失-18 共闘
私は、拳を握りしめる。
今回ばかりは……『死』が見える。
弟との戦いでも、ここまで苦戦する予感はなかった。
間違いなく、かつて戦ってきた中でも最強の相手。
「なんだ貴様、緊張でもしているのか?」
「あぁ、そうだな。だが、それ以上に血が沸き立っている」
血湧き肉躍る。
身体中が、数億年ぶりの【格上】を前にどよめきだっている。
――格上殺し。
今も昔も、これ以上に沸き立つものは無い。
「ギルよ、片方を貸せ」
「なにを……」
ギルは一瞬、何を言っているのか理解できなかったらしい。
されど、すぐに思い出したはずだ。
――アダマスの大鎌の、初代保有者が誰であったか。
「ある反逆神が、神の王を討つために用いた、神代最強の武器」
私は、彼より大鎌の片割れを受け取る。
私からゼウスへ、そしてあの男へと渡り、再びこの手へと戻ってきた。
懐かしい感覚だ、非常に手に馴染む。
私は大きく鎌を払うと、眷属セイズは目を丸くしていた。
「あらっ、聞いていなかったのかしら? アンタら、ここで死ぬのよ」
「その耳は腐っているのか? 誰がいつ、諦めると言ったのだ?」
私は、アダマスの大鎌を突きつける。
遺憾だが、弟のように頬を吊り上げ、見下げ果てた視線を送る。
こと『挑発』だけで言えば、私はあの男より優れた者は見たことがない。
ならば、屈辱を飲み込んで模倣しよう。
相手は上位眷属、真正面から戦って勝ち目はない。
ならば、精神面から揺さぶる他ない。
私は大きく息を吸う。
ギルは『まさか!』と目を見開いて。
きょとんとしている言霊王セイズへ、私は禁句を口にした――!
「お前の母ちゃん、でべそだな」
「はーい、決定! ぶっ殺すわ!」
瞬間、凄まじい殺気が突き抜けた。
ギルから『何してくれてんだ貴様!』と非難の視線が突き刺さるが、どーせ元々勝ち目が薄かったんだ。なら、怒らせて思考能力を落とす方が上策――。
(とも、思ったんだが……。なんだ、この魔力量は……)
今も尚膨れ上がっていくセイズの魔力量を前に、私は冷や汗を流す。
既に、弟の魔力量をも上回っている。
純粋な魔力量だけで言えば、おそらく神王ウラノスにすら匹敵するんじゃなかろうか。あの男も『底』が見えなかったからなんとも言えないがな。
「今、お母様を侮辱したわよね? お母様の創り上げた完璧で然るべき上位眷属たる私の耳を『腐ってる』などとほざきどころかお母様の高潔で美しく純白で違いないおへそを『でべそ』だなんて頭がイカレて湧いているのかしらいえそうに決まっているわ当たり前じゃないお母様を侮辱する生命体が存在している時点でこの世界はおかしいのよやはり滅ぼすべきねええあの男を抹消対象に考えていたけれどやっぱり変更するべきねこの女この女よ一番ヤバイのは弱者のくせして強いと勘違いして甚だしい侮辱を口にしたこの女こそが一番の害悪一番最初に殺さないといけないう○こよ決定したわ決めたこの女を殺すアンタもそれでいいわねいや反論とか聞くつもりは無いえっ賛成なら別にいいけれどまぁ、コイツを殺す。その決定は覆らないわ」
「お、おまっ――ヤバい奴を怒らせたんじゃ――」
「あぁ、やばいかもしれん」
私がそう返した……次の瞬間。
凄まじい重力が体を襲い、私とギルの体が後方の壁へと叩きつけられる。
あまりの衝撃に、ギルの口から鮮血が溢れ出す。
私はこの体の特性上、こういった攻撃は通用しないが……。
「く……重いッ!」
あまりの重さに、指先一つ動かせない。
馬鹿げた魔力量に、たった一言でこれだけの威力。
……やはり、出し惜しみしていられるような状況じゃないか。
「本来なら、もう少し様子見する予定だったが……」
体の底から、ドス黒い魔力を汲み上げる。
この力は、眠りから覚めて使えるようになった新たな力。
弟との戦いでは、初めて使った力がゆえ、使いこなすことも出来なかったが……今は別だ。
「『根源王・闇』」
私の体から、膨大な魔力が溢れ出す。
身体中を瞬く間に闇が覆い尽くし、身体を書き換える。
より強く、より早く、より巧く、より高位の存在へ。
「あ? 死ねって聞こえなかったかしら? 面倒だからそういうのやめてよね。抵抗されるとイラッときちゃうわ」
私の姿を見て、セイズは顔を顰めて。
その表情を見て、私は笑った。
「そうか、死ね」
次の瞬間、私の体はセイズの背後にあった。
ヤツは驚いたように目を見開く。
その目にはありありと驚愕が映り込んでおり、私は、その顔面へと左の拳を叩き込む!
「ぐ、くぅ……ッ!?」
「ほう、防いだか」
しかし、さすがは上位眷属……直前で腕を上げ、直撃は防いだらしい。
まぁ、ノーダメージ、という訳にはいかなかったみたいだがな。
「こ、この……!」
「さすがはイブリースの玩具。これしきでは壊れないようだが……私はお前が心配になって来た。なぁ、お前、私に触れたぞ?」
「……ッ!」
言霊王セイズの両腕は、黒い魔力に侵されていた。
私の力は、喰らう力。
触れたが最後、耐性のない者なら喰らい尽くせる。
もちろん、これだけ戦力差が離れていれば『触れたら即死』という訳には行かないが……今の一撃で、かなりの力を手に入れた。
私の体から、さらに力が溢れ出す。
セイズの顔が大きくひきつり。
そして、私は再び大地を蹴った。
「さぁ、あと何度触れれば、死に果てる?」
「チィ……!『来んじゃないわよ』!」
セイズの言葉が、風圧となって襲いかかる。
咄嗟に大鎌を盾にし、大地を踏み締め堪えるが、それでも徐々に押し込まれる。
私の姿を見たセイズは大きな笑顔を浮かべて。
――その背後で、巨大な鎌が煌めいた。
「……ッ!?」
「おい雑多、俺を忘れたな?」
セイズは、咄嗟に首を傾げて鎌をかわした。
惜しい……あと数瞬でも気づくのに遅れていれば、奴の首は宙に跳ねていただろう。そうでなくとも、ヤツは首さえ潰せれば無効化できるはず。
セイズは、背後にいた男……ギルへと回し蹴りを叩き込む。
だが、ギルは銀色の瞳を輝かせると、蹴りが直撃する箇所へと空間の歪みが現れる。
それと全く同種のものがセイズの顔面近くにも産み落とされ、気がついたセイズが焦りを見せるが、既に遅い。
「グッ!?」
月光眼の力、転移門。
それを、攻撃の直撃箇所に展開し、その行き先をセイズの顔面へと仕向けた。そうすれば、セイズの回し蹴りは彼女自身の顔面へと叩き込まれる。……シンプルだが、非常に難しい技術。仮にも『元・時空神』だったからよく分かる。
「こ、この……!」
「なんだ、自傷趣味でもあるのか貴様? なるほど、これでもかなりの変態、変人共を見てきたが、お前は中でもとびっきりのド変態らしい」
「ぶっ殺す!」
セイズから、精彩を欠いた攻撃が繰り出される。
その一撃一撃は重く、素早いものであったが、鋭さはない。
ただ、怒りに任せて放たれた拳。
故に、対処するのは非常に楽に見えた。
「……まるで、以前の俺を見ているようだ」
攻撃を受け流し、ギルは呟く。
次の瞬間、大鎌の柄先がセイズの腹を撃ち抜いた。
あまりの衝撃に、セイズの口から鮮血が溢れ出す。
やつの身体は大きく吹き飛ばされてゆき……その先で、私は待ち構えていた。
「あぁ、怒りに任せて暴れ狂うだけの馬鹿は、負けるのが道理らしい」
私も、ギルも。
かつては激情に駆られて動いた。
自分の意を通そうと考えていた走り続けた。
その果てに負けた。敗北を知った。
そして……今度はお前の番だ。
私は、飛んできたセイズに笑顔で返した。
ヤツは、悔しげに歯を食いしばり、両手を私の方へと掲げる。
「『世界一硬い盾』!」
そして現れたのは、眩いほどに神々しい盾だった。
世界一硬い……というのであれば、あの男が使った【想いの守護壁】よりも硬いと見るべきか。ならば、今の私でも壊すのは骨が折れる。
だからこそ、受け止めるのはやめにした。
「貴様は、私を知らないらしい」
私は、人ではなく、生命でもない。
形はなく、性別も消えて、この姿とて仮の姿。
私の本来の姿は『無』そのもの。
どんな形にもなれるし、どんな形にもならない。
誰も触れず、誰をも触れる。
故に、私の前に耐性なき盾など無意味。
私は手を伸ばす。
私の手は盾を【すり抜け】、そのまま奴の喉に触った。
「…………!?」
声にならない悲鳴が聞こえた。
ヤツは勢いそのまま吹き飛んでゆくが、すぐに体勢を立て直し、喉を押さえて私を睨んだ。
その喉は……抉るように『消えていた』。
「おや、忘れ物だな」
私の手には、抉った喉が握られている。
握り締めれば、終焉の魔力が喰らい尽くす。
眷属だ、残しておけば『くっつく』なんて不条理もあるかもしれんしな。だから、私の中に吸収させてもらった。
これでもう、お前は『声』を出せなくなった。
「……これで終わると思うか? 混沌」
ふと、隣から声が聞こえた。
そこには大鎌を肩に担いだギルが立っている。
……さてな。これで終わってくれれば重畳。
私の力は、相性しだいでは上位眷属にさえ通用すると証明できた。
それならばいい。問題なんて何も無い。
ただ……直感していた。
これだけでは、上位眷属は殺せない。
『――【治りなさい】』
響いた声に、嫌な予感が加速した。
私の中にあった【力】が逃げて……元に戻ってゆく。
驚いてセイズを見れば……奴の手には、何やら機械が握られている。
「いやー、焦ったわね。まさか、私の喉を潰してくるとは。さすがに喉を抉られた時は『やばっ!』とは思ったけれど、よく考えたら私が負けるわけなかったわ。だって、私だもの!」
「ぼ、ボイスレコーダー……? あ、あんなもので……能力が発動するのかッ!」
ギルの言葉を聞いて、冷や汗が止まらなくなった。
私は全力を出して、今の結果だぞ。
奇襲からの奇襲、そして油断の隙を着いた一撃必殺。
その上での現状、優位が……たった一言で覆される。
「……混沌、魔力はまだ残っているな」
「しかし……いや、だが。あれは一体どうすれば……」
言霊王セイズの魔力が全快した。
言霊王セイズの傷が全快した。
言霊王セイズの精神状態が全快した。
言霊王セイズの油断が消えた。
言霊王セイズの慢心が消えた。
言霊王セイズが脅威を知った。
……私たちの消耗は治っちゃいない。
「これ、だから眷属は……ッ!」
私は、拳を握りしめ、警戒を全開にする。
言霊王セイズは静かに私たちに微笑むと、両手を広げた。
そして、たった一言こう告げた。
「『処刑を始めます』」
彼女の言葉は、現実となる。
その言葉に一切の虚偽がないとすれば。
きっと、私達二人は、ここで死ぬのだろう。
同格の上位眷属がもう1人スタンバイしてる絶望感。




