしそうに眉を寄せた。答えようか答えまいか考えている風であった。

「それに関してはあなたが専門家でしょう。私にはわからないわ……」

「はあ……」

 ルークは祖母の答えを聞いて、顎に手をやった。

「オベールお婆ちゃんはこちらにとどまっている時間が長い。で、心残りがあるわけでもない……」

「単に家族でクリスマスを祝いたいだけじゃないの?」

「そんなもんですかね」

「私ならとっととあの世に行きますけどね」

 祖母の性格ならさもありなんと思ってルークは笑った。

「まあ、一家が気にしていないというなら私たちの出しゃばることではないわ」

「そうですね。で、盗撮犯のほうはどう思います?まだ何かしそうですかね……」

「今回で懲りたでしょう。あとは一家にまかせましょう。私たちが関われるのもここまでよ」

「はい」 

 2人は無言になると顔を見合わせた。そして、オベールお婆ちゃんに関する一件は終わったかに見えた。


 アナとベルは、もみの木の飾り付けを済ませ、オレンジの香り玉を作り始めた。オレンジに青いリボンを巻き、香辛料の粉を全体に振りかける……。簡単なようでまだ小さなベルの手にはあまる代物であった。巻こうとしたリボンに逃げられ、ベルは母の手を借りてなんとか結んでいた。

挿絵(By みてみん)

「これでクリスマスも心配いらないわ」

「やっと出来上がったね!」

 今年のクリスマスは『お手伝いお化け』で悩んでいる間にだいぶ無駄な時間を過ごしてしまっていた。

「明日はご馳走の材料の買出しね!」

「わーい」

 そんな他愛ない会話をしていると、リビングに人が入ってくる気配がした。誰かといっても勝手に出入り出来る中で『生きている人間』

は1人しかいない。にしてもこんな時間に帰ってくるのは珍しかったが……。

「クレマンおじさん、どうかしたの?」

「ん」

 大叔父はぶあいそに手を突き出すと、ジンジャーマンクッキーの入った大袋をベルに渡した。

「あ、ありがとう」

 こんなことは生まれて始めてであった。

「今年のクリスマスは、俺も家にいる……」

「そう、じゃあ一緒に食事できるんですね?」

「おじさんもいっしょなの?やった!」

 2人に喜びの表現で迎えられてクレマンは不器用に微笑んだ。


 第4章 クリスマス

 

 今年ももれなく一人で寂しいクリスマスを過ごそうとしていたハル・モースは、ちょっとした来訪者に悩まされていた。

「なくしたと思っていたものがいつのまにか机の上に置いてあったり、台所の洗い物が勝手に片付いていたり……。」

 彼は地区教会に相談に行っていた。親身になって対応してくれた司祭は困り顔で言った。

「泥棒じゃないのですか?にしては変な侵入者ですが、警察には行きました?」

 問われたハルは沈黙した。警察なんか行ったら細々とした悪事がバレてしまう。困惑顔の司祭との話しを一方的に打ち切って、彼は修理の終わった青い小型自動車で帰りを急いだ。

「ババアのお化けなんかいらない……。突き返してやる!時計の代金だってまだ払えていないのにッ!」

 車を自宅に置いて、彼はバスに乗ってオベール家にたどり着いた。ガレージに手早く侵入し、ボンネットを開けてなにやらブレーキに細工をした。

「あとは連中が車を使うのを待つだけだ」

 彼はちょっとした交通事故を起こして示談金をせしめようと計画していたのであった。しかし、その時はなかなか訪れなかった。

 待つこと一時間、ちっとも家人は家の中から出てこなかった。このまま退散して、連中が事故を起こすままにしておこうかと思ったころ、玄関が開いて、若い男女と子供が家から出てきたのが声で分かった。

(若い男だと?そんなもんあの家にはいなかったはずだが……)

 仕掛け時計でオベール家を覗いていた彼は訝しがった。やがて声はガレージの方に移った。そのまま車に乗り込む音が聞こえ、彼は計画どうりに行きそうだとの希望を持った。

 彼は少し離れた場所で、車に飛び込むスタンバイをすると、自分の顔を叩いて活を入れた。しかし……。

(なに?邪魔してんじゃねえ!どけ若造ッ!)

 銀髪の青年が車の誘導をしようと前に立っているのであった。このままでは彼だけが轢かれてしまう。

 ええい、ままよ!と、ハルは動き出した車の前に飛び出すと、若い女がブレーキを踏むのを待った。しかし、車は右に大きく曲がると、自宅のガレージの端に引っかかって止まってしまった。

 唖然としているハルの肩を青年が叩いた。

「あの……危ないですよ」

「ああ、そうですね」

 ハルは仕方なく通行人といった風でその場を立ち去ろうとした。その時、また肩を叩かれた。うるさいなと思い振り返ると、そこには制服を着た警官が立っていた。

 車から出てきた若い女と青年が見守る中、彼は職務質問された。

「一時間ほど前からここに突ったっていたそうですね。なにしてたんです?」

「…………」

「ガレージにも入っていたらしいし、ちょっと署でお話を聞かせてください」

 ハルは逃亡を試みた。全力であさっての方向に走ってみたものの、少しいったところで警官に捕まってしまった。

「俺はなにもしていない!」

「はい、署で聞きます」

 警官にパトカーに連れ込まれて彼は、黙秘する方向を固めた。もう1人の警官がオベール家の聞き込みに走り、どうやら車のブレーキがおかしかったことも突き止められたらしい。

(これじゃ拘置所送りにされちまう)

 ハルはなんとかその場を逃れようと新たな嘘を考え始めた。その時である。車のルームミラーを何の気なしに覗き込んだハルは驚愕のモノを見た……。自分の横に座っている、薄緑のワンピースを着た長身の老婆は……!


 その後、ハル・モースは全てを正直に白状したらしい。


「今日はこんな事に巻き込んでしまって申し訳ありません。なんてお礼を言っていいかわかりませんわ……」

 車から降りて、アナはルークに礼を言った。

「いいえ、今回の件は俺の弟のおかげです。俺はなにもしていませんよ」

 警察の車両が到着し、数人の警官が降りてきた。これからブレーキに細工された車の調査を行うようだった。事情聴取に付き合って、

彼はオベール家をあとにした。徒歩で自宅に帰る途中、アクセサリー店に寄って、大学の『同回生』に渡すプレゼントを購入しておいた。遠方の実家に帰っている彼女に渡すのは年始のパーティーの時であろう。

 自宅に戻ると、今回の功労者・ロディが出迎えてくれた。

「兄さん、学校でこんなの教えてもらったんだ」

 それはオレンジに幅広の赤いリボンを結んだ香り玉だった。

「器用にできたな」

「母さんに手伝ってもらったんだ」

 ロディは明るく笑うと、リビングの奥に設置した小型もみの木に吊り下げに行った。アデラはそれを見た後、台所にこもって

なにかを準備しだした。時々物を落っことす大きな音がした。見かねたロリーが手伝いに入り、2人でなにかごそごそとやっているのがわかった。

 エイドリアンとイネスはリビングのテーブルでボードゲームをしていた。どうやら小さい板チョコを現金替りにして賭けをやっているらしい。ルークはコートを掛けると彼らの観戦に行った。

 

 年を越したあたりに例の『お手伝いお化け』は出現しなくなった。カミーユさんが『化けてでた』訳は

わかっていない。



 

 



 






 

 




 

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