失―04 再会
お待たせしました。
第二巻が発売するそうです。
詳しくは活動報告をご覧下さい。
嫌な予感が的中した。
その店に入った瞬間、私は察した。
「いらっしゃいませッッ! ご依頼でしょうか! それともパンでしょうか! いずれも誠心誠意対応させて頂く所存でありま………………す?」
そこにいたのは、大柄な男だった。
子供が見れば泣き叫ぶような恐ろしい形相。身体中から立ちのぼる威圧感にも似たオーラは接客をしていく上では致命的だろう。
ヤツは見慣れた服装の上からサイズを明らかに間違っているピッチピチのエプロンを着用している。
短く切りそろえた白髪に、血のような赤い瞳。
そして、天を衝くような黒い角。
……誠に遺憾だが、私はこいつを知っている。
というか、つい先日まで一緒に暮らしていた。
目の前でパクパクと口を開閉、硬直するその男へと、私は額を押さえて問いかける。
「……お前、こんな所で何をしている、サタン」
悪魔軍の実質トップは、何故か謎の店で働いていた。
☆☆☆
――数分後。
「いやー、久しぶりですね混沌さん! あ、でもよく考えたら久しぶりでもないですね! 私がサタンさんと殺り会ってた時以来ですか? って言うことは数日ぶりですねー!」
「いや、おま」
「にしてもこんな所で奇遇ですね! 迷ったんですか? いやー、私もここら辺には最近引っ越してきたばっかりだからまだちょくちょく迷うんですよねー。サタンさんなんて一発目で『ふむ、把握した』とかいって裏路地の方散歩しまくってるんですけどねー」
「……だから、お前は一体」
「それでですねボス! サタンさんが出て言って数分後、奥の方から子供たちの絶叫が聞こえてくるかと思って駆けつけてみたら、なんとサタンさんが子供たちを泣かしてるんですよ! 酷いですよね全く! サタンさんは悪魔の私でさえ眠い時に顔面見たら一目で目が覚めるくらいにはおっかない顔してるんですから気をつけてくださいよ!」
「いや、それは同意だがお前は」
「そういえばカオスボス、ここで何してるんでしたっけ」
「話を聞け話をォ!」
立ち上がり、私は叫んだ。
目の前には見たことも無い……何だこの謎生物は? 白い……熊? 良く分からない着ぐるみを身にまとった変人が居る。
最初見た時は誰が誰だか分からなかったが、今話しててハッキリわかった。お前アレだろ、見た目は違うが中身アスタロトだろ間違いない。
私はため息一つ、額を押さえて腰を下ろす。
「お前は……昔から何も変わらんな。なんなのだその珍妙な趣味と言い、このいかにも売れてなさそうな店と言い……。というかまず話を聞け。何故そこまで頑なに私に対して会話のキャッチボールを拒否したがる」
「えー! 私とボスの仲じゃないですかー! ボスがどう思ってるかなんて私にとっては手に取るように分かるのです!」
そう言って変なポーズを決めるアスタロト。
ヤツは白いクマの瞳をキラリと輝かせると、まるでそれが正解であるかのようにこう告げた、のだが。
「『アスタ、久しぶりにマトモに話せて嬉しいよ、結婚しよう』ですね」
「お前は一度ぶっ殺されたいようだな?」
案の定、検討外れもいいところ。
私はちらりと殺気を漏らすが、されどアスタロトに焦りはない。
「やっだなー、冗談に決まってるじゃないですかぁー。いい加減長い付き合いなんだから分かってくださいよー」
「……はぁ。時にサタン。何故こんな狂人の元で働いている?」
「おおっと、面倒くさくなって無視に走りましたね!」
なんか言ってるが、もう聞こえない。
というか聞きたくない。
この女とは、おそらく悪魔軍の中では最も古くからの付き合い、言ってみれば腐れ縁だ。それこそ神で在った頃からの顔見知りだ。
だからこそ私も分かっている。これはまともな話じゃない。ただの文字通り【雑談】だ。
「私は……成り行きと言いますか。他の大悪魔は皆、アスタロトの作った迷宮内へと封印されております。なので、封印されていない唯一の大悪魔として何か出来ることがあるのでは、と思った次第でして」
「それがどうしてこんな腐れ店で働くことになる。あとサタン、お前は忘れているかもしれないがアスモデウスが残っているからな。あとそこの大罪でもないのに幹部をやっているゴミとメフィストか」
そういって顎でアスタロトを示すと、サタンは苦渋を舐めたような表情を浮かべる。
「……それに、この女が言うことに、納得したのもあります」
サタンの言葉に、アスタロトへと視線を向ける。
其処には表情の読めない着ぐるみを着た大悪魔、地獄の大公爵アスタロトが立っている。
その姿からは気が抜けてしまいそうな雰囲気が漂っているが、中身を考えると笑えない。
「そうですねー、サタンさん顔怖いですし、一人で生きてくってなったら、もう盗賊稼業しか残ってないじゃないですかー。だから保護のために――なんて、言ったら怒ります?」
私の内情を知ってか、アスタロトはふざけた冗談を途中で切りやめた。
顔が怖い、恐怖される。
たったそれだけで生きていけない程度の輩は私の部下には存在しない。
サタンとて、この店で働かずとも冒険者にでもなれば大成するだろう。だからこその無言の返答。アスタロトは小さく息を吐くと、真面目ぶった口調で本音を語る。
「私がサタンさんを拾った理由――それは【大悪魔の変動】を抑えるためです」
「……なるほど、そういうことか」
その言葉で、彼女の言わんとしていることが理解できた。
「大悪魔……クロノスさんもその特異性ゆえ身に覚えのある単語だとは思いますが、この大悪魔、というのは言ってみれば一種のシステム、称号に近いものがあります」
「……歴代、大悪魔の人数は変動することなく【十名】。その内七名へと【七つの大罪】スキルが譲渡されますが……誰が、どういう理由でそのスキルに選定されるかはいまだ解明されておりません」
アスタロト、サタンの言葉に頷き返す。
大悪魔というのは、二人の言う通り一種の称号だ。
前任の大悪魔が死に絶え、復活などの処置を行わなかった場合にほかの悪魔へと大悪魔の称号が渡る。
称号を得た悪魔は諸能力が強化されて『大悪魔』へと変貌。その際、内七つの光景に選ばれた大悪魔にはもれなく『七つの大罪』スキルのおまけつきだ。
「といっても、クロノスさんがやったように『死んですぐに生き返らせる』等、適切な処置を取った場合は称号の変動もありませんが、毎度毎度そう上手くもいきません。つまり、死んだら終わりって話ですよ」
死んだが最後、自分は大悪魔ではなくなってしまう。
たとえ生き返ったとしても力は落ち、能力を失い、残ったのはただ通常の悪魔としての肉体強度のみ。
「だから、私はこうしてサタンさんを身内に引き入れたわけですよ。サタンさんも壁越えたみたいで十分強いですし、そこに私が力添えすれば並の相手じゃ勝ち目は皆無です」
それに、とヤツは続けるが、その先は想像がつく。
どうせ、大悪魔のくせに妙に人間くさいコイツのことだ。
せっかく訪れた平静の時代。そこに『大悪魔の変動』という火種を作るのを避けたい、という思いもあるのだろう。
なにせ、悪魔の中には今回の終幕に納得していない者も多い。
ギルを信じてついて行き、その果ての圧倒的な壊滅である。ギルと、そして自分たちの邪魔をした人間、神々へと憎悪を抱いている者がいないわけが無い。
そんな中に『大悪魔の力』というシンプルで強大な火種が飛び込んでしまえばどうなるか。そんなものは、それこそ火を見るよりも明らかだ。
「となると、他の二名も確保しておきたいんですが……アスモデウスさんはサタンさんを打ちのめした男の子にぞっこんみたいですし? メフィストさんはそもそも誰かにやられる姿が浮かばないですし、結果的に余りモノのサタンさんだけを確保した、って話です」
この女の推測は、恐らく正しい。
色欲の罪――アスモデウスは、あの『アルファ』とかいう少年がついている以上心配はないだろう。どうやらサタンよりもさらに強いとの噂だしな。
そしてメフィスト。正直アイツに関していえば何の心配もしていない。なにせ、アイツは大悪魔本来の力【根源化】を奥の手として取っている。アレなら敵にまんまとやられるようなミスは侵さんだろう。
となると、残るは『強いが負けるビジョンが見える』男、サタンとなる訳だが……。
「近接最強のサタンと、後衛無類のアスタロト。……まぁ、共に戦う相性としてはかなりいい線を行っているんじゃないか?」
「ですよねー! 私もなんとなーくサタンさんを選んだだけなんですが、最終的にいい感じに結果がついてきて安心してます!」
アスタロトはそう言うが、嘘だと思う。
私もコイツも、共闘の大切さは理解している。
私やあの男は既に『肩を並べられる仲間』が居なくなってしまったが故にタイマンという決戦になってしまったが、そこに仲間が一人入るとそれだけで戦況は一変する。
後方からの身体強化。
支援攻撃と牽制、攻撃の相殺。
それがあるだけでも随分違う。仮に私に『肩を並べられる仲間』がいた状態だったなら、あの男程度、赤子の手をひねるように容易くクビり殺していただろう。
……といっても、皮肉なことに、私に肩を並べられる存在など一人しかいない。それが仲間でもなんでもなく【天敵】というのだから笑えないがな。
「……あ! そうそう、そう言えばクロノスさん。もうすっかり忘れてたんですが、もう一人居ますよね、大悪魔」
「……? 一体なんの――」
なんの事だ、と。
そう口にしようとして、すぐに思い出す。
なにせ、私の部下に、大罪所有者は六名しか居ない。
憤怒のサタン。
暴食のベルゼブブ。
嫉妬のレヴィアタン。
傲慢のルシファー。
怠惰のベルフェゴール。
色欲のアスモデウス。
思い返してみても、一人、足りない。
その他、メフィスト、バアル、アスタロトのいずれかが残る大罪スキルを保有しているというのなら話は別だが、仮にそうだとしても総数が足りない。大悪魔は本来、変動することなく十名居なければならないのだから。
「【強欲の罪】……ですか」
サタンが、その言葉を口にする。
久しく聞いていなかった、その力の名を。
「時にサタンさん、誰が持ってるか知ってます?」
「ぐっ……、し、知らないが……」
「おやおやぁ? 七つの大罪とか言っておいて六人しかいませんでしたよねぇ? 気になったりしないんですか?」
「う、うるさいッ! 私とて気になり、幾度となくその存在について調べようとした! した……が、しかし」
その視線が私へと向く。
当たり前だ、強欲への詮索は私が止めた。
全ての悪魔へと、アレへの詮索を禁止した。
だから、サタンとてあの力が今、何処にあるかは知り得ない。
知っているのはおそらく、最古参であるバアル、アスタロト、バルベリス。それ以外では創造神、地母神、そして忌々しい神王ウラノス程度だろう。タルタロスとエロースは恐らく知らない。なにせ、あまり関わりがなかったからな。
「……まぁ、強欲に関しては問題ない」
「えー、ほんとーですかー?」
問題ないと知っていて、アスタロトはそう返す。
本当に、忌々しいやつだ。
私からその言葉を捻り出そうという魂胆が透けて見える。
だがまぁ、事実だしな。
私は小さく息を吐くと、端的明快にそう告げる。
「なにせ【強欲】は、今の私よりもずっと強い」
大悪魔最強は誰か。
そう聞かれたら、私は迷うことなくその名を答える。
そう、確信できるほどに、アレは強すぎる。
今まで謎に包まれていた【強欲の罪】。
実は既に、作中に登場してる『アイツ』です。
 




