失-20 ようこそ絶望
なんか忘れてる気がすると思っていたら、まさかの予約投稿忘れてました。
「混沌様ッ!」
ふと、聞き覚えのある声がした。
そちらを見れば、闘技場の壁をとびこえ、こちらへと駆けてくるサタンの姿があった。にしても……こうしてみると闘技場もボロボロだな。数年前に私が攻撃したものを改築し、さらに今回もこのザマだ。そろそろ建て直した方がいいと思う。
「混沌様、ご無事でしたか……! ギルも……」
「……雑多が、これがご無事に見えるのか」
そう言ったギルは、四肢を大地に投げ出している。
傷は全て癒えているものの……身体中には至る所に鮮血の後が残っている。私は終焉の性質上、あまりダメージは受けていないが……彼にとっては一歩間違えれば即死の大仕事だったろう。
「眷属の……そこの女の気配が、魔力が消えたのを感じて戻って来ましたが……さすがは、我らが主。まさか、上位眷属を倒してしまう日が来ようとは……」
「はっ、これでどこぞの神王にも、威張り散らせるというものだ」
まぁ、あの男は上位の中でも上位……シングルナンバーを相手に圧勝するような怪物だがな。まだまだその域には程遠い。
私は胸へと手を当てる。
言霊王の打倒により、己が体の内に、新たな『王冠』が火を灯す。
レベルCROWNとは、私も初めて見知った言葉だが……これで十の空座のうち、二つの席が埋まったわけだ。
炎魔神イフリートを倒した時と。
今、言霊王セイズを倒した時と。
もちろん、セイズの方が格上だったこともあり、イフリートを倒した時よりも遥かに体が充実している。まるで、レベルアップを急激に重ねたみたいだ。
「まだまだ、強くなれるらしいな、私も」
「……ふん、この化け物めが」
ギルが呆れたように鼻を鳴らす。
……ふと、気配を感じてみれば、多くの出場者が戻って来たようだ。
その先頭には、珍しく戦闘服を身につけたアスタロトの姿まであり、奴は周囲をキョロキョロ見渡しながら震えている。……あんなんでも地獄の大公爵だと言うのだから笑えない。
「あっ、こんと……クロノボス! ま、まさか、本当に倒したんですかっ? アレですよそれ、そこに倒れてるの……上位眷属ですよ!?」
「あぁ、なんとかな。相性が非常に良かった」
近づいてきたアスタロトへ、苦笑して返す。
今回は、相性が良すぎた。
相手の攻撃を無効化、吸収できる以上、これ以上ないほどの相性の良さであったろう。まぁ、それでも苦戦は必至であったが、他の上位眷属が相手だったなら、恐らくは苦戦すら出来ていなかっただろう。
「全く、運に救われるとはな」
「あっ! クロノスさん! 大丈夫だったんですか!?」
幼い声がしてみれば……おや、孤児院の餓鬼ではないか。
私は咄嗟にキツく当たりそうになったが、さすがに保護者の前であの態度をとる訳にも行くまい。……それに、先程までは『いつ眷属に襲われてもおかしくない』と気を張っていたからな……。子供が相手でも気を許す訳にはいかなかった。
「個人的には……怪しいとは思っていたのだが」
まさか、空亡の方が偽物だったとは。
私は珍しく読みが外れたことに頬を掻き。
そして、ギルの困ったような声がした。
「して、クロノス。そのガキは誰なんだ?」
「………………はっ?」
彼の言葉を理解するのに、数秒。
全てを察し、私は咄嗟に動き出すが――既に、遅すぎた。
「さぁて、俺は誰でしょう?」
私の胸を、背後から大きな腕が貫いた。
振り返った先で、子供の口から、大人の声がした。
いや違う……何故私は、こんな大人を子供だと勘違いしていた?
孤児院出身の子供。
ギルやエルザが承認した大会出場者。
妙に私についてくるよく分からないガキ。
そして、私の本名を知っていた存在。
クソ、クソクソクソクソ……ッ!
何故、なぜこんなことに気が付かなかった!
誰がいつ、眷属が一人だけだと言った!
「う、そだろ……!」
焦ったギルが動き出す。
彼はアダマスの大鎌を振りかざしたが、その瞬間、全てが戻った。
【治りなさい】
血潮が逆再生のように戻っていく。
斬られた頭部が再生し、倒れた体が立ち上がる。
それは、悪夢のような光景だった。
最悪にして災厄。手の打ちようのない絶望。
どうして、なぜ、確実に倒したはずなのに。
私の胸から、王冠の灯火が消えてゆく。
戻っていくのだ、なにもかも。
倒した功績も、得た力も。
私たちの消耗を除き、あらゆる全てが元へと戻った。
「……ったく、出てくるのが遅いんじゃないの?」
嫌な声が、耳に届いた。
「悪い悪い、ついつい見入っちまってなぁ」
男は、私の背から腕を引き抜く。
終焉の能力は打ち止めだ。
もちろん、あらゆる攻撃を吸収できる力なんてない。
鮮血が溢れ出し、久方ぶりに肉体の死を間近に感じた。
「き、きさ、ま……ごはっ」
「おいおい、やめとけよ混沌。てめぇは負けだ」
男は、膝をついた私を見下ろした。
何が……孤児院のガキだ。
異世界人に多く見られる黒髪に、その姿は威風堂々が過ぎている。
動じることなき大木、鋼の如き肉体、獣のような眼光。
身体中の全てが『格上』だと断言している。
それも……間違いない、この男はセイズよりも更に強い。
「……はぁ、もう、全く……! ようこそだよ、絶望!」
状況の不味さを理解したアスタロトが、やけくそ気味に叫んだ。
それを前に、眷属の男は名を名乗る。
「眷属序列15位、我が名【簒奪王ロッド】。我が力は【万強奪】。触れた相手の力を奪う力だ」
おいおい、やめてくれよ。
ただでさえ勝ち目がないんだ。
これ以上……私たちにどんな絶望を見せようと言うのだ。
男の腕から――どす黒い魔力が吹き上がる。
どこの誰より、私はその魔力を知っている。
幾億年と共にあり、共に苦難を乗り越えてきた。
――それは、私の終焉だった。
「貴様……貴様ッ!」
「負け犬ほど良く吠える。これで勝機は潰えたか?」
簒奪王ロッドは、私を見下していた。
その視線を受け、私の両脇を二つの影が駆け抜けた。
「はっ! ならば触れさせなければいいだけの事!」
「良くも我が主に……! 万死に値すると知れ!」
大鎌を構えたギルと、拳を構えたサタン。
二人の殺気を受け、されどロッドは動じなかった。
それはひとえに、余裕が故に。
「『止まりなさい』」
声が、響いた。
瞬間、その場にいた全ての人が停止した。
人だけではない、動物も、空気も、何もかもが停止した。
ただ、意識だけが残っていた。
「俺の力は……力を奪い、ストックする力。……例え、他の力全てを生贄に得るような能力とて、なんのデメリットもなく簒奪できるわけだ」
ロッドの両手が、ギルとサタンへと伸びる。
二人は必死に抵抗するが、動けやしない。
だって、今の言霊王セイズには、慢心も余裕もないから。
一度殺され、残ったのは全身全霊だけ。
この一瞬のためだけに、全力を注いで私たちの動きを止めに来ている。
「悪いが、貰うぞ、その力」
「ま――、や、やめ――ッ!」
声を上げるが、届きはしない。
彼の両手が、二人に届く。
そして、耳を塞ぎたくなる言葉の羅列が響き渡った。
【簒奪――絶望の燈】
【簒奪――憤怒の罪】
【簒奪――影神】
【簒奪――太陽神】
【簒奪――月光眼】
【簒奪――原始魔法】
【簒奪――神血の祖】
【簒奪――絶歩】
【簒奪――武の神髄】
【簒奪――血液操作】
【簒奪――眷属召喚】
【簒奪――】
【簒奪――】
【簒奪――】
【簒奪――】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
【簒奪】
どれだけの、時間が過ぎたか。
既に、両名に意識は無かった。
ありとあらゆる力を奪われ、空白と成り果てた抜け殻。
全ての力、全ての努力、今までの全て。
何もかもが奪われた。
そして、男は笑っていた。
「ふっ、ははは、ははははははは! なんという、なんという力だ! 幾年ぶりだ、かのような興奮を覚えたのは! 褒めて遣わすぞ抜け殻共よ! 今の私ならば……シングルナンバーにさえ入れるやもしれん!」
奴の体は、既に理解の及ばぬ高みへ移行していた。
私の終焉。
ギルの全て。
サタンの七つの大罪。
それらを全て【上乗せ】した上位眷属。
ともすれば……全盛期の神王ウラノスにさえ匹敵する【怪物】だろう。
それを前に、私はどうすればよかったのか。
分からない、分からない、分からない、けど。
気がついた時、私は不思議と立ち上がっていた。
なんの力もない、失ったのだから。
相手との力量差は歴然。
勝機など、無論ゼロパーセント。
勝てるはずがない、なのに、立ち向かった。
「……ほう」
私の拳を、ロッドは躱すこともしなかった。
奴は私の拳を右手で払うと、そのまま首を掴み上げる。
「折角の良い気分が台無しだぞ、蝿が。……そうだ。そうだったな。俺は当初、神霊王様が【ギン】なる男を注目しているのが気に食わなかったのだ。そして得た、殺す権利を頂戴した。貴様を殺せば奴を殺して良いと許可を得た。故に、貴様は殺さなくてはならないのだったな」
その言葉に、私は目を見開いた。
なるほど、なぜ私を狙うかと思えば……私はあの男の前座に過ぎないということか。
そこまで考え、私は腹の底から感心した。
あの男を殺すために、私を殺す?
なんだそれは、何故そんなことになっている。
私が負ければ、弟まで被害が及ぶだと?
なんだ、願ってりかなったりじゃあ、ないか。
元より、あの男は気に食わなかったのだ。
ヘラヘラしていくるせに、妙に強くて。
気が合うのかと思えば、血の繋がりのない姉弟で。
あの男に育てられたのだと思うと胸糞悪くて。
潰そうと思っても、何度殴っても折れやしない。
殺したって、簡単に蘇って立ち上がる。
まるでゾンビの体現者。
人間離れした部分しか見当たらない人外野郎。
だけどさ……簒奪王。
あんな弟にも、大切なものがあるらしい。
「――貴様、あの男に手を出すと言ったか」
「まだ囀るか。俺は貴様に返事など求めては――」
返される言葉に耳を傾けることは無い。
私はな、あの男に大きな借りがあるんだよ。
だから、それを返すまでは絶対に死ぬことは許されない。
そしてなにより、私には、まだ、生きてなさねばならないことがある。
私は、簒奪王の腕を握りしめる。
力を込めると、奴は忌々しそうに私の体を投げ捨てた。
私の体は、凄まじい勢いで壁へと突き刺さる。
あまりの威力に意識が遠のく。
だけど、それ以上の激痛で目がくっきりと覚めてしまった。
久方ぶりの、肉体的な痛み。
血の味、死の足音。
いずれも、神で在った時と、同じ感覚だ。
「もう良い、黙れ。貴様は殺す。俺は貴様が嫌いなようだ」
簒奪王が、一歩踏み出す。
その姿を、瓦礫に埋まりながら見つめていた。
――私は、幸せになる権利などないのだろう。
全てを失い、絶望し、世界を怨み。
多くの部下を見殺しにし。
間違い続け、間違いの果てに敗北し。
それでも尚、私は何故か、生き続けている。
きっと私の人生は、ハッピーエンドには程遠い。
幸せには、きっと手が届かない。
そう知っている。
分かりきっていることだ。
そんなことは、他の誰より知っている。
けれど、私は生きている。
生きねばならぬ、そう教わった。
他でもない、私を倒した男から。
瞼を飛ばせば、多くの怨嗟が瞼に映る。
私が見殺しにした部下たち、私が殺した多くの民草。
私が関わり、死んだ者たち。
彼らの恨みが、憎しみが、瞼を飛ばせば思い起こされる。
直視すれば心が折れてしまいそうな、負の塊。
それを背負っている以上、私はハッピーエンドには至れない。
だけど、それでも。
彼らには憎まれて当然だけれど。
私は許されるはずもないけれど。
せめて。
死んでいった彼らの【生】が、正しいものであったと証明したい。
私が為す、正義によって。
私のために死んで行った全ての者に報いたい。
散っていっだ無数の命を、正当化したい。
「……笑いたければ、笑うがいいさ」
私は、拳をにぎりしめる。
ふわりと、銀色の魔力が胸に宿った。
それは、酷く懐かしい魔力だった。
立ち上がり、前方を睨み据える。
簒奪王ロッド。
言霊王セイズ。
この二人を前に勝ち目は皆無。
だが、諦める訳にはいかない。
弟よ。
悪いが、お前の敵は、私が貰うぞ。
この両名が、私の生を否定しようというのなら。
今までの全てを、間違っていたというのなら。
私は、断固としてこの二人を否定しなければならない。
今までの【生】が、正しかったと証明するために。
「――これは、私がすべきことだ」
さぁ、私の正義を執行しよう。
ようこそ絶望。
そしておはよう、時空神。
次回【時空神クロノス】
失って、初めて得るものも、きっとある。




