竜-13 対談と現実
おひさしぶりです!
「いやー。悪い悪い。神霊王のヤツがあまりにも買っていたのでな。はて、どれほど強くなったのかと確かめてみたわけだ」
目の前に居る、角の生えたおっさん。
星竜王ガルバザルム……と、自称していたな。
妙にテンションの高い感じが、また少しムカつく。
そしてそれ以上に、逆立ちしたって勝てっこないってことが苛立たしい。
――この世には、敵対してはいけない存在が居る。
いつか、神王ウラノスが言っていた。
その本当の意味を、今この瞬間に理解する。
神霊王と対した時ですら感じなかった現実味が、絶望感と一緒に押し寄せてくる。
だからこそ、思考は止めない。
手も足も出ないこの化け物が……万一に、僕の仲間を襲おうとしたら。
その時は、どうすれば僕は彼女たちを守り通せるか。
――否、逃がすことができるのか。
それは刹那の思考。
しかし、シングルナンバーの眷属からすれば大きな隙だったのかもしれない。
トンっと額に軽い衝撃が走る。
ガルバザルムの指が僕の額を弾いていた。
「――っ!?」
「警戒。なんとも難儀な人生を送っているな。敵ではない、恩がある。それだけ言ってもまだ信じられぬほど、お主の人生は疑いに満ちていたのか?」
「…………はぁ?」
たった二言。
それだけで信用を得られないことに、この男は心の底から困惑している。
僕は純粋に、混乱した。
なにを……馬鹿なことを言っている?
コイツは気でも狂っているのか?
本気の本気でそう思った。
だけど、すぐに思い直した。
「……生まれながらの最強、か」
言葉一つで相手を信じても。
裏切りの一つや二つでどうにかなるほど弱くない。
それが眷属。シングルナンバーか。
「……ガルバザルム、これが普通だよ。言葉一つで相手のことを信頼できる聖人だらけなら、人類史に戦争なんて起きてない」
「ふむ……難しい言い回しだな。つまり、貴殿は我を信用していないのか?」
「あぁ、これっぽっちも」
どうやって逃げるべきか考えながら、並行して時間稼ぎを進めていく。
視線は外さず、魔力も解かない。
逃げ出せるだけの強化を身体に施したまま、警戒全開で男を見据える。
「まぁ、そのように身構えたところで、我が本気で殺そうとすれば意味無いのだが……まぁ良い。とにかく座ろうか」
ガルバザルムはそう言った。
――次の瞬間、僕らは違う世界に立っていた。
「――っ!?」
「な、なんじゃこれは……!」
白夜たちの困惑の声。
周囲に広がるのは一面の草原。
その中にぽつんと円卓が置いてあって、椅子が人数分だけ揃ってる。
また世界の創造か……?
そう考えたが、月光眼が、今までの経験が、本能が『それは違う』を囁いた。
「……瞬間移動……いや、正確には……【距離間の支配】か」
「……びっくりした。数度見ただけで我の力の本質に気がつかれるとは。いや凄いな……。洞察力なら我以上かもしれん」
そう言いつつも、星竜王ガルバザルムは席につく。
……世界の創造。
そう考えていたものが、その実はただの移動だった……なんていう、馬鹿げた考え。
半分は当てずっぽうだった。
まぁ、それが肯定されてしまった以上……受け入れるしかないのだけれど。
「我は腹の中に宇宙を飼っておる。その中で無数の星が生まれては亡び、知的生命体を生み出してきた。そういう意味では世界創造も正しいのだがな。お主が考えていたような短時間の再生崩壊などやってられんよ。というか、そんなこと出来んし」
つまり、僕は勘違いをしていたわけだ。
僕らは確かに世界を渡っていた。
腹の中にあるあらゆる星を移動していた。
だから、一瞬で世界が入れ替わる――生まれ変わったと誤解した。
……何とも恥ずかしい話だな。本当に。
「……眷属にもできないことがあるのか」
「できないことだらけじゃよ。それが眷属という生命体の最大の欠点でもある」
そう言って、ガルバザルムは再び席を勧めてくる。
……これ以上拒否するのは、ガルバザルムの機嫌を損ねかねない……か。
少し息を吐き、警戒を解かないままで席に座る。
僕の両側に白夜達も腰を下ろし、再びガルバザルムは話し始める。
「眷属とは言ってみれば、ある方向性の力の極点よ。神霊王めに与えられた能力に関していえば、他の追随を許さない。ただし、他の能力は一切使えない。それが眷属」
「……いいのかよ、そんなことバラしてしまって」
「ん? お主のことだし、とっくの昔に察しているかと思ってな」
考えてもいなかった……とは、言えないな。
だけど、『かもしれない』と思ってた程度さ。
炎魔神イフリートならば炎の力。
機界王ギシギブルならば機械の力。
それ以外の能力は一切使うことは無かった。
つまり、その力に全てのリソースを注ぎ込んでいるために、他の力を使えないのでないか――と。
身勝手で、『だったらいいな』程度の妄想として考えていただけだ。
「俗に言う『極振り』ってやつだな。だから強い」
ま、たまに例外はいるがな、と彼は続ける。
「我らが力の極点だとするならば……人間の子らの戦い方は力の乗算。複数の力を用いて戦い、それらをいかに『足し算』ではなく『乗算』に出来るかという、一種の技量勝負。まあ、聞くに我らと似たような極振りもいるらしいが――おいお主、何故そこで苦い顔をする」
「……嫌な奴らのことを思い出した」
毎度毎度。
僕を極限まで追い詰めたのは、一種の力を極めた奴らだった。
加速する、殴る蹴る、喰らう。
この男の言う通り、多くの能力を乗算する僕にとって、個の力を極めた戦士は強敵だ。
だけど――。
「一つの力を極めることこそ最強――とか。そう言うつもりならやめておけ。だって、僕は負け切らなかったからここに居る」
敗北なんていくらでもある。
土を舐め、泥を啜り、涙を流したこともある。
けど、僕はここに生きている。
力の極点どもを相手にして、生きている。
なら、力の乗算が極点に劣る理由は成り立たない。
そう言い切った僕に、星竜王ガルバザルムは――にやりと笑った。
「……そう。個の力は強い。眷属という在り方からして強いのだ。……だがな、ふと考えてしまったのだ。ならば神霊王は一つの力しか使えないのか、と」
「……ッ!?」
初めて見聞きする、神霊王の力の情報。
何もかもが謎に包まれ、ただ、強いということしか分からぬ頂点。
絶対強者、イブリース。
彼/彼女の力を、この男は知っている……のか?
「ああ、ちなみに詳しい情報は伏せるぞ。というか、正直言って全部は知らない。どれだけ多くの能力を持っているのか、永くを生きた眷属をして知らない」
「……つまり」
「ああ、少なくとも現時点の最強は、力の乗算をしてその座に至ったという話だよ」
……その話を素直に信じるのなら。
一つの力を極めるより、多くの力を乗算したほうがいい、ということになる。
だけど、「ほーん、そうなんだー」とはならねぇよ。
「……それ、おまえも知らないだけの大量の能力を、何から何まで極め尽くしてるからこその最強――つまりは神霊王なんじゃないのか?」
僕の言葉に、彼は何も反応しない。
ただ、穏やかな顔で紅茶に口をつけ、ややしばらくして息を吐く。
無言の肯定……と受け取るべきか。
いや、事実そうなんだろうな。そうじゃなきゃ眷属の創造主として君臨し得ない。
「そろそろ……伝えてもよいかの。我が出てきてまでお主に言いたかった現実を」
それは、とても穏やかな声だった。
まるで春のそよかぜのようで。
聞いているだけで心が和むようで。
伝えられた言葉は、凶刃のように心を抉った。
「お前さん、それ以上はもう強くなれんぞ」




