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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
第三席 異世界編
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竜-17 道は続く、どこまでも

「にはは。そこでワシを頼ってくるあたり、微妙な気持ちじゃのぉ」


 青色の混ざった白髪に、真っ赤に染まったその瞳。

 頭の横からは黒い角が二本、上に向かって生えている。

 紺色の甚平を着た幼女――の見た目をした老怪はそう言った。


「久しぶり、グレイス。早速だが僕を雇ってくれないか?」

「……名高き執行機関(ネメシス)の主じゃろ。金ならワシより持っておろうに」


 魔法学園の学園長。

 冒険者パーティ『時の歯車』に所属していた実力者。

 氷の魔女――グレイスは微妙な顔でそう言った。

 僕は彼女の肩を叩いて「あっはっは」と笑う。


「それがねぇ。一度『ギン=クラッシュベル』という男の痕跡を消すことにしてさ。当然、ギルドカードも一時的に止めてある。アイテムボックスも使えないし……有り金は護衛の冒険者を雇うのに使っちゃった」

「つまり無一文と。頭が痛くなるのぉ」


 眉間をもみもみと指で挟んで、彼女は言う。


「……事情は、一応な。一応聞いておるよ」


 事情。

 つまり、僕の弱体化と隠匿生活について。

 僕はグレイスの下――つまり、この魔法学園でお世話になろうと思っていたため、事前に彼女に対しては手紙を送っていた。……まあ、送ったのは父さんなので、どんな内容だったのかは分からないけど。


「人を隠すなら人の中。眷属とやらは、たしかに人の区別などつかんじゃろう。加えて、お主がここまで力を落としているのなら……まあ、無理じゃろな。この上、吸血鬼の特性で姿形まで変えられるとなると、この大陸中から50年ぽっちで見つけ出すのは難しいじゃろ」

「眷属の場合、他の時間軸とか異世界とかにもいるからね。大陸どころの話じゃないよ」

「とんでもない規模の話になってきたのぉ……。ワシみたいな老人はついていけんわい」


 ……よく言うよ。

 今でこそ僕の方が強くなったが、初めて会った時は僕よりもずっと強かったくせに。

 つーか、あの当時よりもずっと強くなってるくせに。

 今なお現役バリバリだろお前さん。

 なんだったら、僕やギル、久瀬とマトモに戦える数少ない一人でもあるはずだ。

 えっ、混沌? 

 知らん名ですね。


「ま、簡単に言えば『ギン=クラッシュベルは影以外の全てを失った』と思ってくれ。装備とかは残ってるけど、中身は空っぽさ。『常闇』が居るからある程度は動けるだろうけど……装備が無ければそこらへんの学生にも勝てない」

「でもって、金とかも全部置いてきたから学園で働かせてくれ……か。ワシとて、名高き【執行者】としてのお主なら歓迎じゃったのだがな。姿、変えるんじゃろ?」

「もちろん」


 ギン=クラッシュベルと言う人間は、先50年間、姿を消す。

 きっと、僕の残してきた足跡が、伝説となり、昔話になるくらい。

 昔に生きた何者か、として人々の記憶から薄れるくらい。

 長い間、僕は全くの別人として生きていく。

 当然、同じ体は使えない。

 僕は吸血鬼の特性を使って姿を変えて、別人としてここに潜むつもりだ。


「ただ、ほんっとうに弱体化酷くてさ。太陽に晒されたら死ぬ……ってレベルじゃないけれど、ホント、太陽の下をぎりぎり歩ける程度の吸血鬼みたいな感じ? 日傘ナシだと倒れる自信あるわ」

「そんな脆弱な新任教師を職員にねじ込む身にもなってみぃ。一応アレじゃぞ、大陸一のブランド持っとるすーぱーあるてぃめっと学園じゃぞ? 教員になるだけでも一生自慢していけるくらいのすごいところじゃぞ? 教員採用試験の倍率、聞いてみたいかの?」

「いや結構です」


 ……まあ、やろうと思えば学力で試験を突破することも出来るとは思うよ。

 ただ、なにも大陸で一番頭がいいとは思わないですし。

 教育することに人生をかけてきた人たちと並べるとは思えない。

 並ぶにしても、相応の時間、努力が必要だとは思ってる。

 軽く……数年くらい?

 自力で教師になろうとするなら、それくらいは必要だろう。


 ……まあ、一万年は軽く生きていそうな僕だ。

 たった数年くらい屁でもないのだが……使えるものは使わなくちゃな。

 特に、コネとか。


「……ま、いいじゃろ。能力は失っても、知識まで失ったわけでもなし。学園ではお主、ぶっちぎりで成績よかったからの。それが教える立場に変わったとしても、まあ、上手いことやっていけるじゃろ」

「助かるよグレイス。持つべきものは仲のいい学園長だね」

「誰が仲のいい学園長じゃ。年上をもっと敬わんかい!」


 そう言ってグレイスは、机の引き出しから取り出した袋を僕へと投げた。

 なんとか受け止め、開けてみる。

 すると、簡単なワイシャツにジャケット、ズボンが何セットか入っている。

 そういえば、学園で働く教員はみんな、似たような制服を着ていたな……。


「ま、知らん仲じゃないしの。働きたいというのであれば、働かせてやろう。じゃが、この魔法学園に相応しくない。あるいは教えるには実力不足と判断出来次第、即刻クビじゃ」

「そりゃそうだ。なにも、養ってくれって言ってるわけじゃないからな」


 僕はそう言って、ジャケットを取り出し残った衣類の袋を肩に担ぐ。

 グレイスは再びため息を漏らし……はたと、僕は一つ言うべきことを思い出す。


「あ、そうそうグレイス。眷属についてだけどさ」

「なんじゃ。また頭の痛くなる話か?」


 もうこりごり、という彼女に向って。

 僕は満面の笑みで、提案をする。



「もしも眷属が襲ってきたら、遠慮なく僕を差し出してくれ」



「ぶふっ!?」


 簡単に訳せば、いざという時は僕を見殺せ、ということでもある。

 グレイスもそこらへんは察したか、驚いた目で僕を見ている。


「よ、よくそんなことが言えたの……。お主が死ぬとあれば、大陸中からそうはさせじといろんな者たちが集まって来るじゃろうに」

「そういうのを避けるためだよ。眷属相手には、いくら数を積んでも意味はない」


 それに、人を隠すには人の中……って。

 その作戦は、隠れ蓑にする人たちの安全性を第一に考えなきゃいけないモノだ。

 いくら眷属から隠れたいからって、学園都市に住む多くの人たちを無下に扱っていいわけがない。

 それくらいなら、いざぎ良くこの身を差し出すさ。

 覚醒を使いこなすために――それくらいの覚悟はしてきている。


「……一応、本当に、クソみたいな気分だが、保険もある。というより、本当に眷属が攻めてきた場合に備えて、学園都市の近郊に居た知人に声をかけてきた。……本当に、最後の手段としてな」


 久瀬には、その節は心労をおかけしました。

 本当に、アイツが近くにいたのは偶然だったんだけどな。

 これだけ弱体化しても、アイツの気配だけは不思議と分かった。

 だから、少し寄り道をしてあの女のところまで話をつけに行ってきたんだ。

 ……まあ、思い出せば出すほどに腹立たしいけどね。

 何が『少し見ぬ間に……っくく、少し、いやかなり弱くなったな。いや、私が強くなったのか?』だ。

 ふざけんな。確かに強くなったのは認め……認めざるを得ないけどな! こちとら必死なんですぅ! 今弱くなってるのはより強くなるための準備段階なんですぅ! あと50年もすればお前なんて相手にもなりませんから!


「……随分と歪んだ顔じゃの。仲の悪い姉にでも会ってきたか?」

「はっ、誰が姉だ、あんなクソ女」


 非常に気分は悪いが、久瀬の護衛費のほかに引っ張り出してきた残りのへそくり、全部あの女に支払ってきた。温情で助けてもらうつもりはないが、平等な契約として助けてもらうならまだギリギリ許せなくもない。……つーか、助けてもらうって何? 僕が、アイツに? なにそれ反吐が出るんですけど。


 ……50年だ。

 しっかり、確実に力をつける。

 んでもって、あの馬鹿にした顔ぶん殴ってやる。

 50年間くらい、ちょっと顔洗って待っとけクソ女。いつか殺す。


 ……っと、話がそれたな。閑話休題だ。


「ま、たったの50年だ。僕も一から勉強させてもらいますよ、学園長」


 ただ、50年をなぁなぁで過ごす気はない。

 教員として、基礎をもう一度、一から学び直す。

 その上で力を取り戻したのなら、また、少し違った戦い方も出来るだろう。

 ま、力を取り戻したとしても、影しか使えないんだろうけどね。

 それならそれで、この50年は影の研究を進めるだけだ。

 そう考えていると……ふと、グレイスがしみじみと声を漏らした。


「お主もとうとう、50年に『たったの』を付けられる側にまわったのか……」

「まぁ……無意識、だったけどな」


 それでも、吸血鬼だからね。

 僕はまだ30年も生きていない身ではある。

 けれど、この身は軽く一万年くらい生きるだろう。


「たったの50年。一万年と生きる僕の、僅か人生の200分の1。常人のおよそ『半年分』だ。無駄には出来ないが、決して取り返しのつかない長さじゃない。それに――」


 いつまでも僕が世界をけん引していくわけじゃない。

 次世代に託すときは、いつか必ずやって来る。

 そんでもって、この50年はそのいい機会だ。


「僕だけが強い時代、なんてのは、少しもったいないだろう?」


 この世界から、目下の危機は去っている。

 眷属は居るものの、奴らに人界を滅ぼそうという気は欠片もない。

 大悪魔たちのように、変な気を起こす輩はしばらくは現れないだろう。

 だから、今のうちに次世代を育成しておきたい。

 僕なんていなくても、勝手に世界が回るように。


 ……と言っても、僕だって最強の座を譲るつもりはないですけどね!


「僕は全力で強くなる。弱い間も、強さが戻ってからも。基本を忘れず、努力を怠らず、いつか頂に届くその日まで……この歩みを止めるつもりはない。……そんな僕を脅かす存在が一つ、二つ在ってくれないと、あまりにも張り合いがない一万年になっちゃうからな」


 一人は居る。

 が、一万年もアイツ一人と競うのもさすがに飽きる。

 というか、アイツが一万年も生きているのか分からないし。

 なので、あと一人、二人……いや十人くらいいてもいいけれど。

 心の底から最強になりたいと願うやつらを、僕この手で見出し、育てる。


 ま、眷属から隠れながらの生活にはなるけれど。

 生憎と、ここは大陸中から生徒の集まる学園都市。

 僕を超え得る卵くらい、きっと50年もあれば見つかるさ。


 なんてったって、わずか50年足らずの学園生活。

 ただ隠れ住むだけじゃ芸がない。

 せっかくなら、楽しみの一つや二つくらいは見つけておかないとな。


「お主みたいなのが沢山いる世界とか……ちょっとワシ、生活していける自信ないわい」

「なにいってんだ学園長。お前がその最強候補の筆頭だろうが」

「えっ、なに。ワシ、この歳でまだ酷使されるの?」


 心の底から驚いた様子のグレイスに苦笑し、僕は制服に袖を通した。




 学園編……と呼ぶには、少々長すぎる気もするが。


 しばらく、ギン=クラッシュベルは表舞台から姿を消すだろう。

 50年を『しばらく』と呼んでいいのかは疑問だが。

 存在を消し、眷属から姿を隠し。

 見つからないよう、弱者を貫き。


 そして、いつかは。


 また、その高みへと手を延ばそう。



 僕の最強へと至る道は、まだまだ先へと続いているんだから。




~End~




And Loading…………


■2024/05/02/0:00

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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 南雲巖人、南雲紡、駒内カレン、澄川彩姫、南雲陽司、南雲月影、中島智美、平岸衛太、枝幸沙奈、弟子屈雄武、入堺学、芦別隼人、東堂茜、グレイジィ・ブラックリスト、九六尊、松原真、玉藻御前、獄王ディアブル、…
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