失-12 傍観者
北海道はそろそろ冬タイヤの季節です。
旧・時空神クロノス。
彼女の姿を見ていた男は、一人考える。
アレは、どのような正攻法なら打ち破れるのだろうか、と。
「あの力……恐らくは理に介入する力。眷属だろうと……たとえ神霊王様であろうと、皆等しく喰らう万壊の魔力」
混沌の力――【終焉】。
開闢無き今、非眷属が所有する中で最も強力なスキル。全にして一、一にして全。その力一つで他の力全てを叩き潰せるだけの強大な能力。
故に思った。確かに強い。
――だが、自分には適わない。
そう、確信した。
「あちらも上手く介入した様子……。私一人でも十二分に打ち倒せるのだ。……上位眷属二人を敵に回した時点で貴様の死は確定している」
といっても、流石に神というだけはある。
先程から一時たりとも警戒心が薄れない。近づくものは子供でさえ警戒すると言わんばかりの様子だ。
これでは要肝心の『先手』が打てない。
それは非常に……という程ではないが、多少困る。
「……ならば、こちらもアレとの接点を増やす……しかないのであろうな。少なくとも、この予選とやらで敗退していては話にならん」
そう言って、男は裏路地の奥へと歩き出す。
その顔にはその年齢に似つかわしく無い不気味な笑顔が浮かんでいて……やがて、その姿は闇の中へと消えていく。
そして、その姿を混沌は黙って見つめていた。
☆☆☆
「……ふむ」
私は周囲を見渡すと、軽く手を払う。
「さて。おい貴様、確かコレの提出先は世界樹の根本、で良かったな?」
「え、えっと……は、はい。そうですけども……」
アーマー・ペンドラゴンが困ったようにそう言った。
それもそのはず。私の手にはこの近辺にいた出場者ほとんどから奪い取った【札】が大量にある。これだけの量……。既に予選通過は間違いないだろう。
問題は、今先程見逃した眷属らしき男と……もう一人。
『おおっと! な、なんということでしょう! 今ライブ映像で確認していたのですが……す、凄まじい強さ! なんという圧巻! 謎の仮面男【ルギー】! たった数分で百人以上の札をもぎ取った――ッ! 他にも数十人の札を手にした人はいますが、さすがにこれは……!』
どこからか、イラッとくるアスタロトの声が響いた。
遠くの方へと視線を向けると、影と太陽、二つの力が情け容赦一切なく振るわれている。人がゴミのように飛んでゆき、悲鳴がこの距離でも聞こえてくる。
隣を見れば、大戦時に『ルギー』と戦い、フルボッコにされたアーマーは恐怖に体をふるわせている。
「ま、まさか……いや、でも、まさか――」
「その『まさか』があるのが人生、ってもんだろう」
人生を語れるような立場じゃないが、それでも知っている。
人生、生きていれば何が起きるか分からない。
あれだけ憎悪に燃えていた私が、その憎悪を捨てるくらいだ。
「ラスボスの一人や二人、参加していておかしくあるまい」
『おおっと! こちらも速報です! ただいま、悪魔のような形相をした巨漢の男が凄まじい勢いで一位のルギー選手を猛追! 赤子は一目で命を手放し、オーガすら失禁! 本物の悪魔でさえ一目で逃げ出すほどの顔面恐怖度! まさにサタン! サタンですよあの男!』
そんな声が聞こえてきて、私は笑った。
どういうわけか……今回は悪魔軍のトップ連中が総出で来ているらしい。私の先代に、私の後代。そいつらが揃いも揃って一つの『最強』を求めている。
前回の大会は弟たちが我が物顔で出張っていたらしいからな。
そうさな……今回は最強の悪魔を決めるとしよう。
「まぁ、それには邪魔が居るようだがな」
裏路地の方へと視線を向けた私へ、アーマーの困惑した視線が突き刺さる。ちらりと見れば、彼の隣にいるマルタ……とやらは私と同じ方向へと視線を向けている。
……まぁ、気配は普通だからな。
私のようなそういったスキルを持たない者でも知覚できる。その程度まで気配の質を落としている……と言えばいいのだろうか。一般人の振りをしている。だから、そういったスキルに長けた者なら普通に気付ける。
中でもこの女はそういったスキルに余程長けているのだろう。おそらく……暗殺技術に関していえばあの男以上。
私でも気が付いたのだ。アレに気づかぬはずがない。
「……なる、ほど。珍妙なものに目をつけられましたね」
「あぁ、全くだ」
短く返すと、私は世界樹の方へと歩き出す。
まだ手持ちの札は……少し心許ない。
なにせ、相手はあの二人だ。
「……さて、軽く千は屠っておくか」
そう言って、私は笑う。
もう、手加減なんざするつもりがなかった。
☆☆☆
「ふむ……どうやら、上手くいっているようだな」
空亡は、青銅に囲まれた空間で呟いた。
四方の壁は青銅。周囲は深い霧に包まれ、神が忌み嫌う魔力に溢れている。その空間で、空亡は鎖を片手に弄ぶ。
目の前の空間には巨大なモニターが浮かび上がっており、一般人相手に無双する悪魔三人の姿が見て取れた。
「全く……我が後代はマトモな奴が居ないのか? 私はマトモな奴に後を任せたと思っていたが……。あの顔面が怖い奴の親だろう? 面影がある」
虚空から肯定の声が変える。
相変わらず姿も見せぬその存在に、空亡は苦笑する。
「マトモだったのは、アイツだけ、だったということか。顔が怖いだけでメンタル豆腐な憤怒の罪に、世界一強いくせに空回りしている馬鹿。そして発展途上のハイブリッド。……楽しそうな世界になったものだ」
お前も加わりたいのか、と。
虚空から聞こえた言葉に頭を振った。
「いんや、私は既に引退した身。今更舞い戻ったとて出来ることなど限られている。……それに、私は神王のやつに大敗した。もう、なにかに勝つ、負けるで一喜一憂できる心は……私には無い」
そうとも限らない。
返った声に、空亡は頬をかいた。
彼女とて分かっていた。
心が死んでいるのは、長らくここにいるから。
きっと今表に出てしまえば、以前と同じ私へと戻ってしまう。戦いに燃え、何かに固執し、再び世界を引っ掻き回してしまう。
それは、落ち着きつつあるこの現状にとって好ましくない。
「私は、影からこうしてみているに限るさ」
かくして彼女は、画面を見すえる。
その紫紺の瞳には三人の姿が映り込む。
一人は混沌。そして、残る二人は――。
「気を付けろよ『クロノス』。油断をすれば貴様でも――」
言いかけて、彼女は、はたと気がついた。
目を見開いて虚空を背後を振り返る。
そこには微笑を浮かべ、一人の幼子が立っていた。
「ま、さか……おい、貴様!」
「すべて、分かっている。だから、傍観する」
幼子は、腕を組んで画面を見上げた。
赤い瞳にはかつて、クロノ小僧と呼んだ少女が映っている。
既に昔の面影はなく、立派……と呼べるか否かは置いておくにしても、成長した姿を見て、幼子は呟いた。
「勿体ないと、私は思う。故に、力技だ」
「この脳筋が……。吸血鬼族の本家本元と言うだけはある」
空亡の言葉に、幼子は笑った。
勿体ないと、彼女は言った。
それもそのはず。
あの女は……禁呪を使い、人外へ堕ちる前でも強かった。
いや、あの当時の方が……ずっと厄介だった。
だからこそ、幼子はそれを利用した。
「【終焉】は強い力。けれど、もう要らない」
本来は越えられぬ『壁』を超えるため。
終焉とはそのためだけに得た力だ。
ならば、そんなものはもう不要だろう。
「これは、お前がその力を失うまでの物語」
幼子――獄神タルタロスは断言した。
世界が滅びようと、神が滅びようと、悪魔が滅びようと。
ただ、無感情に傍観し続ける。
そんな彼女が、久方ぶりに笑顔をうかべて断言した。
「お前が、その先へ行くために。私はお前に力を貸そう」
獄神タルタロスは、数億年ぶりに世界へと介入する。
それは、傍から見れば奇跡のようで。
その実、『面白そう』といった私情によるものが大きかった。
さて、どうなるか。
今後をお楽しみに!




