失-19 さらば終焉
今月2話目!
控えめに言おう。
状況は、最悪だった。
「あら、もうお終い?」
視界の端で、ギルが倒れているのが目に見えた。
目の前には、言霊王セイズ。
奴は片手を頬に当て。
片手で私の首を掴みあげ、笑っていた。
「く……ッ、『終焉』!」
「無駄だ、ってんのが分からないの? 『戻りなさい』な」
奴の手から『喰らい尽くそう』と力を行使するが、すぐに全てを戻される。再び喰らおうにも消耗するだけ。なにせ、あちらは魔力さえも戻すことが出来る。つまり、魔力不足も体力不足も存在しない永久機関。どれだけやろうとこちらが消耗する一方だ。
「く、そが……ッ!」
私は力をふりしぼり、奴の腕を吸収する。
今ので少し、力が戻った。そして同時に拘束からも逃れ得た。
言葉を紡がせる暇もなく、右の拳で奴の喉を貫く。
真っ赤な鮮血が吹き出し、白い首骨が露出する。
奴は、大きく目を見開いて。
『戻りなさいな』
何種類目とも知らない、新たなパターンだ。
瞬く間にやつの傷は癒えてゆく。私は咄嗟にボイスレコーダーを握りつぶすが……ほぼ同時に奴の拳が腹に刺さった。
「が、ぐはぁっ!?」
「あら? そろそろ【耐性】もいい感じかしらね。『私に【終焉】は通用しない』で……ほら、もう、八割がた出来ちゃったわよ」
やつの言葉が、聞き間違いだったらどんなに良かったか。
私は、ボイスレコーダーの木っ端を放り投げる。
既に……十を超える機器を潰してきた。
にも関わらず、奴の『保険』が尽きることは無い。長く生きたということは、それだけ準備する時間があったということ。……どこから取り出しているかは知らんが、間違いない。機会を潰し終わるより先に、こちらが終わる。
「……ギル、生きているな」
「……誰、に、ものを、言っているッ!」
視線を向ければ、ギルが立ち上がるところだった。
ヤツの瞳には、未だ揺るがぬ闘気が溢れている。
その姿が頼もしくて、私は笑う。
されど、そんな私たちをセイズは可笑しそうに見つめていた。
「なーに? もしかしてまだ抗う気かしら? 最初から言っているけれど、アンタらが勝てるはずないのよ。だって、私は喉、右手、左手、どれかが一瞬でも無事なら、その瞬間に全回復できるんだもの。最低でも、アンタらレベルの奴がもう一人居ないと、大前提として勝負にすらなってないのよ」
一瞬、サタンを呼び戻そうかと考えた。
けれど、すぐにやめた。悪手だと察した。
この女は強すぎる。いかにサタンといえど、前に出れば死ぬだけ。私たちでさえ首の皮一枚で命を繋いでいるのだ。……今のサタンに、出る幕はない。
だからこそ、二人で勝つための活路を見出す必要がある。
「諦めなさい」
能力ではなく、純粋な命令が響き渡った。
どうする、どうすれば勝てる。
ヤツの言う通り、右手、喉、左手、いずれかが一瞬でも残っていれば、その瞬間に『戻れ』『治れ』というメッセージを出せる。その時点で振り出しだ。
なら、本当に三箇所を『同時に』潰すしかなくなる。
そんなことが……できるのか、今の私たちに?
「……おい、混沌」
ギルの声に、私は彼へと視線を返す。
――圧倒的な、敗色。
それが、私達二人の共通認識。
このまま戦っていても、勝機はない。
光明など一縷たりとも見えやしない。
ただ、それでも――。
……私たちが、諦める理由にはなり得まい。
「……嫉妬が元で神の王に喰らいついた大馬鹿者」
「会ったこともない相手のために、世界を壊した愚か者」
私は、嫉妬に狂って実の父へと反逆した。
奴は、話したことも無い『愛する者たち』のため、世界を敵に回した。
どっちもどっち、五十歩百歩の愚か者。
もとより……『諦める』などという選択肢、私たちには存在しない。
「悪いが、私は『負ける』訳にはいかないんだ」
「奇遇だな、俺も、負けるのだけは二度と御免だ」
私たちの言葉に、セイズは眉根を寄せる。
「一体……何を言っているのかしら。現実を見たらどう? これ、この状況、アンタらは私に負けるのよ、今更何を言って――」
「「お前のことを、言ってるわけじゃない」」
しかし、きっと彼女は勘違いをしている。
私たちが『負けたくない相手』は、少なくともお前じゃない。
私たちを、負かした相手。そいつの姿が色濃く脳裏に刻み込まれてる。
あの男なら立ち上がる。
そう、容易に想像がつくから、私達もまた諦められない。
もう、アイツには負けたくないから。
「「あの男には……負けられない」」
拳を握る、鎌を握り締める。
前を見据えて、大地を踏み締め。
最後の力を、腹の底から振り絞る。
「ギル、死力を尽くすぞ!」
「貴様こそ……脚を引っ張るなよ、雑多!」
私とギルは、同時に大地を蹴り出した。
このまま戦っていても、勝ち目はない。
ならば。
今この瞬間に、全ての炎を燃やしつくそう。
全ての力を総動員して、この敵を狩り、屠ろう。
弧を描くように、左右からセイズへと向かう。
言霊王セイズ。
奴はチートだが、チートなだけだ。
あの男のように、多種多様なチートを持っている訳では無い。
純粋で強大な【絶対言霊】という力を応用し、出来ることを増やしているに過ぎない。つまり、言い換えれば出来ないことは何も出来ない。
「く……ッ!」
奴は、私たちを交互に見つめて歯を食いしばる。
眷属ゆえに、この世のルールから外れている。
つまり、基礎や基本の『気配察知』『危険察知』などといったスキルは身についていない。人間同様に視覚があり、死角がある。
「この……さっさと『潰れなさい』よ!」
セイズの言葉が、周囲一帯の大地を踏み潰した。
闘技場全体を重力場が覆い尽くす。
あまりの重力に地面が砕け、ステージが潰れる。
その中で、私は魔力を解放させた。
我が力、我が【終焉】よ。
多くは望まない、『力』を寄越せ。
これは、前借りだ。
この先……数年か、十数年か、百年か。
私は、力を失ったとて構わない。
だから、今、この瞬間に。
「この【悪】を、滅する力を!」
私の声に応じ、一気に魔力が膨れ上がった。
それは、感じたことも無い深淵の力。
体から溢れ出そうな程、膨大で絶対的で、恐ろしい魔力。
その全てを、私は笑って行使する。
「――【根源王・竜】!」
私の体を覆い尽くした魔力は、やがて巨大な竜へと変わる。
黒に染まった、禍々しいドラゴン。
白銀色の爪が太陽光を反射する。
自分に差した巨大な影に、言霊王セイズは大きく目を見開いて私を見あげ、そして、その両手をポケットから動かした。
『潰れろ、クソ眷属!』
「ぐ、ぬぅ……ッ!?」
私は真っ直ぐに、セイズへと爪を振り下ろした。
奴は咄嗟に両手で爪を防いだが、余りある衝撃が大地を壊し尽くす。
奴は苦しげに歯を軋ませており、その姿に嘲り、笑う。
『どうした完成形。自分の力が憎いと見える……ッ!』
「こ、この……!」
改めて言おう、私は真っ直ぐに爪を振り下ろした。
つまり、私の腕力に加え、ヤツの『重力』までもが加わっている。恐らく、今のセイズへと加わっている力は常軌を逸しているだろう。
さらに、加えて魔力を込める。
『【混沌終撃】』
私の全身全霊、我が弟さえ追い詰めた最終奥義。
それを全て、我が爪へ込め……振り下ろす!
「ぐ、ぬ、ぁぁぁぁぁぁぁッ!」
音を立て、ヤツの肉が焼ける。
否、溶けるような速度で【吸収】が始まった。
この一撃は【喰らう】特性を持った【終焉】の魔力を限界まで込め、圧縮し、絶対的な密度に高めて撃ち放つ。
この一撃を前には、あらゆる防御は無意味と化す。
どんな防御も『近づいただけで喰われる』。
触れる以前に消滅する、こちらの力に変換できる。
つまり、放った瞬間に勝利が決まる。
完全な耐性もなく耐えられているのは、単に眷属ゆえか。
いずれにしても……これでもう、逃がさない!
『この一撃は、全てを呑む、全てを食らう! その言葉、その力、その魔力! 発した端から喰らい尽くそう! 力に具現するより先に呑み干そう! 我が名は混沌! 全てを喰らう権化なり!』
転移などさせない、回避などさせない。
ただ、この瞬間に、この一撃を叩き込む!
「……は、はっ! こ、こんなもの……重力を解除して――ッ!?」
「気付かなければ、痛みなく逝けたものを――」
セイズは、自分へ向かう重力を解除しようと言いかけた。
されど、すぐに気がついた。
自身の背後に佇む、ギルという名の死神に。
「解いてみろ。瞬く間も不要だ。貴様が混沌の一撃を弾く、躱す、逃げる、受け流すより先に、この大鎌を以て、その両腕と喉を両断しよう」
奴は神血鬼。
ギン=クラッシュベルの肉体を得た怪物。
私の魔力を多分に保有したモンスター。
ここまで、かなり休ませたからな。
奴の魔力は、既に全快まで戻っている。
なればこそ、瞬く間も要らない。
光が通り過ぎるよりも、刹那。
光速さえも超えた一撃で、奴を両断する。
出来る。そういった確信がある。
「ふ、ふざけんな! 冗談やめてよ! わ、私は上位眷属……言霊王セイズ! イブリース様の作った完成形! そ、それが……どうして!」
『お前は私たちを舐めすぎた。……怒らせ、正常な判断力を失わせようと考えてもいたが……それ以前だったな。『愚か者共へ、圧倒的な力の差を見せる』……とでも考えたか? 慢心が過ぎたぞ、上位眷属!』
この女が、この状況まで追い込まれた理由。
それはひとえに、油断していたから。
私たちの心を折ろうと考えた。
心を折って、前言を撤回させようとでも思ったんだろう。
だから、戦いを長引かせようと『積極的に攻撃しようとしなかった』。
だって、全身全霊で攻撃して、精魂着き果たして、それでも尚届かない。
……そっちの方が、相手の心を折るには『らしい』から。
「『私はこの攻撃を弾き返せる』『私は強い』『私はできる』『この攻撃は弱くなる』『この攻撃は――……』……ッ! ふ、ふざけないで、なんで! なんで!? なんで私の『言葉』が通用しないのよ! なんで、なんで! なんで私の見る光景が……なんでよ!?」
セイズは叫ぶ。
全く効いていない訳では無いのだ。
ただ、あまりにも……状況が決定的過ぎた。
『――死ね』
そして、私の爪はやつの身体を『踏み潰した』。
終焉の超過限界での行使。
奴の超重力による威力増大。
極めつけは『混沌終撃』。
それらによってやつの体は完膚なきまでに踏み潰されて。
それでも聞こえた。
『治りなさい』と。
最期の最後で、意地の声が。
『チッ……ギル!』
「分かっている!」
奴の逆再生が開始する。
と同時に、銀色の一閃が肉片を切り裂いた。
「蘇ってみろ。片っ端から斬り裂いてやる。俺の力が尽きるが先か……お前の『再生』が止まるが先か……!」
蠢く肉塊、再生する四肢。
そして、縦横無尽に切り裂く大鎌。
あまりの蘇生速度、あまりの攻撃速度。
蘇っては切り裂き、斬り裂いては蘇る。
永遠にも続くような攻防、泥仕合。
されど、最後には【眷属】が意地を見せた。
「『吹き、飛びなさい!』」
刹那に復元された声音器官。
切り裂くより一瞬早く放たれた言葉は、ギルの体を弾き飛ばす。
それは、一秒にも満たない『空白』だったろう。
されど、眷属にとってはそれで十分だった。
「は、ははは、ハハハハハハハハハハハハ! ハッ! ざまぁ、ざまぁないわね! ざまぁみろ! 私に勝てるわけがないんだよ、馬鹿共が!」
一秒足らずで、肉片は元の姿へと再生する。
言霊王セイズは大口を開けて笑顔をうかべ、両手を前に、ギルを睨む。
「ええ、もういいわ、終わらせましょう! 私も本気の本気を出すわ!」
殺意が迸る、魔力が溢れる。
かつてない、絶対的で暴力的な『一言』を、奴は紡ぎ出す。
――その、直前に。
私は、アダマスの大鎌を振り抜いた。
「【月光斬】」
白銀の瞬き。
それは月よりも美しい。
「……………………は?」
奴の首へ、両腕へ、断面線が走る。
驚いたような、焦ったような、恐れたような。
どのようにも取れる声が響いて、断面がズレた。
もはや、言葉もない。
首は、両腕は地面へと落下し、体は力なく崩れ落ちる。
転がった顔は、驚愕で固まっている。
大きく見開かれた瞳が、私を見上げている。
今際の際の抵抗か、奴は必死に口を動かすが……もはや無意味。
「理解しろ、お前の敗北だ」
そう告げて、私は大きく息を吐く。
大鎌を肩に背負って、腰を下ろして空を見上げる。
心の内より、黒い力が消えていく。
……前借りした、影響だろうか。
あれほど漲っていた力は、今はもう、感じない。
「……全く、この力は、今でもまだ分からんな」
どのような原理で発現したのか。
どうして、このような事が出来たのか。
何故、これほどまでに強いのか。
全てが不明、何もかもが分からない。
それでも、今はただ、感謝を送ろう。
「ありがとう。そして……暫しさらばだ、終焉よ」
かくして、私は終焉を失った。
次回『ようこそ絶望』




