失-15 化け物
明けましておめでとうございます!
今年も1年よろしくお願いしゃす!
凄まじい轟音が響きわたり、闘技場全体へと亀裂が走った。
「ちょ――!」
「や、やり過ぎだあの馬鹿ども……」
誰かが叫び、私も思わず声を上げる。
まだサタンが根源化を出していないだけ褒められるが……いや、だからといって普通にこんなになるだけ力出すか?
確かに……サタンとギルだ。互いに手加減して勝てるような相手では無いのは理解している。けれど……うぅむ。私が言うのもなんだが――。
「常識! お前ら常識ってのを知らんのか!」
私は叫ぶ、が、最早言葉なんて届かない。
ギルとサタンは幾度となく拳を激突させ、その度に闘技場全体へと衝撃がはしりぬける。私はその光景に歯ぎしりすると、両手を大きくその場で広げた。
「……本来、壊す専門なのだがなッ」
瞬間、漆黒色の魔力が地面へと流れてゆき……やがて、闘技場全体へと『傍目には分からない』程度の、それでいて崩壊しない程度の強度でもって浸透してゆく。
「……力を、全て失ったと聞いていたが」
「あぁ、そうさな。『この力』と引き換えに全てを失った。今の魔力制御能力など、全盛期から比べれば1%にも満たんだろう」
空亡の言葉に、わかりきった言葉で返す。
私は以前よりも遥かに強いが、技量は尽く地に落ちた。
それは私も、第三者であっても共通の見解だろう。かくいう空亡もわかっているのかと思っていたが……そうだな。私が裏切った当初、この女は既に幽閉されていた。詳しい情報は流れてこなかったのだろうか。
「まぁ、良い。これで崩れることはなくなった」
私の部下と、私の創造物。
考えてみれば、私が奴らの尻拭いをするのは当然のことで。
私は一層の魔力を流し、二人に笑う。
「さぁ、思う存分に殴り会え」と。
☆☆☆
「はァァァァァッ!」
私は拳を握りしめ、眼前の体へと撃ち放つ。
その一撃は寸分違わず奴の胴体へと打ち込まれ、衝撃と共にやつの体が吹き飛んでゆく。だが。
『おおっと! サンタ選手の拳がクリーンヒット! これは決まったかぁ!?』
「決まっている、わけがなかろう」
小さく呟き、歯ぎしりする。
奴は特にこたえた様子もなく着地すると、なんの迷いもなく私の方へと歩いてくる。一歩、一歩と大地をふみしめるその姿は……対して思う。私たちよりもずっと悪魔らしい。
「どうしたサタ……サンタ。よもやその程度で吠えたわけではあるまい」
「あぁ、やっと――肩が暖まって来たところだ……ッ!」
打ち込んだまま伸ばしていた腕を戻し、構える。
私は大きく息を吐き、前を見据えると――奴の体はすぐ眼前まで迫っていた。
「ば――ッ」
「生物、生きていれば『隙』ってのが必ずある」
奴の拳が顔面を直撃する。
痛みと共に鮮血が吹き上がる。
刹那に見えたやつの体は、どこか輪郭がぼやけている。
――噂に聞く、『絶歩』という技だろうか。
相手の僅かな隙、呼吸の切り替わり、意識の僅かな『逸れ』、思考。
その瞬間を見定め、視線を誘導し、その瞬間に一気に距離を詰める。
それによって相手からは瞬間移動のようにさえ感じられる……と、その理屈は聞いているが、改めて目の当たりにするとなんという凶悪さ。静と動による錯覚がここまで凄まじいものだとは……。
「だがッ!」
この程度ならば……もっと強い男を、私は知っている。
ふらついた体を大地を踏み締め、整えて。
私は、さらに拳を握りしめる。
できることなど限られている。殴ることしか出来ない、今も昔も、きっとこれからも。ならば考える必要はなし。躱されても防がれても、当たるまで、その命刈り取るまで拳を放つ。
それが私の……出来る全て。
「ぬんッ!」
「……ッ」
拳を放つ。
先程はわざと直撃を食らったギル。
されど、今度の一撃を見たギルはその一撃を確かに防いだ。
その体は拳によって天高くまで吹き飛ばされ、それを見た私は一気に上空へと飛び上がる。
瞬く間に奴の頭上まで飛び上がった私は、空を蹴る。
空気が破裂する音と共に空中で方向転換した私は、吹き飛ばされてくるギルの体へと上空から拳を叩きつける。
「『悪魔の絶拳』ッ!」
私の魔力を拳に集い、一気に打ち放つ。
直撃と共に黒き雷が空を焦がし、周囲へと衝撃波を撒き散らす。
これで少しはダメージも――。そう考え、拳を振り抜こうとした私は……ふと、気がついた。
――私が今殴っている場所に、ギルが居ないということに。
「どうした雑多。幻覚でも見えたか」
「……ッ、ま、さか!」
背後から、声。
そして幻覚、という言葉。
嫌な予感に急かされ、背後を振り返った私の頬へと黒い拳が叩きつけられる。
「『正義の鉄拳』」
そんな声が、聞こえた気がした。
次の瞬間、私の体へと凄まじい衝撃が襲い、一拍遅れて地面へと叩きつけられたのだと理解が及んだ。
「く……そッ、月の眼。よもや、ここまでの力を……」
「この眼は決して劣らない。まぁ、狡知神の保有する眼は別としても、こと幻術においてこの力は眷属にさえ通じ得る」
……確かに、救いの熾火で顕現した『炎魔神イフリート』。
奴にさえ月光眼による幻影は通用した……と、聞いている。
混沌様はその幻影を『自傷』による痛みでかき消した……とも言っていたが、この男、ギン=クラッシュベルが混沌様に敗れ、死した時よりも遥かに月光眼を使いこなしている。同じことをしても恐らく幻術からは抜け出せまい……。
私は膝に手を当てて立ち上がると、やつは難なく着地を見せる。
……なるほど、これは強い。
なんという圧倒的な強さ。私も知っていたつもりではあったが……それでも、改めて戦うとその強さがよく分かる。
「化け物め……」
目を見ずとも、知らず内に幻術へと飲み込まれる。
普通に殴りあっても勝ち目は薄く、いくら警戒しようと容易く懐まで踏み込んでくる。攻撃力は『異常』の一言。加えて腕一本から全身を再生出来るだけの不死性も持つ。
久瀬竜馬も……よくこのような化け物と戦えたものだ。
純粋な個人の力で、という訳では無いだろうが、私は賞賛を送ろう。
なにせ……私には、この男が膝を屈する光景が見えないのだから。
「おいおい、どうした。決着をつけるのではなかったか?」
「……抜かせ。今から、本気を出すところだ……!」
かくして私は、両眼を閉ざす。
幻術……と言うからには、視覚から作用する能力、と考えられる。
ならば反応こそ遅くなるものの、最初から『見なければいい』というだけの話だろう。
私がまぶたを閉ざしてまもなく、ギルの足音が止まった。
「なるほど……な。勝負を捨てた……と言えばそれまでだが。なるほど、最も勝率の高い方法もまた、『視覚を封じる』ということか」
――だが。
聞こえてきたのは、ギルの逆接。
嫌な予感が膨れ上がり、背筋に冷たいものが走り抜ける。
咄嗟に目を見開けば……目の前へと絶望が広がっていた。
黒一色に塗りつぶされた魔法の数々。
炎も氷も雷も。
全て等しく黒く塗りつぶされ、凶悪的な威力に塗れた。
ただひとつ分かるのは……触れればタダじゃ済まないということ。
「くっ……!」
視界を塞ぐことが最も勝率が高い。
……が、この男の『本来の力』を忘れていた。
視界を塞いでの勝率は、あくまでも近接戦闘においてのもの。
この男……ギルのもとととなったのは、ギン=クラッシュベル。
他でもない、世界最凶の――【後衛】だ。
「【破滅の黒球】」
奴は指を鳴らした。
瞬間、炎、氷、雷。3種類の『黒き球』が一斉に迫る。
完全に回避することも……また不可能。ならば、防御を捨て、攻撃に全ての魔力を転じ、一つ一つ拳でもって相殺する! それ以外に方法はない!
私は拳に魔力を集める。無意識下に身体中へと防御に回していた魔力も全て。ありとあらゆる魔力を集め、固めて、拳を握る。
そして――視界の向こう側で、ギルは確かに『ほくそ笑んだ』。
「――ッ!」
「ほう、気づくか今のを」
私は迷うことなく、背後へと拳を振るった。
瞬間、何も無く、誰も居ないはずの背後から声が響き、全ての魔力を集めた拳は真正面から【相殺】された。
限界まで目を見開く。
恐らく……私が目を見開いた僅かな瞬間に、幻術世界へと誘い込んだのだろう。いつの間にか迫っていたギルの姿があり、やつの拳には尋常ではない密度の魔力がこもっていた。
それこそ、私の今の一撃を軽々と相殺できるほどの。
「き、さま……! な、何故そのような――」
「なぁに、理由は簡単さ」
画面越しに、ギルが笑ったのが分かった。
嫌な予感が背後から膨れ上がる。視界の端に黒い影が映り込み……そして、意識を簡単に吹き飛ばすだけの衝撃が走り抜けた。
「が……ァっ!?」
あ、あの魔法は……幻術、では、なかったのか……ッ。
あまりの威力に意識が遠のく。
堪えようとした私の首へとギルの手刀が叩き落とされ、それが完全にトドメとなった。
「負ける悔しさ、何も成せぬことへの憎しみ、怒り……。絶望だけだった俺も、随分とたくさんの感情を知った。故にこそ」
意識が消える間際、ギルの声が聞こえた気がして。
「俺は、あの時よりも遥かに強い」
私は、最後に笑ってしまった。
ならばもう、一体誰がこの男に勝てるというのだろうか。
そんな疑問を、胸に抱いて。
根源化を使えない(悪魔とバレるため)とはいえ、サタンを圧倒!
成長してるラスボスは、何も混沌だけじゃない。




