機―14 転移者
――ということで。
作戦としてはまだまだ穴はあるし、まずはその『王』がどのタイミングでどこに現れるかを正確に察知しなければいけないわけだが、それでも大まかな作戦としては問題なさそうだ。
言うなればそう――籠城戦。
不幸中の幸い、こちらの本拠地の場所は向こうさんは気付いていない様子。
ならばその『王』とやらをとっ捕まえて、こっちに引きずり込んでそれで終了。
この集落には自給自足するだけの全てがそろっている。たとえ数年だろうが十年だろうが、おそらくこの街は存続していける。つまるところ向こうさんの『詰み』である。
「ま、戦力的にちょいと不安はあるけれど」
それでも白夜が戻り、恭香がこっちに来て、加えてギシルまで現れれば万事オーケー。戦力的に何一つとして不自由はなくなるだろう。
問題はギシルだが……まあ、それはそれ。
彼女が現れた時に考えればいい話である。
「さて、と」
――あれから一夜が明けた。
と言ってもここは洞窟の中だし、何となく体内時計でしか測ることは出来ないのだけれど、おそらく時刻としては早朝、朝の四時~五時と言ったところだろう。
小さな寝息を立てる二人をよそに家から一人出た僕は、ゆっくり町並みを眺めながら歩き出す。
肌寒い空気がズボンの隙間からせり上がってくるのを感じながら、大きく息を吐き出した。
――かくして、一人魔力を高める。
今までに培ってきた全ての技能を総動員し、考えると同時に魔力をものすごい勢いで汲み上げ、展開し、それを炎の形へと変化させる。
僕の体には『魔力回路』が存在している。
ゼウスをして奇跡的な成功例と言わしめた初代魔力回路はギルの体にそのまま残っているわけだが、一度作り上げたという経験、そして『確かに持っていた』という魂の記憶がうんたらかんたらで、困難は極めたがこの体にも魔力回路を刻み込むことには成功していたのだ。
そしてその魔力回路を用いた魔力操作は父さんをして『凄まじい』と頬を引き攣らせるほどのモノで、その力をフル動員させて発動させた魔法はたしかに一瞬、僕の指の先に炎として顕現した。
――が、それもつかの間。
「ぐっ……!」
突如として暴れ狂う魔力。
まるで『咄嗟のことに反応出来なかったが、魔法の発動など許さない』と言わんばかりの。まるで魔力に意志が宿っているようにさえ思える暴走に顔を顰め、膝をつく。
気がつけば指の先に灯っていた炎はいつの間にか消失しており、暴れ狂う魔力の奔流が体を内から炙り、まるで体内にマグマが流動しているような圧倒的な熱さと絶対的な苦痛を以て、僕の思考を妨害してくる。
「が……はぁっ、はぁっ、はぁ……ッ」
荒い息が口から零れる。
魔法の発動だけなら……まぁ、出来なくはないのだ。
けれども使えるのは一瞬、しかも使用可能なのは本当に初級の初級もいいところな雑魚魔法。加えて使ったが最後、体が内側から嬲られていくのが嫌でも分かる。
つまるところ、使えない。
もうちょっと難しい魔法を使おうとしたらそういうの全部吹っ飛ばして即爆発である。
「何がどうなってんだか……」
もちろん最初に考えたのは、魔力回路関係だ。
もしや魔力回路を構築する際にミスをして、その部分が混沌との戦闘時の無茶によって致命的な欠陥となり、こうして現状に繋がっている――だとか。
そも、魔力に関して詳しいわけでもなく、ただふんわりと使えるってだけの素人が実践通じて上達して組み上がったのが自分なのだ。詳しいことになると何が何だかサッパリだから『かもしれない』ってだけなのだが、兎にも角にも文字通り、素人目にはそんな可能性が一番高いのではないかと思われる。
次点で無茶しすぎてバカになった。
次に混沌の魔力に触れすぎてイカれた。
最後に銀色の魔力を使いすぎておかしくなった。
……まぁ、考えられるとしたらそんな所だろう。
共通して言えるのは『おかしくなった』ってことだけ。少なくとも今の自分の状態がマトモじゃないってことだけは嫌ってくらい分かってる。
「どうしたもんかねぇ……」
この世界に来て何度目とも知らないため息を漏らす。
これなら変に気を使わないで、最初っからゼウスに相談しておけばよかったかな、そう、一人苦笑した僕は――はたと、何か見落としているような感覚を覚えた。
……ちょっと待て?
よく考えたら今って時系列的にアレだろうと。
眷属たちが闊歩してた時代、つまるところ全盛期の神王ウラノスが居た時代。全盛期の彼がいるということはつまりあの馬鹿姉がまだ神界を裏切っていない頃とも呼べるわけで。
「……白夜みたいなパチモンじゃなく、ガチ時空神なら――」
案外簡単に、僕らのこと元の未来にまで送り届けることもできちゃうんじゃなかろうか、と。
そこまで考えて僕は――どうしようもない嫌悪に顔を歪めた。
……まぁ、確かにね。
白夜はかなりの実力者だと思う。けれども生まれた時からその力と共にあり、僕らとは文字通り桁の違う年数をかけて熟練してきたマジモンの『時空神』とでは年季が圧倒的にかけ離れている。それこそ太陽と月、両方の瞳を保有する白夜すら超越した奇跡すら起こし得る程にだ。
だけど……ねぇ? 今はクロノスって本名名乗ってるだろうけど、生まれ変わって自分に『混沌』とかいう僕でもドン引く中二ネーム付けやがったあの変わり者だぞ。
そこまで考えて僕は笑う。
「……うん、無いな」
あいつに頭下げるとかマジ御免だね。もうほんっとうに絶対嫌。拒否というより拒絶に近いレベルで遠慮したい。というか普通に会いたくもない。
「となるとアレか、父さんに頼むか」
父さん――つまるところ神王ウラノス。
本人は『全盛期の僕? ハッハッハー、そこまで誇れるほど強いってわけじゃないよ。もうギンの方が強いんじゃないかい?』とかほざいてやがったけど、この世界に来た瞬間から感じていた身がすくむような馬鹿げた魔力。
遠く離れていても一瞬で分かる。
神霊王イブリースは異なる次元にいたからこそ気配を察知することすら出来なかったけれど、ソレは間違いなく同じ次元にあって――明らかに、常識を逸脱している。
もちろん世間一般の常識ではない。そんなのは僕だってとっくの昔に天元突破グレン○ガンしてる自信あるし。
問題なのは、僕の中における常識をぶっぱしてる、って所にある。
「多分父さん……だろうな」
そして彼の力――『万掌神訂』。
ありとあらゆる設定を書き換え、操る万能の力。
その力で『数秒後に元の世界に戻る』みたいに僕らの設定を書き換えてくれればそれで全てが解決するわけで。
「ま、ついでに僕の体のことも聞いて――」
んでもって、解決できれば万々歳だな。
そう僕は言いかけて――次の瞬間、脳髄に雷が落ちたような衝撃が走り、どこか他の場所と感覚が繋がり、固定されたのが感覚的に理解出来た。
……今の感覚。
まるで、もう一人の自分のパスが繋がったような感覚。
この世界に来てから感じることの出来なかった繋がりが再確認できて、僕は反射にも近い勢いで駆け出した。
この感覚、僕は今まで生きてきた中で二回だけ感じた覚えがあった。
一回目は選定の迷宮で。
二度目は蘇った時、神界で。
いずれも黒塗りに金色の金具を携えた大きな本を前に契約を交わした時の感覚に異様なまでに似通っており――
僕はドリーの部屋の扉を開け放ち、驚き眠気眼のまま飛び起きた彼女へとこう言い放つ。
「ドリー! 今すぐ外への門を開けてくれ! 多分僕の仲間がもう一人、今『表』の世界にやって来てる!」




