機―03 赤髪の少女
三話目でーす。
――お約束、と。
いったい何度繰り返してきたことか、とにもかくにも、僕はお約束、という現象に対して高確率で遭遇する運命を持っている、らしい。
しかもあれだ、一番多いのが『休み明け』。久瀬に番外編を預けて始めた影辺開幕直後、久瀬に焔編を預け、最終決戦を挟めて始めたこの……なんていうのかな、機械編かな文字的に。
つまりはまあ、あれだ。僕が休むとお約束が舞い降りる。
言い換えれば――久瀬に預ければその影響があふれ出る、って感じだ。
さすがはお約束マスターこと久瀬竜馬。彼に一瞬でも物語の地の文を譲ったらそれが最後、後に残るのは彼が残していったお約束マスターとしての呪縛のみ。
ということで、改まって心の底から吐き捨てる。
「もう二度とあいつに地の文ゆずらねえ」
かくして男たちの前へと姿を現す。
僕がわざと立てた足音に僕らの存在に気が付いたのだろう、その男たちは驚いたように背後を振り返り、流れるような動きで腰の剣に手をかけたが、けれども僕の容姿を視認した途端真っ青になって震えだす。
その動きからして……盗賊じゃないな、冒険者か?
そう眉根を寄せて首をかしげていると、ふと、恭香から念話が飛んでくる。
(神魔大戦の際、下手に頭の回る者たち――まあ、Bランクとかそこらかな。そういう一部の冒険者たちは大戦の内包する『危険性』に気が付き、大戦に参加をせず、逃げる判断をしたんだよ)
逃げるって……大戦参加は緊急依頼だろう、そんなの断ったらギルド永久追放でかつてのアーマー君みたいになっちゃうじゃないか。
と、そこまで考えて、ふと『下手に頭が回る者たち』という言葉を思い出す。
下手に、ということは頭は回るが後のことは何も考えてないバカ、ってこと。
つまりは――
「戦争の危険性を察して考える間もなく逃げたはいいが、戦争が平穏無事に終結して仕事にあぶれた負け犬たち、ってところかな」
そう呟き、周囲の男たちへと視線を向ける。
彼らから感じられるのは驚きと、そして絶対的な恐怖の感情。
「ば、バカな……ッ! ギン=クラッシュベルだと!?」
「あ、ありえねえ! 死んだって本が出てただろうが!」
「くそ……ッ! 神魔大戦での目撃情報、ありゃあデマじゃなかったのかよ!」
なるほどなるほど……。
冒険者崩れなら知っていてもおかしくないが……まだ『噂』ってレベルにとどまっているのだろう。どこかお化けを見るようなそれらの視線に少し苦笑してしまう。
――見たところ、世間一般に、僕は死んだことになっているらしい。
執行者復活パレードなるものもやっていたようだが、それも所詮は港国の連中が先導して騒ぎ立てていること。いくら情報があったとしても戦場で僕を見た、という意見は港国の連中が流したデマ、とかそういう感じでとらえられていても何らおかしくはない。
「ま、好都合」
表のことは久瀬に任せる。
もともとあいつに関しては何一つとして心配なんざしてないし、そもそも王の素質だけで言えば間違いなく僕を超え得る存在だ。名実ともに今よりもずっと強くなって、そのうち『久瀬の一強』と呼ばれる時代がやってくる。
ま、もちろん実力であのバカに負けるつもりなんざ毛頭ないが、それでも平穏に生きるにあたって僕が『死んだままになっている』というのはとても助かる。
「なによりお約束が訪れない」
そう笑って拳を構えると、急いでズボンを上げ始めた彼らを見渡し――ふと、視界の隅に、顔を覆い隠すようにうずくまっている少女……幼女かな、よくわからない年頃の女の子が映り込む。
赤色の髪を肩のあたりでそろえたその女の子は小刻みに体を震わせており――ゾクッ、と背筋におぞけが走り抜けた。
「……ッ!? ちょ、ちょっと――」
「く、くそが! 執行者だか何だか知らねえが所詮はガキンチョ! 俺らが集まりゃやれねえことはねえ!」
「そ、そうにちげえねえ! 野郎ども、ぶっ殺せぇっ!!」
女の声へと声をかけようとした――その直後。
冒険者たちの声が重なり、抜き放った白い刀身で迷うことなく襲い掛かってくる。
「く……めんどくさい! 恭香、白夜!」
「「了解っ」」
二人はそう答えると同時に僕の両脇を抜け、元冒険者たちへと接敵する。
現時点の二人の実力に全幅の信頼を寄せられるか、と聞かれれば否だろうが、それでも小者を抑えるだけならば問題のかけらも存在しない。
かくして冒険者たちをかいくぐり、その女の子の前へと駆け抜けた僕は、赤髪の彼女の前に立ち止まる。
足音ですぐ近くに誰かがいると分かったのだろう、彼女はびくりと肩を震わせ――けれども何もしてこないことに困惑したのか、恐る恐ると顔を上げる。
「……お、お嬢ちゃん? 大丈夫……か?」
先ほど感じた『怖気』を思い出し、何とも言えない感じでそう問いかけた僕を、彼女の金色の瞳がしかと捉える。
その双眸には、人間じみた光はない。
ただ、どこまでも沈んでゆくような深い金色と、どこか機械じみた輝きが視認でき、その初めて見るタイプの瞳に思わず一歩後ずさる。
「き、君は……」
「あ、るじ……?」
ふと、小さな声が漏れた。
おそらく彼女のものだろう、その小さな口は僅かながらに動いており、その瞳は限界まで大きく見開かれていた。
どうした、頭でも打ったのか。
そう問いかけようとした――ちょうど、次の瞬間だった。
「う、あ、あああ……ッ!?」
頭を抱え、苦しそうに呻き声をあげる赤髪の少女。
先ほどまでの表情から一転、明らかに『大丈夫』とは程遠いその姿に、回復魔法どころか魔力を使えないことに歯を食いしばり、咄嗟に背後の二人へと視線を送る。
――そして、背後から風切り音が耳を打つ。
「――ッ!?」
咄嗟に体をねじって横へと飛ぶと、同時に常闇がローブを硬質化する。
しかし、その一撃に気付くのがあまりにも遅すぎた。
ローブ越しにとてつもない衝撃が走り抜け、あまりの衝撃に呻き声を漏らした僕はそのまま跳ねられるようにして吹き飛ばされてゆく。
「ぎ、ギンっ!?」
恭香の驚きの声が響く。
それもそうだろう、彼女は一度、僕の正真正銘、本気の戦闘を見ている。
故に、何の抵抗らしい抵抗も見せることなく吹き飛ばされている事実に驚いた。
――というか、僕のほうが驚いている。
「ど、どうなって――」
なんだ僕、魔力ないとこんなにも弱いのか。
そういわんばかりに勢いを殺して立ち上がり、前方へと視線を向ける。
――そして、限界まで目を見開いた。
「な――」
「なんなのじゃ……アレは」
僕と白夜の驚愕の声が響き渡り、恭香の息をのむような声が聞こえる。
視線の先――赤髪の少女が蹲っていたその場所。
そこには頭を抱えるようにして顔をゆがめ、歯を食いしばり、苦痛に喘ぐ彼女の姿と――その背から生える、紅蓮の『腕』が存在していた。
――紅蓮の腕。
日本で見た『機械のアーム』、あれを何十倍にも進化させたような、メタリックな紅蓮の腕。それが五本、彼女の背中を食い破って生み出されているのだ。
「ま、まさか……自動人形!?」
「じ、自動人形って……まさかアレの同類か!?」
恭香の声で思い出したのは、若かりし日に迷宮の中で戦った神の髪の持ち主。
アイツは魔物と化していたからかなり人間に近くなっている部分もあったが――見るからにこの少女はアレとはレベルが違う。
小さな体からそれ以上の体積のものを生み出すその技術、月光眼なしとはいえ警戒していた僕をいとも簡単に吹き飛ばすありえない戦闘能力……。なるほど『嫌な感覚』はこっちだったか、と苦笑してしまう。
「え、なに。魔国ってのはこんなの生み出せるくらい強いのか? 魔王さんと同じくらいは強そうだけど」
「違うにきまってるでしょ……。こんな自動人形、たぶん神王様でも作れっこないよ」
すでに元冒険者たちの掃討――というか捕縛は済んだのだろう、頬をひきつらせた恭香は両の掌から金色の鎖を生み出し、赤髪の自動人形へと注意深く視線を送っている。
シルズオーバーにメフィストフェレス、常闇のローブと様々なモノを作り出してきたあの父さんでさえ作れないとなれば――一体どこの誰だ、こんなやばいの作った奴は。
そう苦笑する僕へと、彼女は確信をにじませた瞳で僕を見据える。
「間違いない……【古代王国】の遺品だよ」
――古代王国、と。
そう言った恭香の言葉に、思わず苦笑いしてしまった僕がいた。
古代王国って……確かアレだろ、最初の迷宮でドロップした魔導銃の鑑定結果で出てきてた、太古の時代に栄えたとか何とかいう国のことだろう。
なんでそんなのが今になって出てくんだ、と苦笑する僕に対して、恭香は緊張に顔をこわばらせて口を開く。
「古代王国、っていうのは大昔、それこそ神王様の全盛期中の全盛期、神霊王イブリースが最高位眷属の一角、悪鬼羅刹を単体で封印してた頃と同時期だね。そのころに栄えてたといわれてる、神々にとってさえ神話の中に登場するトンデモ大国なんだよ」
え、父さんそんなに強かったのか? とか。
やっぱり悪鬼羅刹ってそういう系なんだね、とか。
言いたいことは沢山あれど、まあ、本題としてはこういうことか。
「――悪鬼羅刹が暴れていたころに『存在出来てた』トンデモ大国、ってことね」
なるほど道理で強いわけだと。
そうこぶしを握り締め、すっと赤髪の自動人形へと視線を向ける。
おそらく、というかなんというか、恭香では実力不足。
弱体化した僕や白夜が殺す気で行ってやっと互角――といったところだとは思うが。
「あ、あぁ……、た、たす、けて……」
ふと、金色の瞳が僕の姿をしかと捉えた。
――助けて、と。
まったく自分の危険性を考えていから言ってほしいもんだが、だがしかし。
幼女に助けを乞われておいて、それを断るなんざ男が廃る。
そう、口の端を吊り上げて笑った僕は、その少女へと拳を突きつけ、こう告げる。
「任せとけ、今助ける」
さて、魔力の一切ない現状でどこまでやれるか。
ま、少なくとも手を抜ける相手ではないのは確かである。




