竜ー14 選ぶ道
お待たせしました。
柔らかな風が吹く。
どこまでも広がる草原で、僕はぼうっと立っている。
珍しく思考がまとまらず。
かといって、何も考えていないわけでもない。
「のぉ、大丈夫か、主様よ」
「ん、白夜か」
後ろの方から声がして、振り返る。
そこには白夜、輝夜、暁穂、ソフィアの四人。
僕を見上げる瞳は心配そうだ。
「どうした、そんな顔して」
「あの男と話してから数日……飲まず食わずでそうしていれば心配するさ」
白夜のすぐ後ろから輝夜が言う。
……もうそんなに経ってたのか。
時間の感覚は無かったけれど、彼女がそういうのならそうなんだろう。
――あの眷属から話を聞いて、数日。
ショックだった。
うん……強がらずに言うと、ね。
素直に落ち込んだ。
我ながら、僕らしくは無いと思うけど。
いつもなら無駄な知恵でも振り絞って、『自分が成長できる根拠』をでっちあげる。そんでもって完膚なきまでに論破してたと思う。
まあ、それが通常仕様の僕だろうさ。
星竜王に話を聞いたあの時も。
だから僕は、論理武装でぶち破ろうと考えた。
考えて。
だからこそ、絶望した。
どこをどう探しても、強くなれる根拠なんてなかったから。
思えば、いままで考えないようにしていた。
考えれば思考が詰まると、どこかで直感していたから。
だから考えるのをやめた。
眷属を倒せばいい。
ステータスの★を増やせば、成長できる。
そう思い込むことにした。
――機界王を倒しても劇的な成長が無かったくせに。
確かに強くなったさ。
以前の僕と100回戦えば100回勝てる。
それだけの成長は在った。
だけど。
これを後8回繰り返したところで……神霊王に届くとは思えない。
確かに強くはなるだろうけど。
僕は現時点ですでに、終わりを見つけてしまっていた。
「身体能力で及ばない。いくら能力をかけあわせても届かない」
我ながら、随分と腑抜けたことを言っている自覚はあるけれど。
見えてしまったものは変わらない。
まあ、止まるつもりはないけれど。
走り出した足を止めるつもりはないけれど。
ふと、後ろを振り返って。
色々と思うことはあるわけだ。
そんな事を思っていると、僕の隣に白夜がやってきた。
「なんじゃ、珍しく腑抜けてるのぉ」
「珍しくってなんだよ」
腑抜けてる自覚はあるけど、僕は本来そういうタイプだぞ。
強がって走ってきただけで、たまに折れるし挫けるし。
おまえがどっかのドラゴンに攫われたときも、なんか結構腑抜けてた気がするし。
そんな事を思う僕に、されど彼女は首をかしげる。
「少なくとも妾たちの目には、主様はいつだってかっこよく見えとったぞ」
……言うねぇ。
僕は思わずほほを引き攣らせると、彼女は僕の横腹を小突いた。
「主様はいつだって妾たちの前では、格好よくもないのに格好つけてきたじゃろ。それがいつの間にか板について、今じゃカッコいい主様の完成じゃ」
「お前馬鹿にしてるだろ」
僕は思わず言い返した。
なんかいい感じのことを言っている雰囲気だが、おい白夜。お前【カッコよくもないのに】って最初に言った時点でおしまいなんだよ。お分かり?
半目で彼女を見下ろすが、そんな視線などお構いなしに。
彼女はふざけたことを続けていく。
「妾はかっこいい主様を好いている。じゃがな、なんか落ち込んでいるような主様も嫌いではないのじゃ。なんというか……こう、いい感じのことを言えばいい感じに好感度が上がるのではないか? そんなことを思ってむしろ望ましい」
「台無しだよお前」
そう言って、思わず笑う。
彼女は僕の表情を見上げると、楽しそうに目を細めた。
「そうかの? さっきよりはカッコいい顔になったと思うぞ?」
……そうかなぁ。
自覚なんてないけれど。
まあ、お前がいつも通りで安心したのはある。
「というわけで、妾に好感度を稼がれたくなければとっととかっこいい主様に戻るのじゃ。まあ、妾はどっちでもいいんじゃがな!」
「おい主殿。その女、さっきまで主殿が心配だどうしようと喚いて――」
「黙るのじゃ輝夜! そういうお主こそさっきまで泣きそうな顔しておったからに!」
白夜がそう叫び、輝夜たちの方へと向かっていく。
その光景に目を細めながら、僕は再び思考する。
僕は一体、何のために戦うのか。
最強を目指したい、というのは確かにある。
その頂を見てみたい。そういう思いは確かに強い。
だけど思う。
その根底には――僕の根っこには何がある。
思い出すのは、大切なモノを守ろうとして、世界すら滅ぼした一人の男。
アイツと同じだと思われるのは嫌だけど。
アイツも僕で、僕はどこまで行っても僕なんだ。
「……悩む必要、無かったかな」
もう、答えなんて出てるじゃないか。
今のままじゃ届かない。
その答えは変わらない。
どこかで急激に強くなったりだとか。
ご都合主義展開で最強になったりだとか。
そういった可能性に賭けるなら話は別だけれど。
生憎と、運に賭けられるほど僕の背負うものは軽くない。
大切なモノ。
守りたいもの。
命よりも大切な人たち。
彼女らを見て。
僕は、大きく息を吐いた。
「――おい、星竜王」
「ん? 呼んだか?」
気配なんて感じなかったけど。
この竜は、呼べば来ると思ってた。
僕の隣から声がする。
そちらを見れば、この間も見た竜人の男が立っていた。
「このままじゃ成長はない……といったな?」
「言葉は違うがそう言った。お前の伸びしろは定まっている。潜在能力の不足だな」
「……はっ、ここにきて凡人が顔を出すかよ」
僕はそう笑い、彼へと向き直る。
この先、どれくらい僕は生きていくだろうか?
何十年、何百年、あるいは何千年?
どこまで行っても僕は僕のまま生きるのだろうし。
考えることも変わらず。
千年後も、仲間を大切に生きてるはずだ。
だからこそ。
この先が定まっているとして。
今の終着点より、さらに先に進むヤツが居るのなら。
僕は、こんな半端な力は捨てようと思う。
「――今ある能力、全てを捨てたっていい」
僕の言葉に、眷属は目を見開いた。
ここに至るまでの数年間。
血反吐を飲み込み、泥をすすって。
屈辱を噛みしめて努力してきた。
――そのすべてを、返上する。
この先が定まっているのなら。
影魔法も。
神器も。
不死性も。
奥義も。
今までの経験も。
全てを捨てて、新たなモノを掴みに行く。
「……正気か?」
「我ながら狂気だと思うよ。ただ、これが最善だ」
今のまま進めば。
きっとこの先、僕じゃ勝てない相手が現れる。
そうなってからじゃ遅いんだ。
失うのは……もう二度と御免なんだ。
脳裏をよぎる。
首を折られた少女の姿。
傷つき倒れる仲間の姿。
ずっと、思い出せぬほど昔。
過去も思い出せぬまま、焼け野原で泣いた記憶。
「その時になって、失わないだけの力が欲しい」
僕の言葉に、彼は笑った。
冷酷に、そして獰猛に。
初めて僕を、一個の『敵』として睨んだ。
「失わぬために、今を失うと?」
「今と未来、どっちが大事だよ?」
問答は無用だ、もう決めた。
僕はそう告げると、彼に背を向けて歩き出す。
「悪いが急用ができた。そろそろ帰らせてもらう」
「……そうだな。新たな力を求めるのなら――きっと、我では荷が重い」
個を極めたゆえに、それ以外のなにも出来ない竜人は言った。
僕は銀色の瞳へと魔力を回す。
空間が歪み、あの世界への扉が目の前に現れる。
振り返る。
竜人はなおも笑っていた。
「次に会うときは、同格になっていることを願おう」
「同格? 格上の間違いだろう、クソ蜥蜴」
僕はそう格好つけて笑う。
その姿に白夜たちが、妙に嬉しそうに笑うのが見えた。
……ここは、『何を馬鹿なことを言っているんだ』と止めてくれたっていいと思うんだが。
まあ、そう言ったところで『もう曲がらないだろ、お前は』とか。そういう発言が返ってくるって想像できてしまう。
「主様よ、道は決まったか?」
「ああ、なんだかんだで……僕が頼るのはいつも一人だ」
子供のころから、いつだって。
僕はあの人の背を追ってきた。
全てをなげうってまで。
僕を救った、ちゃらんぽらん。
まあ、俗には【神の王様】なんて呼ばれてるけど。
「最強のことは最強に聞く」
それが一番、手っ取り早いからな。
【作者からお知らせ】
皆さまお久しぶりです。
どうしても執筆の時間がないので、お詫びに数年前に書き溜めた作品を放出中です。
その作品も8章まではストックが有るので、4か月くらいは毎日投稿予定です。
題)狂人は平穏に住む~近いうちに学園潰します~
ローファンタジーの学園モノです。
少しでも毎日の楽しみにしていただければと思います。
毎日18時に予約投稿しておりますので、作者の作品欄からどうぞご覧ください。
以上、お詫びと宣伝でした!




