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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
第一席 魔国編
603/671

機―02 悲鳴

本日二話目

 私は、走っていた。

 森の中、荒い息遣いが響く。

 そして、私を追う者たちの荒々しい怒鳴り声も。


「チィッ……! 待ちやがれガキが……ッ!」

「おいマークッ! 足じゃ俺らのほうが早い! 囲ってひっ捕まえんぞ!」

「了解した!」


 マーク、と呼ばれた男が短くそう返し、それに応じて無数の気配が私を囲うようにして広がり始める。

 包囲なんてされたら、まず一巻の終わりだ。

 そう考え、必死に包囲網に囲まれないようにと足を動かす。

 が、思考が割かれて足元が疎かになっていたんだと思う。


「きゃっ!?」


 噛み締めた歯の隙間から悲鳴があふれ、木のつるに足を絡めた私は顔からぬかるんだ地面へと突っ込んでゆく。

 関したのは鉄の味。

 口の中にあふれるような深いな味に、額を流れる温かい感覚に、私はさらに強く歯をかみしめて立ち上がる。

 ――否、噛み締めてるわけじゃ、決してない。

 多分、怖いのだ。

 何も覚えてない、何も知らない。

 ただ、ここにいることがおそろしくておそろしくて、たまらないのだ。

 なぜ、なぜ私はここにいる。


 ――そもそも、私は一体誰なんだ。


 その問いに、一瞬動きが硬直する。

 それは一瞬、私が初めて見せた隙だった。

 大丈夫だろう、そう思い、走り始めようとした私ではあったが――それより先に、気づいてしまった。


「……っ!?」


 私の周囲を囲む、無数の気配。

 とっさに周囲を見渡せば、そこには木々の陰から私のことを見据える無数の瞳が視認でき、それを見た私はどうしようもない恐怖に体を大きく震わせた。


「はあっ、はあっ……くそがッ! しつこく走りやがってこの野郎……」

「が、抵抗もこれまでだ」


 そう話しかけてきたのは、私へとねばついた粘着質な視線を送ってくる二人の男。

 その気味の悪い視線に、とっさに身にまとっていたぼろ布のような衣服で体を隠すと、それを見た周囲からの気持ち悪い視線が大きく膨れ上がった。


「お、おい。上玉だから奴隷商に売ったら大金になると思ってたがよ……」

「ここまで苦労かけてくれたんだ。味見くれえ、許されたっていいんじゃねえか?」


 そう呟き合い、男たちは距離をじりじりと詰めてくる。

 かちゃかちゃと腰のベルトを外す音が響き、外気へとソレが晒される。

 喉の奥からひきつった悲鳴があふれ、男たちの下種な視線が集中する。

 嫌だ、なんで、なんでなんで……。

 迫るその男にほほをひきつらせた私は、声の限りにこう叫ぶ。



「だっ、だれかっ! だれかたすけて……っ!!」



 その悲鳴は静まり返った森の中へと響き渡り。

 そして、草木を踏みしめる音が返った。




 ☆☆☆




「で、どうするか」


 僕は『椅子』に腰をおろしながら、そう問うた。

 場所はエルメス王国最北の町、そこにある宿屋の一回、食堂だ。

 この街は旅人でも素通りするほど何もないことで有名であり、有名人や名のある冒険者、貴族たちが身分を気にせず療養できるということから多く訪れる街でもある。ゆえに僕のような名のある人物がいてもみんな『見て見ぬふり』をしてくれるとってもいい街なのだそうだ。

 ――閑話休題。

 視線の先には対面の椅子に座る恭香の姿があり、彼女は若干疲れをにじませた表情を浮かべながらも、僕の足元へと視線を落として口を開いた。


「……まあ、ギンの力が制限されてる今、白夜が戻ってきたのはいいことだけど。……その、なんか寝てた間、よっぽど欲求不満が溜まってたみたいだね」


 その言葉に僕もまた視線を落とすと、そこにはさっき椅子に座ったはずにもかかわらず、いつの間にか椅子になり変って僕の尻に踏まれている四つん這いの白夜の姿があり、彼女はキリリとした真面目な表情でこう告げる。


「欲求不満とはなんじゃ! 妾は単純にいじめられたいだけなのじゃ!」

「……とりあえず、お前こんなくだらないことに太陽眼使うなよな」


 彼女の最強の能力――太陽眼。

 その目を最大限に用いたその力――『時間停止ストップ・ザ・ワールド』。

 それをこいつは……椅子になったり、影編が始まった当初と同様、ドMプレイにばっかり流用するのだ。もうちょっとましな使い方しろよ、と毎回思う僕はおかしいだろうか。

 ――閑話休題。


「で、これからどうするか、って問題だよ」


 そう呟き、旅をするにあたってあらかじめ恭香より教えてもらった大陸の地図を机に広げる。


「僕が魔力を使えない、って時点で、まずは月光眼やクロエの位置変換は使えないのも道理。なら白夜に月光眼を使ってもらうか、ってのもあったが――」

「ふむ! まだ転移門を使えるほどには月光眼には慣れてないのじゃ!」


 四つん這いの白夜が自信満々でそう返答し、その答えに思わず顎へと手を当てる。

 ――さて、どうするか。

 白夜に竜へと戻ってもらい、その背に乗って移動する、というのも一つの案だが、それにしたって今の白夜は到達者、竜になれば否が応でも目だってしまうのは明白だ。威圧感的にも、大きさ的にも。

 故にその案は没、自動的に徒歩か馬車で行く、ということになるのだが――


「……幾ら時間が有り余ってるから、とはいっても、魔力を使えない状態を続けたい、というわけでもないんだよな」

「そうだね……。神霊王と一応の敵対関係を結んだ時点で、いつ、どの段階で自由意志を持った眷属が襲ってくるとも限らないわけだし」


 彼女の言うことも最もだ。

 神霊王イブリースが眷属。

 イフリートを見ているせいか、どうしたって『命令遵守の機械生物』みたいな感覚が拭えない。がしかし、残念ながら眷属は眷属。シルズオーバーの中にいる『銀皇シブリース』が自我を持ち、自ら僕に協力しているように、場合によっては情け容赦一切なく僕らを陥れようとする眷属だっていないとは考えられない。

 ならば、なるべく早期に魔国へと辿り着き、魔力回復の術を調べたいと思うのは道理だが――


「ただ、手段がな……」


 そう呟き、大きく息を吐き出した。

 ――ふと思う、まるで昔に戻ったみたいだな、って。

 あの頃は恭香は本だったけれど、僕と、恭香と、白夜と。三人で、知恵を振り絞って迷宮を突破して。今の僕からすれば別段強かったわけでもないのに、それでも力を振り絞って冒険し、生き延びた。

 もちろん現状とじゃ難易度の位が大幅に異っているだろうが、それでもやることは何も変わらない。


 自身を上回る格上ばかり跋扈する世界で。

 いつ、如何なる時に眷属が襲いかかってくるともしれぬ、安住無き異世界で。

 命なんて保証されない、厳しくも強かなこの世界で。


 ――ただ、生き延びる。


 泥を食ってでも、血を啜ってでも。

 歯を食いしばって、大地を踏みしめ、前へ前へと生き続ける。冒険し続ける。

 そしたらきっと、知らない間に強くなってる。

 多分、それだけは確かなことだと思うんだ。


「……まぁ、やることは変わりませんね」

「んじゃの。何とかして魔国に辿り着く。そしたらきっと、何とかなるのじゃ」


 二人の頼もしい言葉に小さく笑うと、膝を叩いて立ち上がる。

 正直方法なら、いくらでも思いつく。

 例えばゼウスに救援コールを送る方法。

 例えばもう一人の『月光眼』に助けを乞う方法。

 その他にも多々あるが……まぁ、それもアレだ。これだけ迷惑かけておいて、更にここから迷惑を掛け直すというのも何だか嫌だし、それにゼウスはまだしも『あの男』に会うのは少し……なんて言うのかな、気まずい気がする。

 だから、自力でたどり着く。

 そして、また復活劇を成し果たす。


「そうだな。多分全部上手くいったら、僕はまた強くなってる」


 今、僕は魔力を使えない。

 正確には魔力の一切を扱えない。

 故に、体の内に眠る眷属達――シブシース、ウル、クロエ、アポロン、シロ、クロとも『なんとなく』の意思疎通しか出来ておらず、顕現化など夢のまた夢。

 僕以外の魔力があれば顕現できるシロとクロなら大丈夫かとも思ったが、それにしても誰かの魔力を受け取り、二人へと渡す工程が必要なわけで、その時点で僕の制限に突き当たる。

 ――故に、無力。

 基本の基本、影神にすら慣れないのだからその無力さ加減は底を知らず、ちょっと時空神の力を使っただけの白夜にさえ押し負ける始末。


 故に、思う。

 この壁を乗り越えることが出来たなら。

 僕は多分、今までよりずっと、強くなってる。

 根拠はない、ただ確信できる。

 正確には――そんな気がする。


「とまあ、詳しいことはすべて済んで、そのあとにしか分からないだろうが――」


 そうつづけた僕は、笑って二人へと視線を向ける。


「それじゃあ、三人そろったところで行きますか」


 とりあえず徒歩で、眷属に見つからないようにしながらも。

 目指すべき場所は魔国の中心部――

 かくしてテーブルの上に敷かれた魔国の地図に記されし、その都市の名を指でなぞる。



「――魔国の首都、魔都ヘルヘイム」




 ☆☆☆




 ――かくして。

 エルメス王国最北の町から出立した僕たちは、その足でエルメス王国と魔国ヘルズヘイムとの国境へと向かっていた。

 まあ、いろいろと懸念事項はあるものの、今の僕のパーティも『弱い』というわけでは決してない。

 僕は影神スキルすら使えないためにかなりの弱体化を強いられているわけだが、それでも依然として到達者、そんじょそこらの者には負ける可能性など微塵もなく、加えて変身すれば物理最強を地で行く恭香、好調でこそないものの僕を押し倒せるだけの力を持っている白夜(ちなみに到達者)の三人である。

 正直この三人を相手するにはどこぞの到達者――久瀬とかギルとかアルファとか、そこら辺でも呼んでこない限りはまず不可能だし、ぶっちゃけた話、天文学的な可能性で僕らの前に眷属でも現れない限りは問題はないはずなのだ。


「ま、眷属とか出てくるはずありませんし?」

「またフラグ立てて……、本当に出てきても私は知らないからね……」


 はっはっは、さすがにないって、今回ばかりはあるはずがない。ありえない。

 だってあのイフリートさんでさえ眷属序列最下位、って話だよ? あれ以上のが出てきたらこの星が先に壊れてるって。イフリートさん瞬殺だったからわからないかもしれないけど、あれって一応ギルを瞬殺してたやつだからね? 僕と混沌が奥の手出してでも倒そうとしたやつだからね? ……まあ、人型でもなんとか勝ててたとは思うけどさ。

 そう、なんだか当て馬感しか残っていないイフリートの弁護を心の中でだけしていると、ふと、向かって左側、深く広く広がっている森――確かダークエルフの住処だったか、その奥から小さな『嫌な感覚』が漏れ出してきた。

 これでも超直感レベルMax。

 勘違いだったらそれでいいのだが――そうじゃなければ大変だ。

 ということで、小さく白夜へと視線を向けると、彼女もまた感じ取っていたのか、その左目を月光眼へと変え、空間把握を広げてゆく。

 ――そして、数秒。


「……まずいかもしれんのう。幼げな少女の前で、なんじゃかしらん男たちが汚い肉棒をさらけ出しているのじゃ」

「ねえ白夜さん? それのんきに言ってられる状態じゃなくない?」


 なにがあれかは言わないが……その、とにかくそれはいけない。このシリアスな状態でも一定以上の倫理観を守ってきたこの作風の中、肉棒をさらけ出したり、濡れ場を出したりと……そういうのはちょっとあれだろ。

 ――ぶっちゃけた話、この作品っぽくないだろう。


「オーク戦で全裸になってた人が良く言うよ」

「温泉回で全裸になってたやつに言われたかないね」


 そういいながらも、大地を踏みしめる勢いで駆け出した。

 もちろん恭香を抱えることは忘れずに、まっすぐ嫌な気配のほうへと向かって走り出すと、それに並走して白夜が僕の隣にぴったりとくっついてくる。


「白夜、この方向であってるか?」

「間違いないのじゃ! もうあと数秒で開けるのじゃ!」


 白夜がそう返し――数秒後。

 一気に視界が開け、直後に視界の端に無数の男たちの姿をとらえた。

 彼らの視線の先には恐怖に顔をこわばらせる幼げな少女の姿があり――



「だっ、だれかっ! だれかたすけて……っ!!」



 その言葉に、大地を踏みしめ駆け出した。


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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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