機―24 全開
――ドクンッ、と。
一度、心臓が強く打ち、体が跳ねる。
身体中へと血液が巡ってゆき、それと一緒に懐かしい感覚が身体中へと巡ってゆく。それは……そう。『魔力』と僕らが呼ぶものだ。
瞼を開けば、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「お、おい! いきなり倒れて……って。大丈夫か貴様」
見あげる先には、困惑したように僕を見下ろすクロノスの姿。そして、その後ろから僕の姿をのぞき込むロウリィの姿があった。
「だ、大丈夫……? お兄しゃん」
「ん、あぁ……うん。もう治った」
彼女にそう返して、上体を起こす。
一体どれだけ気絶していたのだろうか。
体感ではほんの少しのようにも感じるけれど、先程までオートマタたちの暴れていた塔からは一切の気配を感じない。
同時にその塔から僕らの方へと近づいてくる二つの気配を感じて小さく笑むと、心の中に声が響く。
『『ハッ、気持ちわりぃ』わね』
『あら、開口一番なかなかに強烈ですね』
懐かしい三人の声に笑顔が苦笑に成り代わる。
右手へと視線を下ろす。……感覚としては、混沌と最後に勝負した時と同同じくらいの出力は出せそうだ。けれど、まだ底を感じられる。
あの時よりも強くなってるのかな、とも思う反面。
今は、これで十分だ。
そう思う自分も、確かに居る。
「ぎ、ギン! だ、大丈夫!?」
声が聞こえてそちらへ向くと、そこには……傷を負った白夜を背負い、僕の方へと駆けてくる恭香の姿が見えた。
すぐさま『位置変換』で僕の前へと二人一緒に転移させると、勢い余って突っ込んできた二人の体を受け止める。そして。
「『エクストラヒール』」
唱えたのは光魔法最高位の回復魔法。
みるみるうちに白夜の傷が消えてゆき、その光を受けて恭香が驚いたように目を見開いた。
「え、え……っ、ぎ、ギン、もしかして……」
「……ああ、待たせて、悪かったな」
彼女の体を軽く抱きしめ、気絶している白夜の額に軽くデコピンをかましてやる。
「ふがっ!?」
「そして白夜、お前もう起きてんだろ」
僕がエクストラヒール掛けたんだぞ。これで目を覚まさなかったら神器使うレベルの大惨事だ。
額に手を当てながら瞼を開いた白夜は、不機嫌そうに口をむにゅむにゅしている。
「むぅ! なんじゃか恭香と対応が違うのじゃ! 妾はあれじゃぞ、オートマタからの陵辱にも耐え、恭香を守って倒れてたんじゃぞ! そこはもう、ほれ! 眠れる姫を起こす手段は決まっとるじゃろ! それを気絶する妾にいきなりデコピンをしてくるとか……」
「え、嬉しくなかった?」
「最高じゃな! ここまで頑張ったかいがあったのじゃ!」
うん、こいつは問題ないな。いつも通りだ。
背後を見ると、そこには唖然としたように目を見開くクロノスの姿があり、何か聞きたそうな彼女に……頼むのは嫌だな。こいつに頼むのとかもう遠慮したい。僕のちっぽけなプライドが許さない。
「それじゃあ、僕は黒幕潰してくるよ。お前は来んなよ、雑魚なんだし」
「……ほほぅ、先程まで私の援護がなかったら死んでた男がよく吠える」
「はぁ? 死んでませんでしたしー。僕の回復力見てなかったんですかー? あぁ、見えるわけもないか節穴に」
「はっ、私の目が節穴に見えるとか貴様の目は腐っているな。その回復力もふくめてもはやゾンビ。顔面腐り果てたモブゾンビだな」
「はっはー、誰もお前の目が節穴にとは言ってないけどな! 自覚あるんじゃないですかー?」
襲いかかってきたクロノスと取っ組み合っていると……ふと、惹かれ合うような魔力の流れを感じ取る。
場所は……遠く離れた巨塔の中から。
あの時は疲労困憊で何も感じられなかったが……この魔力。銀皇シブリースの魔力を自覚している今の僕ならハッキリとわかる。
「……ちょこちょこ出てくんなー、ラスボスが」
「……は? いきなり何言ってる頭大丈夫か」
「ちょっと黙っとけよお前ぶん殴るぞ」
振り上げた拳を前に大きく退避したクロノス。
……まぁ、たぶん。こいつとこんな感じで話せるのはこれで最後なんじゃないかと思う。全世界を旅する今のアイツと、過去まで飛んで旅してる今の僕と。二人がまた出会って、こんなふうに話せるなんて二度とない。そう思う。
だけど別にいい、僕はコイツが嫌いで、アイツは僕が嫌いなんだから。
「死ぬなよ、クロノス」
そう笑うと、彼女は唖然としたように目を剥き固まる。
まぁ、今のこいつにこれ以上の言葉は不要だ。
振り返って恭香たちへと視線を向ける。
二人にとってクロノスは未来の僕を殺した仇みたいなもの。恭香は微妙な表情を、白夜は「コイツ殺しとけば未来変わるんじゃね? 殺っとく? 今殺っちゃう?」みたいな感じで二つの魔眼を煌めかせている。
「二人も、この馬鹿とロウリィ……この女の子保護して離れていてくれ。街中にまだ数人残ってるみたいだし、その人たちの避難も進めてくれるとなお素晴らしい。後で何か言うこと聞いてあげよう」
「言ったの!? 今なんでも言うこと聞くとか言ったの、主様! そこまで言うのならば妾、頑張っちゃおうかのー!」
ちなみに『なんでも』とは言ってない。
その時の僕の気分によって限界の決まる願い事に思いを馳せる白夜を前に、苦笑を漏らした恭香は僕を見上げる。
「それじゃ、頑張って」
「ああ、頑張ってくる」
そう言って――次の瞬間、僕の姿は件の塔の上空にあった。
『おうおうおう……、魔力戻った途端コレかよ。神器の能力使いすぎなんじゃねぇか?』
彼女――クロエの声が頭に響く。
まぁ、便利ですもんね位置変換。
そんなことを思いながら、僕は右腕を真横へと伸ばす。
そして……この力は久しぶりの発動になるかな。
「発動――『ヌァザの神腕』」
瞬間、右腕に炎が集結し、銀色の外骨格を構築する。
サタンとか混沌レベルになると、もはやこの力を使っている暇もなかったから使ってなかったが……よく考えるとこの力はこの力でチートが過ぎてる。
「行くぞクロエ、久しぶりだからって調整ミスるなよ」
『わーってるよ、テメェこそ詠唱ミスんじゃねぇぞ、最大火力の三割くらいの控えめで行くぜ!』
ああ、今の三割もあれば十分だ。
右腕を前方へと構えると、銀色の腕が一気に燃え上がる。
「『火を灯せ、薪を焼べろ、全てを毀つ断罪の灼炎、罪咎有りて神すら滅ぼし、容赦無くして悪魔を滅する』」
膨大な魔力が膨れ上がり、天を灼く。
雲が溢れ出す熱気によって弾けてゆき、曇天の空に青空が広がる。
漏れ出す太陽の光に、眼下から見知った気配が二つ消える。
「『我、万物灰燼と帰す惨禍なり』」
呟き、狙いを定める。
久しぶりの発動だが――まぁ、外す気はしないか。
「さぁ、燃やし尽くせ――『灼罪の燈』」
炎が瞬く。
手の平から溢れ出した銀色の炎。
それは瞬く間に塔へと迫り――そして、なんの抵抗もなくその上階半分を灰燼へと帰した。
「ば、な……ッ!?」
声にもならない悲鳴が聞こえて視線を向ける。
そこには、赤髪の見知った少女と一緒に僕を見上げる一人の男が存在しており……ふと、彼女――ギシルの頬に殴られたような痕を見つけて拳を握る。
ふむふむなるほど……、白夜を嬲っただけじゃなく、そんな幼い少女の顔面に拳入れるほどの救えなさか。理解した。
これは、100%私怨からくる感情だ。
自分の弱さも、情けなさも。
それに対する怒りも。
コイツに対する、ドス黒い憤怒も。
全部纏めてこの右手にぶち込もう。
「――おいお前、今から私怨でぶっ潰すが……覚悟はいいか」
呟き、僕は拳を握りしめる。
さぁ、過去での闘いも終わりにしよう。
――ただ、お前の死をもって。
☆☆☆
「ふ、ふは! はははははははははは! 潰す、この私をか!」
男は笑った。
眷属……なのだろうが。僕の知る眷属とは随分違う。
僕が戦った唯一の眷属――炎魔神イフリートは、見るからに完全無欠な戦闘タイプ。僕の『月光眼』や混沌の『終焉』、他にも久瀬の『運命眼』、白夜の『時間停止』なんかも有効だろうが、そういう『最高位クラスのチートスキル』が無ければ触れることも出来ない化け物。
加えて一撃は星を割り、その巨体は天を衝くほど。
さらにその体から溢れ出す炎熱は近付くもの全てを溶かす程に高熱で、言っちゃ悪いだろうがアポロンの使っていた終焔が可愛く見える。
『ちょ、ちょっと何よ! わ、私だってね、まだ使いこなせてなかったのよ! 途中で死んだから分からないかもだけど、素質なら負けてないんだからね!』
あーはいはい、分かってますともアポロンさん。
そうテキトーに返しながら、改めて対する眷属を見る。
一言で現すなら――まぁ、戦闘タイプじゃないわな。白夜なら苦戦するレベルだろうが、僕が『陰陽天』使えば余裕で勝てる。その程度。
それでも笑うということは、何かしら『奥の手』があるのか、あるいは――
「貴様如きが! この、私を! 愚か、実に愚かな傲慢よ! 神霊王イブリース様が作りし眷属が、人間如きに敗するわけがなかろうに!」
男が叫び、僕の周囲へと無数の『渦』が広がる。
それらの中からは超過稼働をしたオートマタが姿を現し、一斉に僕へと向けて襲撃してくる。そして、それを見て男が更に笑う。
「貴様のデータはすでに人形を通して把握済みだ! どういう訳か魔法を使えるようになったらしいが、それにしても程度が知れる! これだけの数、一体も漏らすことなく破壊できるか!」
……うん、なるほど後者か。
そう内心で呟いて、周囲へと視線を巡らせる。
たぶん予備の機体まで呼び寄せたんだろう。周囲には百体なんて生ぬるい……たぶん千体近くのオートマタの姿がある。
それら一体一体が超過稼働中の化物クラス。
確かにこれは、なんの強化もなく戦うのは馬鹿のすることだな。
「『影神』。そして――『太陽神』」
陰陽二つの力を重ねて行使。
体が一気に構築され直し、視界の端に流れる髪の先端が炎のように真っ赤に染まる。体の中から溢れるようにして紅蓮の炎と影が揺らめいてゆき、僕の姿にオートマタたちが目に見えて驚きを露わにする。
そりゃそうだろうな、これは見せてない。
だから、対応なんてできっこない。
僕は拳を握って、大きく笑う。
「好きな奴からかかってこい、好きな奴から殴り潰そう」
リハビリ兼ねて、暴走機体千体くらいは物理で行こうか。
……まぁ、【独裁魂域】使ったらこの距離だ。十秒経たずに全滅くらいは出来るんだけども。




