機―08 謁見
もう七月……早いものです。
ということでお久しぶりです。
なんだかこの章もやっと面白いところに突入し、気が乗っていたのでとりあえず3話!
今日、明日、それで時間を開けて七月中旬にでももう一話投稿する予定です!
その日、僕は珍しく朝起きて寝癖を整えた。
……え? 今までは直してなかったのかって?
いやいや、僕が寝癖を整えた日とか、それこそ全国放送されるって聞いてた四大会議(聖国編参照)の時とか、学園祭で人生初ワックス使った時くらいなものだし、それを除けば最終決戦も、感動のあのシーンも、はたまた心暑くなるシチュエーションも、だいたい基本的には寝癖な状態でこなしてきた僕である。
――の、だが。
「……なんとなく、あの人に失礼あっちゃ行けない気がするんだよなぁ」
というか、僕とあの人ってあんまり関わりないし。
そういう面で言っても、僕が『国王』の中で唯一と言っていいほどに、なんとなく敬意を払わなくちゃ行けない気がしている相手。
それでもって、きっと戦ったら僕の天敵なんだろうなぁ、と思っちゃうような相手。
「魔王陛下! ギン=クラッシュベル殿他、お仲間様ご一同がお越しです!」
かくして目の前の大門が開かれる。
その先に広がるは、レッドカーペットの敷かれた大きなホール。左右には屈強な魔族の面々が立ち並んでおり、その最奥には漆黒の玉座に腰掛ける一人の幼女の姿があった。
「はてさて、これまた珍妙な者がいらっしゃったわけだけれど」
そう呟く彼女は金色の髪をかきあげる。
魔族特有の紫色の瞳が僕の姿をじっと捉える中、どこか楽しげに口元を吊り上げた彼女――【魔王】ルナ・ロードは、頬杖をついてこう告げた。
「久しぶり。それでいて、ようこそギン=クラッシュベル。あまり私は貴方にいい感情は持ち合わせていないのだけれど、一体ここまで来て……何用かしら?」
棘を一切隠そうともしない彼女を前に、僕は苦笑いを浮かべる他なかった。
☆☆☆
――魔王ルナ・ロード。
一言で表せば、彼女は僕を嫌っている。
いやなんで嫌われてるのかって? そんなこといくら鈍くても嫌ってほど分かっちゃうわけでさ……。
「私はね、貴方という存在が出てくるまでは、これでも魔道の王様として世界中に名を馳せていたのよ。それが今ではどう? 貴方に原始魔法では先に行かれ、魔法の威力では言わずもがな。魔力量こそ私の方が上だけれど……正直、魔力アリの私と魔力ナシの貴方が戦っても勝てる気がしない。しかもね、私の奥の奥の奥の手である禁呪を貴方、なんと私よりも先に使ってくれちゃったらしいし? それに何より私、悪ぶってた方の貴方にこてんぱんにやられて、最後とか爆風だけで死んじゃったわけだけれど――」
なんとまぁ、嫌われる要素しかありませんな!
そう、謁見の間で正座をしている僕は、思いっきり拗ねたように髪を指先でクルクルと弄っている魔王さんに対し、強ばった笑みを浮かべて口を開いた。
「あ、あのぉ……特に最後のやつとか僕関係なくないですか? そういうの本人に言ってやってくれませんかね……?」
「いやよ、だって私、あの男嫌いだもの。あ、ちなみに貴方のことはもっと嫌いだから安心してちょうだい?」
おっと、取り付く島もないとはまさにこの事。
もうこれはどうしようもないな……と一人の諦念の空笑いを浮かべていると、僕の背後から恭香と白夜のコソコソっとした話し声が聞こえてきた……のだが。
「す、すごい……初めてのタイプだよ魔王さん。まさかギンを相手に初っ端から好感度マイナスで始まって、しかも既に人妻だから回復する見込みがないと来た……!」
「な、なんと鉄壁の守りじゃな……、これはまず間違いなくハーレム入りはしないと見たのじゃ!」
はっはっはー、ちょっとお前らうるさいかなー。
普通に人妻とか見込みなしとか好感度マイナスとか知ってるから、ちょっとうるさくするなら謁見の間出ていってくれないかな。最初から魔王さんハーレム入りさせるためにこの国きたわけじゃないんだから。
そう、内心で思いっきりため息を漏らしていると――はたと、いつの間にか僕の隣にちょこんと座っていたメカ幼女、ギシルが首をかしげて口を開いた。
「疑問、何故ロリコ……貴殿は正座している? 推測、あの幼女になにかいかがわしい事でも――」
「ねぇちょっと? 最初なんて言おうとした?」
彼女が最初に言わんとした言葉に、思わず被せ気味に声を上げた。いやロリコンでもなければいかがわしい事もしてないからね、と。
しかしながら、ギシルから返ってきたのは。
「……察し。私は貴殿がどれだけ修羅の道へと堕ちようとも、決して見捨てることは無い。故に結論、安心してその先へゆくが吉」
はっはっは、相変わらず話聞かねぇなこいつ。
なんだかうちの変態共と同じニオイがするんですけど。そう思い切り頬を引き攣らせた僕だったが――直後、響いた魔王さんの驚きの声に目を見開いた。
「……嘘ぉ。ちょ、ちょっとギン=クラッシュベル。そ、その子、一体どこで見つけてきたのかしら……?」
その声に見れば、驚きに玉座から転げ落ちそうになっている魔王さんの姿があり、その驚きように首をかしげながら、それでも嘘つく必要もなし、素直に彼女との邂逅を説明する。
すると彼女――魔王さんは、先程までの拗ねたような様子から一転、真剣な表情で顎に手を当て、口を開いた。
「……なるほどね。数週間前にダークエルフの森で見つけた……と。確かに私の所のアルバから連絡が入ってたような気がするわ」
そこまで言った彼女はギシルへと向けていた視線を僕へと向け直すと、たった一言問いかけた。
「で、貴方の推測としては?」
「……古代王国とやらの、自動人形では?」
少しの沈黙の後そう答えると、その言葉には魔王さんが目に見えて不機嫌さを顕にしたのがわかった。
「……貴方のそういう所、本当に嫌いだわ。穂花から聞いた話から察するに貴方、上記を逸する天才でしょう? そんな頭脳の保持者がそれだけ情報持ってて、それで『察せない』はずがないのよ」
「……さて、何のことか」
少なくとも、僕は何も知りはしない。
推測こそ立ってるし、この推測こそが多分、今回の核心を射ているんだとなんとなーく思っているけれど、断定はしない。
だって、もしもこの推測が正しかったら――
「だって、正しかったら面倒でしょう」
そう笑って、僕はギシルへと視線を向ける。
そこには不思議そうに首を傾げて僕を見上げるギシルの姿があり、その姿を見ていた僕の耳に、魔王さんの大きなため息が聞こえてきた。
「……ま、いいでしょう。極論を言ってしまえば、貴方がソレをどうしようと私の知ったことではないからね。でも、貴方がソレを途中で拾ったってことは、それ以前にここに来る予定があったということ。――つまるところ、本題は何かしら?」
あっさりとギシルから話題を離した魔王さん。
そのあっさりさに小さく驚きながらも彼女へと視線を向けた僕は、とりあえず現状、それなりに急を要するその案件について、端的にして明確に言い表した。
「……魔王さん、魔力使えなくなったんだけど、どうしたらいいかな?」
☆☆☆
「はっ、ざまぁみろね!」
返ってきたのはそんな答え。
いやいや分かってましたよ。ギシルみたいな直接僕に関わることじゃないならそれなりに興味を抱く彼女であっても、多分嫌いに嫌っている僕個人のこととなるとこうなってしまう。
そう、ここに来て初めてよぉーく分かった。
「今までバカスカ魔法使ってた代償ね! ええ、詳しくなんて知らないけれど間違いなくそうだわ! さぁ、これからは魔力無しで生きていくのねギン=クラッシュベル!」
そう、清々しい笑みを浮かべて告げた彼女。
これは嫌われすぎてて話にならんな、そう内心で思いながらも苦笑した僕は、一応と言った感じに口を開いた。
「……で、真面目なところは?」
「はっ、そんなこと分かるわけないでしょう。詳しい検査も、詳しい現状も、どころか魔力を使えないってどういう事なのかも分からないのよ? そんなの魔道の王様だって知るわけないじゃない。分かったらとっとと帰りなさい。というかそういうのはゼウスにでも聞けばいいじゃないのよ」
「いやぁ……その、ねぇ?」
一応彼女、病み上がりですし。
他でもない彼女の腹に風穴開けたの、一応僕なわけですし。流石に僕もそこまで顔面の面厚くはないですよ。
そう心の中でだけ答えた僕ではあったけれど、同じくあの馬鹿の被害に遭った者同士なんとなく想像が及んだのか、先程までノリと勢いだけで話していたような彼女は小さく息を漏らし、少し困ったように口を開く。
「ま、冗談はともかくとして。正直な話、私が育ててた穂花が重傷を負ったのは間違いなく自分を放置しておいた貴方自身のせいだけれど、でも、彼女を救ったのもまた、貴方自身なのよね。だから、出来うる限りは力になってあげたい、のは思ってはいるのだけれど……」
そう言葉を切った彼女は僕へと視線を向け、沈黙している。
その瞳には『どういうこと?』と、問いかけるような光が宿っており、その視線を受けて腕を真横へと伸ばした僕は、かるーく指先へと魔力を流し――
――バァンッ!
瞬間、体の内側から爆発して傷を負った僕の片腕を見て、魔王さんが思い切り顔を顰めたのがわかった。
「……初めて見る現象ね。魔力が扱えない、と言うよりは……なんて言うべきかしら。細い水道管に許容量をはるかに上回る毒の原液を思いっきりぶち込んだ結果、水道管が魔力を流せる状態を通り越して壊滅しちゃってる感じ」
そこまで言って、けれども結局自分で言ってて何言ってるか分からなくなったのか、コホンと咳払いした彼女は簡潔明快にこう問いかける。
「貴方の体、間違いなくぶっ壊れてるわよ? 一体どんな無茶をしたらそんな体になるのかしら……一周まわって興味が湧いてくるのだけれど」
一体どんな使い方をしたら……か。
そう考えて思い出すのは、やっぱり限界を通り越して行使しまくった銀色の魔力と、混沌との最後の決戦。
最終的に死に至るまで魔力を行使し続けたのだ。そりゃあおかしくなってもしょうがないか……。
そう、魔王さんでもこれは難しいかな、と。
素直にゼウスか誰かにでも聞いてみるとするかな、心の中でだけ考えた僕は――
「――でもまぁ、心当たりなら居なくもないわね」
その言葉に、目を見開いて顔を上げた。
次回『ユラン・ロード』




