竜ー06 神を仰ぐ
あけましておめでとうございます。
連載してた作品が終わりましたので、こっちの更新に力を入れていきたいと思います。
ワールド・レコード。
SSOに関しても更新(予定)ですので、もう少々お待ちくださいませ。
というわけで、今年もよろしくお願いします。
それは空であった。
それは穹であり、宙である。
人は空に神を見る。
神に祈る時に穹を見る。
絶望を目の当たりにして宙を見上げる。
それはひとえに、神が居るから。
そこには宙が存在するから。
『……強い』
空の果て。
どこまでも続く宇宙の向こうで。
その体躯は、あまりにも果てしない。
太陽は爪先にも及ばず。
黒渦は薄皮一枚剥ぐに適わず。
あらゆる世界で唯一無二。
至高にして絶対。
体長に『光年』を用いる、大いなる宙。
低く響く声が、その瞳が。
ただ、一つの星の一つの生命体へと向かっていた。
『この世界では……狭すぎる、か』
瞼を閉ざす。
それだけで周囲のブラックホールが微塵も残さず掻き消える。
周囲へと衝撃が走り抜け、幾つかの惑星が砕け散る。
そして、宙は眠りに落ちる。
その生命体が、いつかその袂まで辿り着くのを夢に見て。
☆☆☆
「…………は?」
気がつけば、僕は知らない世界に立っていた。
周囲には……時代錯誤な街並みが広がってる。
まぁ、俗に言う江戸時代とか……いや、戦国、室町時代……もっと前かもしれない。
あまり過去のことは詳しくないけれど……過去の日本。そう言い表すのが相応しい光景だった。
「なにが……」
何が起こった。
……いいや、違う。
何が起こったのかはすぐに分かった。
分かったからこそ、理解できなかった。
理解したくなかったのかも。
それは、あまりにも規格外の出来事。
この僕をして、唖然と固まる超常現象。
「世界が一瞬で変わりやがった」
転移ではない。
月光眼を持つ僕だからこそ理解出来た。
これは転移や召喚の類いでは無い。
さっきまでいた世界が一瞬で崩れ落ち、知覚するよりも早く新たな世界が生まれ、この時代にまで成長を遂げた。
今この刹那に。
ひとつの世界が終わり。
新しい天地開闢が実在した。
その事実。
……うまく、言葉にすら表せない。
文字通り、スケールが違う。
僕の魔法と、起こす事象の大きさが……多分、次元において十数は違ってる。
「ふむ? おや主様、転移でもしたのかの? 明らかに転移っぽい感じではなかったが……って、なんじゃこの服は! もしや新たなプレイか、主様よ!」
「……お前は能天気でいいな」
振り返ると、着物姿の白夜がいた。
ま、僕は両眼が月光眼だからな。片目だけの白夜とは、少し感じるものも違うのかもしれない。
まぁ、太陽の眼を持つ彼女だからこそ、逆に感じるものもあるのかもしれないが。
自分の服装へと視線を落とすと、紺色の着物みたいなものに変わっていた。
白夜は白っぽい着物姿で、ほか三名も似たような服装だ。
でもって、暁穂とソフィアが何故か困ったように顔を見合わせていた。
「ふむ。ソフィアさん、これはどう露出すれば良いのでしょう。和装など着た事もない故に……」
「そうじゃな。余も初めてには相違ないが。露出とはそれ即ち心の在り方。佇みの何処に露出を垣間見、享楽に準じるかによるのではないか? ……まぁ、余が言うまでもなく貴殿は露出のプロフェッショナル。……もしや余を試したのか?」
「ふふ、さて、どうでしょうか?」
聞きたくもねぇ会話が聞こえてくる。
僕は反吐が出そうな思いをかみ締め、改めて周囲へと視線を向ける。
魔力は……あるな。
なんなら元いたあの異世界よりも空気中の魔素は多いかもしれない。
大通りは多くの人が行き来していて、珍しい髪色をしている後ろの四名をチラチラ見ては、コソコソと何か言っていた。
まぁ、それは別にどうだっていいんだ。
どこに出しても恥ずかしいバカ達だ。
そういう性癖曝け出してる以上、コソコソ陰口叩かれることくらい覚悟してるだろ。
「しかし……どうしてこんな、いきなり……」
個人的には、あと二人。
覇魔王と名乗る変態を真っ赤な血潮に沈めてやりたかったんだけど。
このイライラ、どうしろと?
ふと、空へと視線を向ける。
ゼウスたちの気配は感じない。
ただ、なんだろうな。
空から……なにか、とても大きなものに見つめられているような感覚を覚えた。
「無神世界……常識が通じないのは常だが、今回の世界は余っ程だな」
これだけの事態が平然と起こる。
それだけで、どれだけこの世界が危険なのかハッキリした。
世界変革の際に、僕たち全員消滅しててもおかしくない……。一刻も早く元の世界に戻らないと。
「おいお前ら、ふざけてる余裕は無くなったぞ」
「我は最初からふざけてはいないのだがな……」
輝夜が疲れきった様子でそういった。
彼女を慰めようと、そちらへと視線を向けた僕は。
ふと、彼女の頭上に浮かび上がった『数字』を見て、目を丸くした。
輝夜『3』
「……まだこのシステム続いてんのか」
嘘だろおい。
変態系のシステムだろ、これ。
世界、一回終わったじゃん。
ならこのシステム諸共消えてろよ……。
あー、もうわかったね。
もう理解しましたー。
この数字が見える時点で、またどうせ敵は変態なんだろ? 度し難い程のド変態なんだろ? いいよもう、ド変態はお腹いっぱいなんだよ。分かるだろおい。なぁ?
僕は頭をガシガシ掻いた。
いきなりスケールの違いを目の当たりにしたり。
かと思えばどうでもいい所でこだわりを見つけたり。
なんというか……こう、とても大きな意思、とでも言うのだろうか。
僕らとは違う次元にいる……例えば、神よりも上の存在の『意思』を感じる。
まぁ、そんなもの。
僕が知る限り眷属か神霊王しか居ないんだけど。
「神霊王……って訳でもないよな」
あいつは多分、なにか用事があれば直接目の前に出てきて、言ってくる。
わざわざ策を弄しない。
どんな敵であろうと傷一つつけられないという絶対的な自信。
それこそがあの存在の根底だ。
なら、こんなややこしい真似はしないはず。
なら、眷属……と、言うことになるんだが。
「ギシギブルとは格が違うな……」
あの男が……眷属最下位、だったか?
だとしても……これはあまりにも違い過ぎる。どれだけ上位の眷属だ? 下手をすれば、シングルナンバーということも……。
頭を悩ませていると、ふと、白夜が隣にやってきた。
「む? なんじゃ唐突に。確かにあの機械男と主様では攻めの質が天と地ほども異なるが……。あ、ちなみに主様の方が上じゃぞ?」
「ふざけてる余裕が無いって聞こえなかったのか? 耳糞つまり果てて死ね」
アホ毛を握り、引きちぎるような勢いでそう吐き捨てる。すると彼女は恍惚に染まって地べたに倒れた。
「な、なな、なんという……! やはり別格か!」
「お、おい白夜! それ以上は流石の主殿もブチギレるぞ! そんなに余裕かましてられる状況でもないからな!?」
輝夜、ド正論。
僕は大きく息を吐くと、空から意識を外す。
まぁ、どんなヤツが相手だったとしても……ここまでまだ、危害らしい危害は特にない。
むしろ、僕を試しているような素振りすらある。
ならば、今はその掌で踊っておこう。
でもって、隙を見て元の世界へと帰還する。
「……それしかないか」
そう結論付けて、僕は改めて彼女らを見る。
「とりあえず、常に警戒だけはしておけよ。どんな世界かも分からないんだから」
どの道、相手は眷属。
どれだけ平穏に見えたとしても。
気を抜くことだけは、絶対に許されない。
僕の言葉に、彼女らは珍しく真剣な表情で頷き返す。
……常にこれくらい真面目だったら、僕としても言うことは無いんだけどな。
そう思って僕は苦笑して。
しかし異変が起きたのは、間もなくのこと。
「鬼よ! 鬼が出たわ!!」
どこからか、悲鳴が聞こえた。
それは、表通りの向こうから。
――鬼、と。
吸血鬼でもある僕は、その単語にいち早く反応し、その方向へと視線を向ける。
いまだかつて、同じ吸血鬼には出くわしたことがない。
もしや他の吸血鬼かと、一抹の興味を持って視線を移動させた僕だったが。
然してそこに見えたのは――本物の鬼。
見上げるほどの体躯に、赤黒い肉体。
人間とは比べものにならない威圧感。
そしてそれは。
僕らをして『威圧的』と理解する程のものだった。
「……難易度自体は、上がってるみたいだな」
僕はそう苦笑して、大地を駆ける。




