記念閑話【ギン=クラッシュベル】
【いずれ第三巻、明日発売!】
ということで、変則ですが更新です!
今回のお話は、小説版第三巻が終わった直後のお話!
先に見るもよし、あとから読んで「おおっ!」となるのもよし!
主人公、ギン=クラッシュベルが題名を冠する特別閑話!
ご覧ください!
ずっと昔。
町と、その周辺がすべて滅びた爆発事故。
その、唯一の生き残りとして、僕は生き延びた。
目が醒めたとき、記憶がないことがすぐわかった。
普通なら、混乱すると思うのに。
不思議と、状況がすぐに把握できた。
記憶がないのに、自分らしからぬ……という言葉はつかえないけれど、自分の思考回路が、まったく別人のものにさえ思えた。
今日も、目が醒める。
窓の外は曇天で、今日も朝から、病院の外には多くの人が集まっている。ああ、今日も不運な少年を撮りに来たのか。いい加減、テレビ局ってのも嫌になってきた。
ふと、僕は胸へと手を当てる。
何かを、なくしてしまった。
そんな感覚だけが、ずっとあった。
それは記憶か、あるいは家族か。
大切な、思い出か。
そのすべて、なのかもしれない。
拳を握り、布団を掻きよせる。
涙が出てくれるわけじゃない。
いっそのこと、泣きわめくことができたのなら。
そう考えなかった日は、ない。
僕がそう、布団の上でうずくまっていると、扉を開けて若い看護婦が姿を現す。
「おきてるかなー? 今日も点滴変えるからねー」
そう言って、看護婦は僕の点滴を新しいモノへと変えた。
それを見つめて、僕は思った。
点滴……って、中身はなんなんだろう?
僕は素直に問いかけた。
すると女性は、微笑ましそうに口を開く。
「実はねー、この中身、ほとんどスポーツドリンクなんだよ? へへー、びっくりでしょ!」
そう笑う、看護婦。
彼女を見て、僕は勘違いした。
大きな思い違いをしてしまった。
――ああ、聞くということは、正しいことなのだと。
失った記憶、何もない中で、一番最初に学んだこと。
未知を誰かに問い、既知にする。
それは、きっと大人からすれば正しいのかもしれない。
けれど、子供からしたら違う。
「ねえ、看護婦さん」
僕は問うた。
窓の外を見て。
耳障りな報道陣を見下して。
「なんであの人たち、ひとの不幸で仕事してるの?」
何故、人の不幸を放送することで、ご飯が食べられるのか。
僕にはそれが分からなかった。
だから問いかけた。
返ってきたのは、異常なものを見るような、二つの目だった。
☆☆☆
そこから、なにも分からなくなった。
問うことは正しいはずだ。
何も間違ってないはずだ。
分からないことを、分からないままにしないこと。
それはきっと正しい。なのに、どうして……。
「ねぇ、聞いた? あの生き残りの男の子……」
「知ってる。なんでも、変なことばかり聞くんだって」
「あの子……事故にあって、頭がおかしくなっちゃったのよ」
「気持ち悪いったらありゃしない……」
看護婦たちが話している。
柱の陰に隠れて、僕はそれを聞いていた。
点滴を吊ったスタンドを押し、自分の病室へと歩き出す。
何故、どうして。
みんな、おかしいよ。
僕が正しいはずなのに。
僕は間違っていないはずなのに。
なんで、子供が質問するのはおかしいことなの?
なんで、僕は思い通りにしゃべっちゃいけないの?
「……助けてよ」
自分でそう言って、自分が一番驚いた。
僕は一体、誰に助けを求めたのか?
分からない、何も覚えていない。
それでもきっと、僕にはいたのだろう。
誰か、僕を助けてくれるような大切な人が。
そう考え至ったら、もう、止まれなかった。
――その日の夜、僕は病院を脱走した。
点滴のスタンドを杖に、路上を歩く。
何度も転んだ、すりむき、痛みが走った。
それでも止まることはなかったし、泣くこともなかった。
その光景を、見るまでは。
「あ、ぁ……っ! ああぁ!」
そこは、地獄だった。
否、地獄の跡が、広がっていた。
既に炎は消えている。
されど、壊れた街並みはそのままだ。
小さな丘で、僕はその光景に崩れ落ちる。
何故、僕はこんなにもショックを受けているのか。
その答えは、明白だった。
――こんな光景を見ても、何も思い出せなかったから。
分からない。
分からない……!
なんで、どうして!
どうして僕には何もない!
味方もいない!
守ってくれる人なんていない!
僕の周りには……僕を食い物にする輩と、僕を気味悪がって陰口を囁く輩しかいない!
僕が助けを求めた人。
僕が大切に思っていた人。
僕を、大切に想ってくれた人。
全部、全部忘れちゃった。
忘れ、忘れたく、なかったのに!
「だれ……が」
誰だ、僕が大切に想ってた人たち!
名前も顔も、思い出せない!
なのに胸が苦しくって止まない。
どうしようもなく苦しくて、吐き気がする。
「なん、で……」
僕は、言葉にしてしまう。
きっと、言ってはいけない、そのセリフを。
「なんで……僕も、死ななかったんだよ!」
こんなことなら、生きていたくなかった。
僕も、死んでいたらよかったのに。
頬を涙が伝う。
気が付けば、僕は意識を失っていて。
目が醒めたときには、また、僕の姿は病院にあった。
☆☆☆
僕は、理解した。
この世界において、僕こそが異常なのだと。
テレビで映る天才子役。
それを見て、あまりに稚拙と思った。
その時点で、僕はきっと人並外れてる。
だから、僕はあきらめた。
僕は、僕であることをあきらめた。
僕は、仮面をかぶることにした。
形のない、僕が平凡と思う男の仮面を。
平然と嘘を並び立て。
平凡に笑い、平凡に悲しみ。
平凡に怒り、平凡に喜ぶ。
けっして自分を崩されない。
どんな時でも笑みを崩さない。
そんな、一人の少年を造り上げた。
周囲に異常と思われない。
平凡に周囲へ馴染み、誰からも必要とされないし、誰からも不要ともされない、そんな少年。
きっと、その少年の人生に意味はないと思う。
それでも、生きるしかないんだ。
僕は死ねなかった。
死にたかったその時に、運悪く生き延びた。
その時点で、僕は生きるべきなのだと思う。
どんな過去があったのかは分からない。
どんな想いの上に、今を生きているのか分からない。
それでも。
何かしらの想いがあって、生きているのだろうから。
僕は、生きなきゃならない。
たとえ、どんなに無様でも。
この生涯に、何の意味もなかったとしても。
誰一人、信頼するに足る人が現れなかったとしても。
僕は、生きる。
生きることが、僕の生きる目的だ。
僕は鏡の前に立つ。
もう、昔の自分は踏み捨てた。
頬を無理やりに吊り上げる。
まだまだ不格好だが……じき、板についてくるだろう。
僕はそう考えて、空を見上げる。
クソったれた曇天だ。
それに対してため息の一つも出したくなる。
けど、僕は笑った。
笑うことが、弱者に出来る唯一の強がりだったから。
「さあ、今日も元気にいってみよう!」
それが、僕の始まり。
名もなき少年が、死に絶えて。
ギン=クラッシュベルという人格が生まれた、その瞬間。
☆☆☆
「あーるじさまっ!」
「ぐへぇ!?」
最悪の目覚めだった。
衝撃と痛みに目が醒めて、僕は視界に広がるアホ毛を見た。
そして、今の声が誰のものであったか、即座に理解した。
「ぬふふ……どうじゃ主様! 目が醒めたときに妾が目の前にいるという幸せは!」
「ああ、ぶっ殺してやりたくなるな」
僕はアホ毛を引っ張ると、少女は「あいたたた!」と叫ぶ。だが嬉しそうだった。この変態め。
そんな変態を、病室に入ってきた数名が苦笑いして見つめている。
「ちょっと白夜……病室ですよ、静かにしましょう?」
「そうだぞ。主は神狼と戦った直後。かなりの疲労があるのだからな。……なぁ? 神狼フェンリル」
小さな少女と、長身の女性の声がした。
長身の女性は嫌味交じりに、もう一人の少女へと視線を向ける。
そこにはプラチナブランドの髪を携えた、一人の少女が立っている。……これがあの神狼フェンリルだってんだから、人生どう転ぶか分からないよなぁ。
「申し訳ありません。お詫びに……そうですね。私の脱ぎたてほやほやの下着などはいかがでしょうか? もちろん無料です」
でもって、あの神狼フェンリルが露出狂だっていうんだもんなぁ。
ほんと、何がどうなるか分からない人生だ。
フェンリルの言葉に、騒ぎ出す三人。
そんな三人に苦笑しながら、僕はベッドの上に上がってきた子ライオンを抱きしめる。
夢を、見ていた。
とっても昔の夢だった。
今ではもう、忘れてしまったことの方が多いと思う。
あの絶望も、あの悲しみも。
あの涙も、もう、ほとんど覚えてない。
それでも、これだけは覚えている。
諦めようと思った時の、どうしようもない虚無感。
これから生きる、何十年か。
それをすべて無駄に生きると決めた。
あの瞬間に、感じたもの。
信じられる人もいなくて。
大切に想う人も、想ってくれる人もいない。
死ぬまで一人で生き続ける。それだけの人生。
僕が生きるのは、そういう道だって。
……そう、思ってたんだけど、なぁ。
「おい主様よ! こやつは頭がイカレてるのじゃ!」
「お前が言うなド変態」
「なんじゃとおおおお!?」
「ちょ、ちょっと二人とも……病院ですって!」
「それではマスター、今脱ぎますので少々お待ちを」
騒がしい日々に、僕は目を細める。
手が、少し震えていた。
僕の膝に座るライオンが、震える手に顔を押し付ける。
暖かくて、楽しくて。
ついうっかり、仮面も忘れてはしゃいじまう。
僕は笑って、目元を拭いた。
「ああ、クソったれ、うるせぇなお前ら!」
僕は、今を生きている。
そんな今が、僕は幸せだ。
読んでくれてありがとう!
藍澤建より、感謝をこめて。




