機―07 ギシル
どうも、ギンです。
最近はすっかり三人で旅することにも慣れてきた僕ですが、なんだか近頃になってまた新しく、僕のパーティに居候が増えました。
「危険、貴公は私の背後へ」
魔国の首都へと向かう森の中。
そう言って僕の前へと出たのは、赤髪を揺らす金髪の少女……というか幼女。
そしてその背後には、なんとまぁ情けないことに、その幼女に守ってもらっている黒髪の、いかにーもひ弱そうな男が一人立っているのであった。
――というか、それ僕だった。
「あのぉ……、そろそろ僕にも戦わせてくれたり」
「却下、そんな危ないことさせられない」
「……しないですよねぇ」
なんだろう、物凄く彼女の背中から「これだから怖いもの知らずの子供は……」みたいな雰囲気を感じたが、多分気のせいだろう。そういうことにしておく。
僕らの視線の先には森の中、僕らへと襲い掛かってきた狼の群れが姿を現しており、これなら今の僕でも倒せるんだけどなぁ、と思うと同時――
「武装展開――『朱蜘蛛連撃』」
瞬間、彼女の背後から召喚された無数のメタリックな蜘蛛の脚が、一瞬にしてそれら無数の狼たちを穿ち、貫き、薙ぎ払う。
その嵐のような連撃が打ち止めとなり、砂埃が晴れたそこには正しく地獄絵図としか言いようのない光景が広がっており。
――この子、普通に僕より強いんだよなぁ、と。
そう思ってしまうからこそ、強く言えない僕がいた。
☆☆☆
何だかんだで、あれから一日。
まぁ、初対面の相手に『いやオレっちめちゃくちゃ強ぇんだよね! まだ本気出してないだけでww』みたいな事言われたとして、僕が彼女の立場だったとしても『いや助けてくれたのはありがたいけど嘘だろお前』と思うのは間違いない、と思う。
だから別段、彼女に彼女の勘違いにとやかくいうつもりはなく、そもそも勘違いを晴らすにしたって自分の力を取り戻さなきゃいけないわけで。
「ま、仕方ないわな……」
だって今の僕、めっちゃ弱いし。
言いながらも大きくため息を漏らしていると、はたと、先程から沈黙を貫き顔を伏せていた白夜がプルプルと震え始めたのが視界に入った。
そちらの方へと視線を向ければ、堪えきれなくなった様子の白夜が僕へと視線を向けてこう叫ぶ。
「主様っ! 一体なんなのじゃあの幼女は! メカ娘、クーデレ、勘違い、幼女キャラと……詰め込めるだけ武装を詰め込んで出来上がったような新顔のくせに、何故主様にベッタリしておるのじゃ! なんと羨ましいことじゃ!」
「後半本音漏れてるぞー」
一応そう言っては見るが、既に彼女はメカ娘を睨み据えるようにして威嚇しており、それに気がついたメカ娘が子首をかしげながらちょこちょこと駆け寄ってきた。
「殺気。貴公、何故この白頭は私に殺気を送る?」
「ぬがあああああ! 黙って聞いていればなんじゃそのしゃべり方は! あざとすぎるにも程があるのじゃ!」
そう叫ぶ白夜。
されどメカ娘は不思議そうに首を傾げるばかりで反応らしい反応を示しておらず、その姿に『普通に喋ってるだけの天然幼女に難癖つけて突っかかって言ってるクレーマー小学生』みたいな構成が脳裏に浮かんだのだろう、なんとも言えない微妙な顔で歯を食いしばった彼女は――直後、ふっと嘲るように笑って自らの懐へと手を伸ばした。
「か、カカッ! そ、そこまで徹底してそのキャラを貫き通すというのであればッ! 妾はお主に最大級の試練を突きつけるまでなのじゃ!」
最大級の試練、と。
その言葉に一体何をやらかすつもりだ……、とゴクリと喉を鳴らした僕は、白夜が懐から取り出したソレを見て――
「でれれでっででー! 主様のパンツなのじゃ!」
「………………はぁ」
隣から、恭香の全て諦めたかのようなため息が聞こえた。
見れば虚ろな瞳で白夜を見つめる恭香は、にへらと力のない笑みを浮かべて僕へと視線を向ける。
「ねぇ知ってる? 変態に土下座されて、どこかの誰かさんのパンツを盗んできてくださいって頼まれる気持ち」
「ねぇちょっと待って? 嘘でしょ恭香」
まさかと問いかけるが、その答えを聞くより先に幼女と小学生の低レベルすぎる喧嘩の火蓋が切って落とされた。
「お主がそこまでメカ娘になりきろうと言うのであればっ、このような主様のにおいたっぷりなパンティなぞ見てもなんとも思わんのじゃろうなぁ!」
「……っ」
その言葉に、ほんのり揺れるメカ娘の瞳。
まさか自分の下着を女の子に『パンティ』呼ばわりされる日が来るなどとは夢にも思わなかったが、ぶっちゃけ白夜とか半分くらい女やめてるし、まぁそこら辺は気にしないでおく。
……だが。
「ねぇ恭香、なんであのメカ娘動揺してるの?」
「……いや、こっちに話振らないでくれない?」
おそらく分かりたくもないのだろう、光の失った瞳でそう言い切った彼女は今日何度目とも知らないため息を漏らした。
「……理解不能、この感情は……知的好奇心? その理解不能な物体――俗称『パンティ』。かの存在に対して抱いているのは正しく、性的嫌悪感。が、しかし――」
自分の感情をなんと言い表していいのかわからないのだろう(というか僕もわからない)、彼女は生まれて初めて出会った理解不能のソレをどこか恐ろしそうに見つめながら、体を大きく震わせる。なんだこれ。
僕のパンツを小学生くらいの白髪変態野郎が堂々と掲げ、それを見つめる幼女は体を大きく震わせている。
もう一度言おう――なんだこれ、と。
「カカカッ! お主も少しは分かるようじゃな!」
「……驚愕、まさか男性のソレを『パンティ』と称し、あろう事か頭から被ろう愚か者がこの世界に存在するなど……。確信、この世界は衰退した。愕然、理解不能、具の骨頂――貴方を私は敬意を評して『パンティ師匠』と呼ぶこととする」
「……ん? なんじゃかバカにされてる気がするのじゃが……まぁいいのじゃ! 」
いいのかそれで。
腰に両手を当て、自信満々にそう言ってのけた彼女に思わずそう問いかけようとした僕ではあったが――けれど、それより先に引っかかる言葉を覚えてメカ娘へと視線を向けた。
――この世界は衰退した。
その言葉に、どうしようもなく嫌な予感が湧き上がる。
「……メカ娘、お前たしか記憶喪失だったよな?」
「……? 肯定。しかし、たまに記憶無きことを口にしてしまうことがある。推測、そのこと?」
「あ、あぁ……まぁ、うん」
そう言いながらも、彼女の言葉が脳裏にこべり付いて剥がれない。
この世界は衰退した。
その言葉自体は問題ない、彼女は記憶こそなくとも古代王国の遺産だ、この世界が衰退していることくらい町中を見ればそれだけでわかると思う。
「……何に引っかかってるの?」
ふと、隣から恭香の不思議そうな声が響く。
見れば心配そうに僕の瞳をのぞき込む彼女の姿があり、さすがに推測だで動くのは頂けないか、と思い直して息を吐く。
「……いや、なんだか前に、似たような言葉を聞いたことがあった気がしてな」
似たような言葉……と言っても意味は全く異なるが。
それでも、まるで僕らを見下すようなそのセリフに、どうしようもなくあの存在が脳裏をよぎる。
「……ま、多分気のせいだ」
そう、気のせい。
今回ばかりは自分の思い違いだ。そうに違いない。
そう、半ば無理矢理に自分の考えを押しとどめた僕は、改めて彼女へとひとつの問を投げかける。
「そう言えばメカ娘、自分の名前とか覚えてない?」
その言葉にぱちくりと瞬きをした彼女は、すぐに考えるようにして顎に手を当てると、思い出すようにして途切れ途切れの単語を口にしてゆく。
「……序―最―位、―霊――――機、古―王国が―、―界王、ギシ――ル」
「……ギシル?」
それらほとんどの単語が穴だらけで理解こそできなかったが、最後の言葉だけはしっかりと聞こえてきた。
ギシル。
もちろんその言葉が完成形ではなったのだろうが、それでもこれだけ記憶が欠落している上で出てきた言葉だ、何かしら重要な言葉に違いない。
「――ギシル? 疑問、それ、私の名前?」
「いや、分からないけど……とりあえずその言葉が出てきたんだろ? なら、それがお前の名前だって可能性も十分あるよ」
そう笑った僕は、彼女の前まで歩いていくと、しゃがんで彼女と視線を合わせる。
過去も名前も不明なメカ娘。
古代王国の遺産であると同時に魔力なしの僕を上回る、控えめに言っても化け物。
そんな彼女だけれど、まぁ、きっと悪じゃない。
詳しいことなんて彼女の記憶が戻って、その時になってみないとわからないけれど。それでも。
「ギシ、ル。ギシル……! それ、私の名前……っ」
そう、どこか嬉しそうに『ギシル』と呟く彼女の笑顔は、間違っても悪者のソレには思えなかった。




