お野菜賢者その3
第2章 しゃべるお野菜
サークルでのおしゃべりを切り上げたルークとアリスは、コスプレしたままのロディを伴って帰路についた。自宅までの30分ほどの道のりを散歩がてらブラブラ歩いていくうちに、日が落ちていき肌寒くなってきた。ルークはアリスを気遣いつつ喫茶店で一休みするかと聞いた。
「大丈夫よ。運動しなさいって兄さん、っていうか医者からも言われているし……」
「そうだよ。姉さんがこれ以上太ったらどうするんだよ」
「このッ!どの口がそれを言うか!」
アリスはロディの頭を軽く叩くと、コスプレ衣装の被り物を被せた。
「うわ。足元しか見えない」
「ふん、姉を馬鹿にした罰よ」
ふと、視線を感じそれの主を探ったアリスはロディの持っている野菜入りのビニール袋に目をとめた。疲れているのかしら、と思ったアリスは疲労解消のため夕食を手抜きにすることにした。大通りからひとつ入った道でロディと別れると、ルークとアリスは買い物客でにぎわうスーパーマーケットに立ち寄った。出来合いの惣菜を買うと、荷物をルークに持たせてロディが行った道と反対側の道に歩みを進めた。最近建てられた白い外壁のアパート2階のの一室にたどり着くと、彼らは荷物を食卓の上に置いて一息ついた。アリスは紅茶の葉にポットのお湯を注いで3分間待つ間に、学祭で買った野菜をビニール袋から出してみた。
「じゃがいも、ピーマン、ザクロ、人参……。いっぱい入れたわね」
「当然さ……」
自慢げに、ルークは髪をかきあげた。出勤時間が遅めだということで家事を手伝ううちに、大学に通っている間ずっと一人暮らしだったアリスよりも上手にこなすようになっていた。
「このザクロ、結構大きくていい形してるわね。食べる前にスケッチしとこうかしら」
「ああ。君の好きそうな物体だろ?」
「うん。それじゃ、私の部屋に持って行くわね」
アリスは至極上機嫌に自室兼アトリエにザクロを持っていった。そして、そのまま戻ってこなかった。
「どうしたんだ?紅茶が冷めてしまうぞ?」
ルークは心配して部屋のドアをノックした。すると、返事の代わりに悲鳴らしきものが返ってきた。なにかあったらしいとあわてて部屋の中へと入ったルークは、形容しがたい微妙な表情を浮かべているアリスが指差す方と見た。そこにはテーブルの上に置かれたザクロがあった。そしてその横には、ザクロを割ろうとして用意したらしいパレットナイフが置かれていた。べつにゴキブリが出たわけでもなさそうであったが……。
「何があったんだ」
「それが、ザクロを割ろうとしたら『食べないで〜』って……」
「は?」
「ザクロが悲鳴を上げたのよ」
理解不能なアリスの言葉に、ルークはしげしげとザクロを見てみた。
なにやらうっすらと丸い影が2つ見える。その下にはなにやら四角い影が見えた。まるで飾られたハロウィンのカボチャのようだ。袋から出す前にはなんの変哲もないザクロであったが……。 ルークは爆弾にでも触れるように、そーっとパレットナイフを取り上げ、慎重にザクロをつついた。
『痛ッ』
「…………」
確かに、ザクロが悲鳴をあげた。しばらく部屋の壁を見つめて頭の混乱をしずめてから、ルークは部屋を出た。
「どこ行くの?」
「ちょっと実家のほうを見てくる……」
コート掛けのほうに向かって歩き始めたとき、電話が鳴った。アリスが出ると、実家にいるロディからであった。
『姉さん?なんだか野菜がおかしなことになってない?』
「そっちも?うちではザクロがしゃべったわ」
アリスは電話をスピーカーモードにすると、ルークをそばに呼んだ。
「ロディ?野菜がどうなったんだ?」
『うん。母さんが料理しようとしたんだけど……』
ロディは起こったことをかいつまんで説明しはじめた。
事の発端は15分ほど前、コスプレ装束を脱いだロディが野菜を祖母に渡したところからはじまった。
「じゃがいも、たまねぎ、トマト……。忘れずに買ってきてくれたね。ありがとう」
「うん」
「待ちなさい。お釣りは?」
「……」
小銭をしぶしぶ渡し、ロディはリビングで財布の残金を数えようとした。そのうちに、野菜は祖母から母の手に渡り、そこからカレーの具になるためにまな板の上に載せられることになった。まず、玉ねぎから……、と包丁を入れようと手に力を入れたところ……。
『殺さないで〜』
「…………は?」
思わず我が耳を疑ったアデラは横に居たロリーを見た。
「私じゃないわ」
しごく真面目な顔でロリーは言った。そして、玉ねぎの方を見て言った。
「これでしょう」
「そう?そうなのね……」
もう一度包丁を入れようとすると、それは叫んだ。
『きゃ〜。死んじゃう!』
台所の異変に気がついたロディと祖父がやってきた。
「なんじゃ、この変なのは。目と口がついとる」
そういえば玉ねぎにはハロウィンのかぼちゃに貼り付けるような間抜けな目と口ができていた。
「ねえ、じゃがいもとトマトもおかしいよ」
アデラが洗った野菜を入れていたボウルのなかでも、異変は進行していた。
『きゃ〜』
『これが終末の光景……』
じゃがいもとトマトが適当にしゃべりはじめた。
「なにこれ」
アデラが気持ち悪そうに言った。
「なんなのよ、あんたら」
とりあえず会話が成立するのかどうか、アデラが野菜に話しかけた。
『我らが同胞を集めよ……』
『今日はちょっといい日』
「だめだわ。会話にならない。亜精霊以下ね」
アデラは首を横に振った。
「ほう、そうか。じゃ、暇なわしがちょっくら相手してやるかの」
「お祖父さん、話が通じないからってあまりムキになっちゃいけませんよ?」
「そうじゃな。じゃ、てきとーに」
まな板に載った野菜たちをフルーツ皿に載せ替えて、エイドリアンはリビングに持っていった。
「兄さんのとこには知らせないでいい?向こうも同じ店で野菜を買ったよ?」
「そうなの?これ、スーパーで買ってきたんじゃないの?」
「うん。学祭の出店だよ」
「一応電話しておいて。うちだけでもこんなに大当たりだからねえ……」
『ってなわけなんだよ』
「そうか……。そうか」
「どうしたのよ。同じこと繰り返して」
ルークはひとつため息をついてからロディに尋ねた。
「いま、野菜たちはどうしてる?お祖父ちゃんと会話になっているか?」
『全然。意味深なことは喋るけど、会話にはならないね』
「わかった。ウッドゲート司教にも聞いてみる。お祖母さんに伝えておいてくれ」
『OK。了解〜』
電話が切れると、ルークは電話帳をとりだして、地区教会に電話をかけてみた。数コールの後、ウッドゲート司教が出た。
「司教、お忙しいところ申し訳ありません。え?そちらでも?」
『出た〜』
電話の向こうで司教は妙なテンションであった。どうやら、出張先の村の売店で買ったバナナが喋り始めたらしい。
『古城の持ち主一族のための出張ミサに行ったんだ。帰ってきて食べようとしたら微妙な目で見つめてきて……。ナーゼルのお祈り砲も効かなかったしな』
「一体なにをなさったんです?」
『彼が3キロハンマーで叩いたんだ。でもかすり傷ひとつつかん。あれは悪霊か?』
「そうですか……。なんだか祖霊みたいですね」
頭の混乱も収まったルークが言った。
『祖霊?あのハロウィンの時に帰ってくるというアレか?』
「はい。そんな感じですね。会話も成立しない上に個々の人格も崩壊しているようだし、寄り代になっている野菜が傷んでくれば勝手にあの世に帰るでしょう」
『そうか。それならうちでも対処できる。ありがとう』
「いいえ。こちらこそ」
電話を切って、ルークはアリスにあまり心配しないようにと告げた。
「そうなんだ。じゃ、こいつはカゴの中に閉じ込めておこう」
『いやん』
アリスはザクロをお構いなしに蓋付きの籐カゴに放り込んだ。
ルークはもう一度実家に電話を掛けた。すると、今度はイネスが出た。
「父さん?野菜はどうなった?」
『ああ、僕も今聞いたところだ。ロディがベランダ菜園にぶち込んだところだ。増やして一儲けするそうだぞ』
「あんなものを増やそうと?どうかしてる」
『まあそう言うな。今日散財して金欠なんだ。ところで、野菜どもは一体……』
ルークは遅れてきたハロウィンだと説明し、あまり相手しないように言った。
『お祖父さん!もうあきらめてください!』
電話の向こうで祖父がベランダの野菜と戯れているらしい気配が伝わってきた。
『つつくと嫌がるぞ!それ、もういっちょ』
ルークは頭を抱えた。祖父の好奇心は子供のようで気まぐれで恐ろしい。
「じゃあね。あまり気にしないで」
電話を切るとルークは一息ついた。
「はいお茶。温め直したよ」
「ありがとう」
レンジで温めた紅茶をすすりつつ、ルークはテレビをつけた。
「まだ騒ぎにはなってないな。小規模の範囲で収まっているのかな?」
「黒幕は学祭の出店と古城のある村の売店ね……」
「ああ。まあそんなに心配することもない。あんなものまともに相手する人はいないよ」
ルークからの電話を切ったあと、ウッドゲート司教は件のバナナを持ったまま、教会の聖堂に出てきた。あのままナーゼルに任せると、電ノコを持ち出しかねなかったからだ。
すると、規則正しく並んだ木製の長椅子の向こうで、何かが動いた。
「ああ、今日のミサは終わりましたよ。なにか御用でも?」
教区の信者かと思い、司教は優しく声を掛けた。
「…………」
無言で椅子から体をもたげたのは、長い金髪の美女であった。どこかで見たことあるなと思いながら、司教は女性の方に向かった。
「どうかしましたか?」
「あの、このあたりにどこか泊まる場所はありませんか?私、地方から出てきたばかりで」
「泊まるところ?」
見たところ、女性の荷物になるようなものは見当たらなかったし、この季節なのにコート類を持ち合わせていなかった。
「失礼、あなたおいくつですか?」
すわ、家出人か?と司教は思った。
「24歳です」
「ご出身は?」
「××村です」
なんだ、今日行ったところじゃないか。と司教は思った。家出人の線を消した彼は一安心した。しかし、やはり村でみたことのある顔だ……。
「ビジネスホテルなら、前の道を右手に折れてずっと行けばありますよ」
「そうですか?ありがとうございます」
礼を言って彼女は椅子から立ち上がり、教会をあとにした。
その後、司教は祭壇をなんとなく掃除しながら頭の整理を行った。
「あ、思い出したぞ!」
それは古城の受付嬢の顔であった。
「しかし、なぜ彼女がここに?首にでもなったのか?」
新たな疑問が増え、司教は首をかしげた。聖堂の薄明かりの下で見たからか、なんだか生気がないように感じた。
「お化けじゃありませんように」
司教は聖印を切ると、足早に聖堂を後にした。




