失-13 怪しい男
今月二話目です。
『と、言う訳でェ! 予選通過者が出揃いましたッ!』
場所は変わり、世界樹の根本。
そこにはマイクを片手にそう叫ぶアスタロトの姿があり、奴の視線が私たちを捉えた。
『今回は大戦終了直後、ということもあり、有名どころの冒険者はあまり居ないようですが、その代わり! いままで日の目を見ることなく燻っていた化け物たちが勢揃いだァ!』
そういったアスタロトの言葉に、私はちらりと隣の方を見た。
そして頷いた。そりゃそうである、と。
有名どころの冒険者……程度じゃ太刀打ち出来るはずもない。
だって、隣に並んでる三人、到達者だから。
『予選通過、第一位! あの執行者、ギン=クラッシュベルの保有していた記録を打ち破り、歴代最速でSランクまで上り詰めた男! その実力はまちがいなくそれ以上と噂されます! 仮面の冒険者【ルギー】ィィィイ!』
大歓声が響き、ルギーは困惑混じりに片手を上げた。
なんということだ。いま大歓声を浴びてるのって、つい最近まで世界を滅ぼそうとしてた奴だぞ?
『そして第二位! こちらもなんと、ダークホース! 冒険者でもなければ騎士でもないただの一般人! なのに強い! そして顔が怖い! 顔面の恐怖度はもはや天井知らずゥ! おおっと、ざわめきが聞こえて来ます! それもそのはず、だって怖いもの! ただの一般人【サンタ】ァァァァァア!』
サタン……ではなく、サンタ。
ネーミングセンスがないのはお前もか……。と頭を抱えたくもなるが、白い頭髪に真っ赤なエプロン(アスタロトの店のやつ)と――なるほど、顔面の怖さを除けばサンタに見えなくもない。
サタン改めサンタは顔を片手で覆い、肩を震わせている。大歓声に感極まってしまったと思いたい。まさか顔面が恐れられ過ぎて悲しんでるとは思いたくない。
『そして第三位! こちらは……こちらは、えー。ここ最近ギルドを恐怖で支配している紅の悪魔! その戦闘方法はまさしく脳筋! 殴る蹴る切り裂くの一点張り! 戦ったら血みどろになるぞ! どっちかの返り血でな! 冒険者でもないのにギルドに入り浸る女【ソラ・ナッキー】ィィィイ!』
そしていつの間にか参加していた赤い悪魔。
奴は青い瞳を子供のように輝かせて手を振っており、ババアがいい歳して何やってんだと思わなくもない。だってこの女、私が産まれる前から悪魔の頂点やってたババアだしな。
そしておい、お前もなんだその名前は。
何? もしかして『クロノス』なんて普通の名前で登録した私が馬鹿だったのか? なにか……そういう名前でボケないといけないシステムでもあったのか?
『そして第四位! 特にこれという実績もなく、特にこれと言った特殊性もない普通の女! しかも第四位というパッとしない結果! もしかしてコイツ弱いんじゃね? 今なら私でも勝てんじゃね? そんなことを思っております! 黒髪ですが、狂った宗教の方じゃないですよ! 普通の女【クロノス】ゥゥゥウ!』
そして第四位、私である。
アスタロトの説明に多くの野次馬が『ほっ』と方を撫で下ろす。……よく分からないが、黒髪というのはなにか特別な意味合いでもあるのだろうか。狂った宗教……というのもよく分からないが。
「おお! なんと神々しい! まるで我らが神のようだ!」
「見て、あの黒髪! そして赤い瞳! あれ、黒く染めてないわ! カラコンでもないわよ! なんて奇跡、なんという神のいたずら!」
「あの髪、一本貰えないかしら」
「私、ちょっと土下座して頼み込んでくるわ!」
「ひいぃいいいい! や、奴らだ! 奴らが紛れてやがる!」
「くっそ……! イエスギン教の奴らだ! 逃げろ、巻き込まれるぞ!」
「く、黒髪よ! 黒髪の大群が土下座を成して迫ってくるわ!」
「凶徒共め! なんで御神体は英雄なのに、その下にくっついてる野郎共は犯罪者一歩手前の狂人ばかりなんだ……!?」
何やら騒がしくなってきたが、とりあえず放っておこう。なにやら聞きたくもない名前がチラリとあがったように思えたからな。
『えー、何やら騒がしくなってまいりましたー。あー、そこの凶徒どもー。そんなことしたって神様は喜びませんよー。むしろ青筋うかべてぶん殴りに来ますよー。あ、怖いから来ないかもしれませんね』
「「「「それはいかん!」」」」
途端に静寂が周囲を包み込み、一瞬にして暴徒立ちを鎮めて見せたアスタロトへと民衆から尊敬の視線が向けられる。
ちらりと隣の方へと視線を向けると、なにやらルギーの奴が拳を固めて震えている。恐ろしかった……訳じゃなさそうだな。何となく怒りの雰囲気を感じる。何故だろう?
「と、言う訳で、なんとなーく空気もアレですし、さっさと説明しちゃいましょう! はい次五位! ギルド追放されたう○こ! アーマー・ペンドラゴンです! はい次ぃ!」
「せ、説明が雑……!」
隣でアーマーが叫び、観衆から爆笑が吹き上がる。
彼の方へと視線を向けたその先で……どういう訳か、予選を通過できたらしい孤児院のガキの姿が見えた。
☆☆☆
「クロノスさぁん!」
予選通過者の説明が終わった。
私はルギーやらサンタやらナッキーやらう○こやら。
ああいったヤツらと別れ、一人歩いていると……ふと、背後から声が聞こえてふりかえった。
そこには……予選を通過したらしい孤児院のガキの姿があり、私は無表情で奴を見下ろす。
「私を呼ぶな、そして近づくな」
「そ、そんなぁ……。せっかく頑張ったのに……」
そう言ってガキはしょんぼりと俯く。
その姿に私はため息を漏らして頭をかいた。
こんな小さな子供がどうやって予選を勝ち抜いたのか。
……まぁ、察するに、私を含めて上位数名が想定を遥かに超える数を狩ってしまったから、なのだろうな。
それこそ他の挑戦者一人残らず狩り尽くす勢いで。
だからこそ、ただ生き延びるだけでも十分『圏内』に入ることが出来た……とか。まぁ、こんな想像はするだけ無駄か。
「お前は――」
ふと、私はその子供へと向き直る。
奴は不思議そうに私を見ると、首を傾げている。
そんな態度に一度言葉を切って、私は再度言葉を紡ぐ。
「何故……」
何故――と。
その続きを言おうとした……次の瞬間。
背後から聞こえた足音に、思わず眉尻を釣り上げた。
「おや……貴女は、たしか第四位の」
そこに居たのは、青いローブの男だった。
糸目のように両の瞼は細められ、万人受けするような微笑をたたえている。
その手には大きな杖を持っており、見るからに魔術師なのだろうと察しがつく。
たが……どうにも胡散臭い。そんな男だった。
それになにより、この男……見覚えがあるな。
「お前は確か……あの時の」
「おや、覚えておいででしたか。恐悦至極です。私……SSランク冒険者の『アオイル』、と申します。この度、第九位で予選を通過致しました」
アオイル……か。
青いローブを着ているし、分かりやすくて良い名だ。
して……そんな青ローブが私に何の用なのだろうか。
そんな内心が伝わったか、奴は万人受けするような笑顔に真剣さを垣間見させた。
「この度は、単純にたまたまお会いしただけです。そう警戒しないでください。それに、人族の強者とは繋がりを持っておきたいので」
「人族の……だと?」
奴の言葉がひっかかり、思わず問掛ける。
途端、奴は『我が意を得たり』とばかりに眼を開く。
その瞳には迸るような狂気が宿っている。既にその笑顔は不気味なものへと成り果て、背後のガキが悲鳴をあげる。
「私はね……私の同種以外、全て滅べば良いと思っているのですよ」
奴の口から飛び出したのは、そんな剣呑な言葉だった。
冗談か……とも思ったが、奴が後ろのガキを見る目は濁りきっている。それはひとえに、後ろのガキが獣人族だから、なのだろうか。
「別種を見るだけで反吐が走る。一秒すら惜しい、今すぐに殺してしまいたいほどですよ。まして……そんな異物なんて見ているだけで憎悪が止まりません。ここに監視の可能性が微塵もなければ今すぐにでも殺しているところです」
「ひ、ひぃ!?」
ガキが恐れを生して私のコートを掴もうとする。
私はその手をかわして一歩前へと出ると、アオイルとやらの眼前へと歩み出る。
「おお! やはり貴女も『別種』とは相いれぬ人種でしたか! これは僥倖、貴女とは良い関係が築けそうだ!」
喜色満面で男は私へと手を差し伸べる。
そんな男の視線を受けて、その手へと視線をおろして。
私は、その男の隣を通り抜けた。
「…………あれっ」
「何を勘違いしているか知らないが」
私は別種を憎悪しているわけじゃない。
私が滅びてしまえと思っているのは、たった一人の吸血鬼だけ。
それ以外はどうでもいい。別段、意地でも守りたいとは思わないし、逆に殺してやろうとも……今は思わない。
「私は、お前の思想には同意出来ないよ」
「ま、待て! クロノ――」
「触るな下郎」
伸ばされた手を、一切触ることなく回避した。
奴は限界まで目を見開いており、私はそんな青ローブを見下ろした。
「控えめに言おうか。貴様のような怪しい輩と接触するほど馬鹿じゃない。世の中、触れただけで殺せる力もあると聞く」
「な……ばっ、ふざ――」
「ふざけていないさ。大真面目にお前を警戒している」
男は私の方へと再び手を伸ばしたが、私の二の句を受け、固まるように手を止めた。
その瞳は……どういうことか。同種の私に対して憎悪が燃えている。
なんだ、私が別の存在だと知っていたのか? 或いは……お前はそういう思想を抱えているだけで、ただ気に入らないものを殺そうとしているだけの犯罪予備軍だったのか。
まぁ、いずれにしても……。
「関わってくるのは自由だ。だが、お前に私は一切触れん」
そう言って、私は男とは反対方向へと歩き出す。
警戒するに越すことは無い、からな。
私は小さく背後へと視線を向けると、男は憎悪に拳を震わせ、怒り混じりに壁を殴りつけていた。
その向こうには孤児院のガキの姿があり、奴は慌てたように私のあとを追ってくる。
まぁ、今の憎悪に燃えるアオイルと一緒にいたら、まず間違いなく八つ当たりで襲われるだろうからな。
だからといって、私の方に来るのは如何なものか……とは思うが、もう、何も言うまい。言ったところで無駄と悟った。
「全く……お前の育て親は何をしているんだか」
私はどこぞでほっつき歩いてるある人物を頭に浮かべ、そう呟いた。




