失-18 絶対言霊
「あぁ、最初に言っておくわね?」
言霊王セイズは、満面の笑みでそう言った。
「『跪きなさい』」
奴の言葉が響いた瞬間、魔力が弾けた。
感じたのは凄まじい魔力量と、身体中に重くのしかかった重力。
感じたことも無い圧力に膝が折れる。隣のギルは呻き声を上げながら両膝をついており、私は思わず歯噛みした。
「くっ、な、なんという――」
「凄いでしょ! 凄いでしょう私の力!」
視線の先で、セイズは子供のようにはしゃいでいる。
奴の眷属名からも察していたが……今ので確信した。
「言霊使い……なんとも、厄介な能力を――」
「わぁ、すごいわね! もう分かっちゃった?」
セイズは両手を合わせ、楽しそうに笑っていた。
「私の能力は【絶対言霊】! 私の言ったことは全て現実になる! どんな荒唐無稽でも、どんな破綻的なことであっても。私の見る光景は、私の言った光景に等しいの!」
「クソッ! 稀に見るレベルのチート野郎が……ッ!」
隣のギルか吐き捨てた。非常に同感である。
神王ウラノスの【設定の書き換え】や悪鬼羅刹の【能力】を知っている手前、たいていの能力では驚かなくなった自信があるが……こればっかりは頬が引き攣るのを感じた。この女、能力だけでいえばあの神王にも匹敵しかねない。
「だが……ッ、抗えん、程ではない!」
「あらっ?」
魔力を魔力で相殺し、私は何とか立ち上がる。
こうして立ち上がるだけで一苦労。上位眷属……噂には聞いていたが、なんという化け物っぷりだ。我が弟のチート過多でさえ可愛く見えるぞ。
隣を見れば、ギルもまた膝に手を当てて立ち上がっている。
「ギルよ、動けるか?」
「……誰に、モノを言っている? お前こそ足を引っ張るなよ」
「安心した。ならば、行くぞギル!」
体の底から、魔力を汲み上げ、身体中へと纏わせる。
奴の魔力介入を、身にまとった魔力で遮断する。そうでもしなければこの空間で動くことなど不可能に近い。
私は大地を蹴って走り出すと、言霊王セイズは驚いたように目を丸くしていた。
「あら、本当にすごいわね! だけど不敬、神霊王様がお考えになった私の力に対して【勝てる】なんて、思ってる時点で万死よ万死!『弾けなさい』な!」
「ぐ、ぅッ!?」
奴の言葉が響き、私たちの体は弾かれるように左右へ吹き飛ぶ。
咄嗟に体勢を整えて奴を見上げると……そこには、見覚えのある一人の男が立っていた。
黒髪赤目で、見上げるほどの長身。
大して強くも見えない癖に、チートの限りを詰め込んだ反則男。
その男は私に対して、ふっと口の端を吊り上げ笑った。
「お、お前は――」
何故ここに、どうして、いつの間に。
疑問が湯水のように溢れ出すが……私の思考を、ギルの叫び声が描き消した。
「惑わされるな! そこに居るのは【ギン=クラッシュベル】では無い!」
「……ッ!」
おそらく、ギルも同じ光景を見ているのだろう。
その顔にはありありと嫌悪感が浮かんでいる。
私は歯を食いしばって【ギン=クラッシュベル】へと視線を向けるが……やがて、その男が下品に笑ったのを見て『偽物』であると察しがついた。
「あはははは! おいおい、この体、この口調、この性格、何から何まで【ギン=クラッシュベル】って男そのものなんだぜ? それがどうして――」
「……悪いが、俺とその男は遺伝子レベルで似ていてな。幾ら似ていようと、目の前にしていれば必ず分かる。そして、お前は違う」
ギルの言葉に、男はきょとんと目を丸くする。
その視線はギルの方へと向かってゆき……やがて、その掌へと銀色の魔力がこぼれ落ちた。
「まぁいいや、よく分かんねぇし。とりあえず殺すな?」
「……ったく、嫌になってくるな、その姿はァ!」
ギルはアダマスの大鎌を両手に駆け出した。
対する男が両手に生み出したのは――白銀の刃。
私もよく知る神の剣【神剣シルズオーバー】。
だが……何故だ、あの剣は世界でも弟しか持っていない、唯一無二の武器のはず。それを……なぜあの男が持っている。
それに、何より――。
「ギル! 気をつけろ! その男……いや、その女、言霊王セイズはまだ何か力を隠している!」
力を隠している。あるいは嘘の能力を私たちへと告げたと考えるべきだ。
でなければ、『空亡』や『ギン=クラッシュベル』への変身の理由がつかない。
まして、その人物が使った神剣まで完全にコピーできるなど……ただの『言霊使い』というだけでは説明がつかない。
ギルと、【ギン=クラッシュベル】が交差する。
アダマスの大鎌と神剣シルズオーバーが真正面から衝突し、衝撃波が弾ける。
あまりの衝撃に闘技場が大きく揺れる。
私もまた参戦しようと動き出すが……その直前、ギルの銀色の瞳が魔力を吹いた。
――月光眼。
空間を司る万能の魔眼。
世界三大魔眼の一つにして、世界で三人しか保有していない反則の眼。
太陽眼、運命眼に比べれば戦闘能力では劣るものの、その力は他の魔眼とは一線を画する。
ギルの魔眼により、【ギン=クラッシュベル】の動きが硬直する。
「おっ? 空間固定か……動けないな」
「そうか、死ね」
ギルの大鎌が首へと吸い込まれる。
その一撃は【ギン=クラッシュベル】の首を跳ねる……かと思ったが、大鎌は虚空を切り裂くだけで終わった。
なにせ、空間固定の能力は同じ眼によって解かれていたから。
「な―――!」
「『月光眼』。お前に使えて僕に使えないわけが無いだろ?」
まるで、あいつの言いそうな言葉だった。
ギルの一撃をかわした男は、右手の神剣をギルへと振るう。
その一撃はギルの頭蓋骨へと吸い込まれてゆき……直撃する直前で、私の拳か【ギン=クラッシュベル】を殴り飛ばした。
「うぉ……っ!? あ、危ないな……何すんだよ」
「チッ、仕留め損なったか……。大丈夫か、ギル」
「…………ふん、余計な真似を」
声をかけると、ギルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
前を見据えると……【ギン=クラッシュベル】の瞳は銀色へと染まっている。
月光眼か。神剣を使い始めた時点で察してはいたが……この眷属、どういう理屈か、特定の相手へ変身し、その能力を全てコピーすることができるらしい。
「この複写の強さは理解した。だが、オリジナルには遥かに劣る」
ギルの言葉に、私は思わず頬を弛めた。
あぁ、確かにその通りだ。
技術も雰囲気も、あの男の【強さ】も。
この眷属は、要肝心な所を何一つとしてコピー出来て居ない。
「あらそうなの? つまらないわね……。『元に戻る』わ」
口調が変わり、姿が元の赤髪へと戻ってゆく。
その姿は完全に元へと戻って……いいや、正確には違う。
「……どういう、ことだ?」
眷属の姿は、最初から一度も変わっていなかった。
小柄で、赤髪で、青い目をした女性。それを私は『長身、黒髪、赤目の男性』だと錯覚していた。
完全に、彼女の姿を弟の姿に重ねていた。
性別も体格も正反対の二人の姿を、全く【同じ】だと思い込んでいた。
「貴様、ただの言霊使いでは、無いな?」
ギルの言葉に、言霊王セイズはニヤリと笑った。
こんなもの……言霊の力なんて『レベル』じゃない。
言葉一つで相手の記憶の中にすら入り込み、捏造し、自分の姿すら相手に誤認させる。
「見る光景は、言った光景に全て等しい……だったか」
「……馬鹿を言え。それが『文字通りの意味』だとすれば――」
だとすれば、絶望という言葉も生温い。
この女の言った言葉は全てが現実になる。
跪けといえば、皆が一様に膝をつき。
自身へ『私はギン=クラッシュベルだ』と言えば、姿も能力も性格も口調も、全てが『同一人物である』と錯覚させられる。
果ては『自分は無傷だ』なんて口にされれば……最悪の光景が目に浮かぶ。どんな致命傷も一瞬で回復されるなど悪夢もいいところだ。
「これは、本気でやらねばこちらが死ぬぞ」
ギルの声は、珍しく緊張していたように思える。
……この眷属は、他者へと介入していない。
この眷属が持つ力は、言葉にすれば単純だったんだ。
世界そのものへと介入する言霊の力。
正しく、言霊の王様。
「改めまして。私は言霊王セイズ。私が言ったことが現実で、世界は私を中心に回っているの。だから、安心して諦めて? だって私には勝てないもの」
負けるなど、考えてもいないだろう。
言霊王セイズの言葉に、私たち二人は苦笑を返す他ない。
油断も慢心も、一切ない。
相手は格上、最初から分かりきっていた。
だが、これは、あまりにも……。
「それじゃ、殺すわね? 弱過ぎる自分たちを恨んでちょうだい」
この眷属は、あまりにも強すぎる。
稀に見るクソチート




